もう一つの月と兎
第1話
遠い昔。人の世と神の世とが、今少し近くにあったころの事。
太陽の補佐を任された火の鳥が九羽いた。
それぞれ交代で地上を見張るよう申し付けられたのに、順番を争った鳥たちは言いつけを守らなくなった。一度に空を飛ぶ九羽の火の鳥は、やがてその身の炎で大地を焦がし、川や池を
見かねた神々は相談を重ね。
説得に応じない火の鳥をひとりの
しかし、兄弟を射ぬかれた火の鳥は、怒り悲しみ太陽の神へ訴えた。
されどその時、火の鳥は、己が犯した失態を伏せて話した。そのため、太陽の神は男神の神籍を解き、妻の
事情を聞き付けた神々が、とりなしに駆けつけた。しかし、時すでに遅し。
彼を追放したあとだった。
月日は流れ、人の身になった男神と妻の女神は、地上で慎ましいながらも幸せな日々を過ごしていた。男神は弓の師としてたくさんの弟子を抱え、妻は彼が共にいればそれで満足していた。
そんなある日、ようやく彼らの行方を探しあてた神のひとりが、薬をもって訪ねてきた。その薬は、ふたりで半分づつ飲めば不老不死になる。
太陽の神は、亡くした鳥を思うと全て無かったことにはできないが、男神の行動に間違いはなかった。それを考えると与えた罪は重すぎる。神籍を戻すことはできないが、せめて死や病に怯えることなく過ごしてほしいと二人へ薬を贈ったのである。
男神は今の暮らしに不平はなかったが、巻き沿いにした妻が不憫でならなかった。女神もまた、夫が病や死に悩まされるのは耐えられないと思い、二人は薬を有り難く受け取ることにした。
されど、不老不死になれば人里には居られない。
余りに不自然だから。ならば二人で
刀を突きつけ渡せと迫る盗人に、妻は必死に抵抗する。
この薬が人の手に渡ったりしたら、今度こそ夫にどんな罰が下るか分からない。そんな事になるよりはと、女神は薬を全部飲み干した。死ぬ覚悟をして飲み干した薬は、二人で分ければ不老不死になり、一人で飲み干せば神に戻るという代物であった。何も知らずに薬を飲んだ女神は、そうして神にもどり、独り寂しく天に昇った。
一方、家に帰ってきた男神は、妻がいないことに驚く。
どうにか
男神は、妻を恨んではいなかった。
元々自分が巻き込んで神籍をなくしたのである。彼女が戻れたのならそれでよかった。しかし、罪人にされてしまうなど!
男神は妻の潔白を訴えたが、回りはそれを受け入れなかった。
ならばせめて自分が傍にいようと思ったが、人の身では長くは居られない。そして何より悲しいことに、俗世を離れた女神には、人の身である男神が誰だかわからなかったのである。
見知らぬ男に付きまとわれ、女神は、怯えて男神へ助けを求めた。
目の前にいるとも知らずに。
男神は神々へ慈悲を乞い、自らを兔の姿へ変えてもらった。
妻が一番好きな獣だったから。
それ以来、女神は兎と共にいる。
しかし、その兎が誰なのか。未だに分からないそうだ。
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