第14話

穏やかな晴天のした、白い陣幕が風をはらみ輝いていた。

低木に紅葉の進む、見晴らしのよい芦原に張られた幕の内には、夫の帰りを待つ竜田姫タツタヒメ脇息キョウソクに寄りかかってクツロいでいる。

その近く、ヒイナのように二人の少女がかしこまって座っていた。そのマナコは好奇心に見開かれ、竜田姫の方へ注がれている。


「姉さま、姉さま」


赤い衣をまとった雛が、白い衣の雛に話しかける。

竜田姫の視線が、遠く芦原の彼方へ注がれているのを良いことに、少女達は先程より穴が開くほど姫を眺めていた。


「お黒ちゃん、そんなに見たら失礼でしょう?」

「だって、重蘰サネカズラの姉さまにとっても似てるんだもの」


赤い衣を着た少女、黒嶺クロミネが竜田姫を見つめてしまうのは仕方のないこと、注意している姉の白嶺シラネですら、不躾ブシツケとは知りながら、ついみてしまう。姫に似ている《重蘰》とは、彼女らが月の社に行く前に世話になっていた、山神の社に生えたご神木の精の名である。

彼女達にとって、姉のような母のような大切なひとだ。今も時より行き来している。


瓜二つかと問われれば違う。

髪の色やオモテは明らかに別人なのに、持つ雰囲気と言うか、匂いというか、そういった目に見えぬゆえに、言い表すのが難しいところが二人を似せているのである。


白嶺、黒嶺のふたりは、例外を除いて月を離れられない《薬師さま》の名代で羽廾ウキョウのお供として付いてきていた。はじめ、薬師の従者である羽廾は、彼女のもとを離れるのを渋った。されど薬師本人から、『たまには息抜きも必要だ』と勧められ、牧狩りの誘いを受けたのである。


そして今、羽廾と白帝、センと力輝リキは、芦原で狩りの最中である。

獲物を駆り立てる銅鑼ドラが遠く響き、彼らがどの辺りで獲物を追っているのか知らせてくれた。


先程より少し近くなった銅鑼の音に、姉妹が気を取られていると、いつのまにやら竜田姫の侍女が白嶺たちのそばへ来てオトナいをたてていた。待つ者どうし暇をもて余すより、楽しく過ごしましょうと誘いに来たらしい。


二人を迎え入れた月見台は、急ごしらえだったと言うには立派なものだった。

竹を組んで作られた台の上に緋毛纖ヒモウセンが敷かれ、美しい錦に縁どられた畳が上座へ置かれている。台の四隅に立てた竹に、日除けの天蓋が張り巡らされ、時より涼しげに風に膨らんだ。


その上座に、置物のようにちんまりと座らされて、白嶺も黒嶺も落ち着かぬようすで夕錦ユウニシキの挨拶を受けていた。優し気だけれどそつのない年嵩トシカサの侍女の姿に、ちゃんと礼儀正しくしていなければいけないと背筋が延びる。


「ようこそお出でくださいました。ごゆるりとお過ごし下さいませ」

「お気遣いいたみいります。......この度はお招きいただき......ありがとうございます」


竜田姫はもちろん、周りに控える方々のきらびやかさに気圧ケオされて、白嶺の返しの挨拶が辿々タドタドしくなってしまう。それを見ていた竜田姫がくすりと笑った。


「白嶺さま、黒嶺さま。もし、私の我が儘をお聞き届けくださいますのなら無礼講とさせてくださいませ」

「姫さま!」

「良いではないの夕錦。せっかくの気晴らしで堅くなられては、疲れさせるばかりで楽しくないわ」


薬師さまの名代として招いた方に、突然そのような物言いは不味いのではないかと、夕錦が顔をしかめるなか、竜田姫がのんびりとそんなことをいった。当の白嶺たちは、きょとんとして顔を見合わせる。


「《無礼講》って難しく考えないで良いってことだよね?」

「偉い人とも普通にお話しても良いってことだよね?」


ひそひそと、お互いの考えを確認しあう。

彼女たちにしてみれば、偉い人の代わりなんて出来ないし、願い下げだ。もっと気楽な催しだと思っていたから--事実そのように聞かされていた--引き受けたのに。


渡りに船と、竜田姫に内心感謝する。

艶やかな装いからは想像もしていなかった姫の気さくな物言いに、姉妹は少し緊張を解いた。


「出来ればそのようにして頂けると嬉しいです」

「お願いします」


揃って頭を下げる兔の姉妹に、居合わせたものの表情がほころぶ。


「さぁさぁ、お許しが出ましたよ」


竜田姫が手をうって、台の中央に人を寄せた。

護衛の天人まで、縁へ腰かけることを許されて、天女たちが遊びに興じるさまを見ものした。柔らかな雰囲気に包まれた月見台の上は、菓子と遊び道具と、華やかな娘たちのさざめき笑う声に満ちた。


「白嶺さまが、また貝をひとつお会わせになりました」

「まぁ、くやしい。私は未だ一つも持っていませんのに」


貝覆カイオオい》に夢中になって、もはや姫も侍女もない。

上座がどうのなど忘れ去られ、車座クルマザになり楽しむ。


始め、どのような遊びをご所望かと尋ねられて、姉妹は重蘰に教えてもらった遊びを言ってみたのだが、ここの姫たちは、白嶺や黒嶺が知っている《歌留多カルタ》や《手鞠テマリ》を知らなかった。


双六スゴロク》や《扇落オオギオとし》を勧められたが、彼女たちには馴染みがない。困っていると、夕錦が歌留多に似たものならあると、《貝出桶カイダシオケ》を持ってきてくれたのだ。


先程より一人勝ちしている白嶺は得意気だ。

はしゃぎ疲れたのか、竜田姫が休憩を申し出たのを切っ掛けに、再度茶が振る舞われる。


風の音が聞こえるような間に、遠くから銅鑼とハヤす声が切れ切れに流れてきた。


「全く休みもせずに、飽きないのかしら?」

「それだけ楽しんでおられると言うことでございましょう」


いつも睦まじく傍にいるのに、今日は狩へ出たきりとんと姿を見せぬ。

伴侶が気になるのか、竜田姫がため息混じりに遠い芦原へ目を向けた。それをなだめるように夕錦が、声をかけて菓子を勧める。


「羽廾さまは兔なのに弓が上手だし、馬にも乗るね」

「どこで習ったのかな?」


薬師堂で手伝いをしている、羽廾の姿しか見たことのない白嶺と黒嶺は、それが不思議でしかたない。それを聞いた竜田姫の侍女らは目を見開く。


「あの方は今でこそ兔の姿をしておられますが、かつては美丈夫と褒め称えられ、ご神籍にいらした方なのですよ」


白嶺の真向かいに座る侍女が教えてくれた。

その言葉に、誰もなにも付け足さないところを見ると、誰もが知っていることらしい。姉妹は頬を赤らめてうつ向いた。そんな当たり前なことがわからないとは恥ずかしい。


「まぁまぁ、伺えば白嶺さまも黒嶺さまも月の社へ上がって間もないそうです。知らないのも無理はございませんでしょう?」


夕錦がやんわりと場を納めると、今度は竜田姫が口を開いた。


「なにも知らないのでは不便でしょう? 少し昔の話をお教えいたしましょうね」


姫に傍らへ招かれて、彼女の両脇へ座る。

つい、山のお社の庭で重蔓と過ごした日々が甦った。彼女ともよくこのように座って話をしたものだ。


じっとこちらを見上げてお話の始まりを待っている、可愛らしい姉妹を竜田姫は思わずといったようすで両脇に抱きしめた。

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