第7話
板塀に取り巻かれた庭の一角。
大小様々な岩に囲まれた泉より、温かな湯気がもうもうと立ち込めて辺りを霞ませている。石畳の上、屋根ばかりのあづまやの下にて着物の前を両手でつかみ、への字口の情けない表情を浮かべたセンが立っていた。
「さぁ、着物を脱いで
単の裾を膝まで上げた
どうも逃げられそうにない。そう観念したセンは渋々ながらも帯をときにかかった。
出会ってまだ一日くらいしか経っていないような女人に背中を流されるのは恥ずかしかった。しかし、夕錦の方と言えば慣れたものでてきぱきと
事の端は何かと問われれば、竜田姫の一言である。
夏宮でも秋宮でも、センは兄のお下がりである粗末な小袖のまま過ごしていた。それを着替えさせたいと言って来たのだ。
こう見えて竜田姫は子供好きだ。
それは大人が子を可愛がるというよりは、友として遊びに興じるのに近い。せっかくいい遊び相手ができたのに、離れに閉じ込めておくのは詰まらない、連れて歩きたいと言い出したのだ。
今までは時雨が共にいた為、恰好が多少異なっても、人の世からやってきた伴い子として誰も不思議に思う者はいなかった。また、訪れた先が内々の書院であったり、離れであったため見咎める者もいなかったのである。しかし、彼にとって慣れ親しんだ姿であっても、そのまま表の宮中を歩かれては目立ってしかたがない。
「ですが、衣を授けるのは如何なものかと」
夕錦は勝手にそのようなことをしては、時雨の誤解を招くのではないかと心配しているのだ。極めて薄い緑みの青に染められた童水干(ワラベスイカン)を出してきたのを見咎めて、思わず夕錦が注意を促す。甕のぞきと呼ばれる色合いは白に近いので誤解されかねない。
「まったく、白以外の衣なら文句はないはずよ。そのままじゃ逆に目立って仕方ないもの。でもそうね。四宮の色とは違う色を選ぶとしましょう。これを白ならまだしも青と言われたら癪だわ」
そう言いながら衣装箱のなかをさらに開けさせる。
黄色、橙、桃色、灰。ところ嫌わず広げられた衣で部屋は色彩に溢れていた。身の置き所なく立ち尽くすセンに気が付いて、竜田姫が声をかける。
「私が選んであげるから、その間湯にでも浸かっていらっしゃい」
そして今にいたる。
「さて、これで綺麗になりましたよ。湯に浸かって温まってくださいね。脱衣所におりますから」
さっぱりと体を清められたセンに、夕錦はにこやかにそう告げると下がっていった。
改めて湯殿をみる。
複数の温泉が一つ所に寄り集まっているらしい。小さな泉の集落といった様子だ。岩の多い風景の中、所々にもみじや椿が植えられている。
ひとまず、手前にある乳白色の湯を湛えた一番大きな温泉に身を沈めようと、泉の縁に足をいれてみる。心配していたほど熱くなくてほっとした。 肩まで浸かると長く伸びた髪が湯の上を暫し漂い。白い湯の中へゆるりと沈んで見えなくなった。
ため息を吐いて空を見上げる。
こちらへ来てから目まぐるしく。
このように独り考える間などなかった。こちらに来た人の子は、四宮のいずれかに身を置くことになると言う。
今なら夏宮と秋宮、どちらを選ぶだろう?
そう言えば他に、春宮と冬宮があるといっていた。そこはどのようなところだろう? どうせ選ぶのなら全て見てから決めたいと思う。先達はどのように考え決めたのだろう。できることなら、ぜひ話を聞いてみたかった。
そういえば、ここ秋宮にも伴い子はいるはずである。
そうだ、探して話を聞いてみよう。自分なりの目的が見付かると何だかほっとした。
広い温泉を眺めていると、向こう岸まで泳いでみたくなった。
誰もいないみたいだし、いいよね。一通り泳いで遊ぶ。
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