卯の花腐し
第1話
季節は巡り、そろそろ梅雨も開けようと言う頃。
短い下草の緑の上溜まった水に、いくつもの波紋が描かれては消える。逆さまに写る透明な世界は、咲き誇る山紫陽花の青い花を硝子細工のように写し出していた。
仲間へ帰るよう声をかけながら、指揮者である時雨は雲を操り最後の雨を降らせていた。この雲が切れる頃、梅雨は開ける予定だ。そしたらいつものように馴染みの川へ挨拶をして、唹加美神のもとへ戻ろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、足下より子の泣く声がする。
とある家の軒下に、佇む子らを見つけた。
ひどく悲しそうなようすが気になり、家で何かあったのかと、雨の中気配を消してそっと窓辺に身を寄せる。その家では、食いぶちを減らす為に子を手放そうとしているようだった。
あぁ、あの幼子なら私の伴い子に丁度良い。
手放そうとしている小さな男の子を見て、時雨はそう思った。
長雨を降らせるの雨女として、もう長いこと唹加美神に仕えている。
雨女は巫女でもあるため伴侶を持つことはない。それ故、人の世から溢れた子を、後継者としてあちらの世へ連れていくことを良しとされている。されど、時雨は雨女になって以来、子を伴った事はなかった。
縁やも知れぬ。彼女はこの家の子が溢れたら、必ず連れていこうと決心していた。
来る日も来る日も、その家を訪ねたが、子を手放せずにいるようだ。このまま手放さずに済むならそれで良いのだが、どうやら母は急かされているらしい。
赤帝から申し渡されていた梅雨明けの日時は、とうに過ぎている。あまり長居は出来ない。
と、その時。兄弟の中の男の子が名乗り出た。
自分が行くと。年の頃七~八歳であろうその子は、弟の身代わりになると言うのだ。
時雨はその優しさに、無謀とも思える勇気に、感銘を受けた。
しかし、あちらの世で定められた歳を、この子は越えているかもしれない。ふと、不安がよぎる。
それでも、あの子を連れていこう。
何があってもあの子が幸せになれるように、自分が守ってあげよう。そうしなければならないと言う使命感にかられた。
何故だかは解らない。
されど、時雨はその時強くそう思ったのだ。
森の中、どこまでも続く一本道。
おいてけぼりにされた男の子を、雨女は見つけた。
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