秋宮へ

第1話

刷毛ではいたような雲がたなびく青空に、白き風が吹く。

その夏宮とは違う、少し物憂げにも感じられる涼風に秋宮が近いと知れる。

やがて視界に広がる紅葉、黄葉。賑やかに色付いた山の連なりにセンの心は浮き立つようだ。此方の世に来たときと同じく、ふわふわと空を落下しながら、山間に埋もれるような白壁を目指す。


風を頬に受けながら、楽しげにしているセンの顔を見て、時雨はなぜか昔を思い出したような気になった。


遠い昔、時雨は人であった。

どのようにして雨女になったのか。既に記憶は曖昧になっている。

子がいたような気もするし、何か酷く苦しいことがあったような朧気な感覚はある。


夕映えや、紅葉流れる川面を眺めると胸が騒ぐ。

もしかしたら、忘れ去られた思いでのなかに在りし風景なのかもしれない。されど、もう思い出せなかった。


城が近付き、聳え立つような門の側へ降り立った。

城壁の中へと続く往来は人通りが多く、時雨はセンと手を繋いで歩き出した。空から降り立ったのにも関わらず、それを気にするものはいない。見慣れた光景なのだろうか?


人と荷車の行き交う流れに乗るように、ふたりは大きく開かれた門を潜った。


通り沿いは賑々しく店が立ち並び、見慣れたもの、初めて見るものが並べられ、センの歩みを遅くしていた。時雨はそれを咎めること無く、歩調を会わせている。


道行くものが時雨に気づくと道を開けた。

それは、位の有るものに寄せられる僅かな気遣いのように感じられた。嫌いではないが、少し怖がっているようなそんな気配である。


「雨女は、みんな時雨のような姿をしているの?」


すれ違ったものが『雨女だ』と囁くのを聞いて、センは時雨に尋ねてみる。どうして皆が時雨の事を雨女だと分かるのか、不思議に感じたのだ。


「そうね。大概のものは市女笠を被っているよ。垂れ絹もそうね。着物はひとそれぞれだね」


擦れ違う者のなかに、目を見張るような異形の者が混じるのを見付けてセンは息をのむ。角の生えたもの、羽の生えたもの。獣のようなものや煙のようなものまでいる。


「驚かなくてもいいよ。ここは城下町だからね。天人だけではなく妖化しも住んでいるのさ」


人混みの流れに乗り、白帝のおわす城まで緩やかに流されていく。

城に近づくにつれて人は疎らとなり、門へたどり着く頃にはセンと時雨の二人だけになっていた。


門兵に訪いをたてて通してもらう。

夏宮に入ったときのように、庭へ直接降り立てば良かったのだろうが、センに城壁のなかを見せてあげたいと思ったようだ。


謁見の間へ案内されながら、時雨はセンにそっと囁いた。


「センや。ここで白い食べ物は」

「解ってる。貰わないよ」


案内してくれている人に聞かれたらよくないような気がして、センは時雨が最後まで言い終わるのを待たずに返事をした。

彼女はちらりとセンに視線を寄越したが、すぐ前に向きなおる。

見上げれば、その口許が笑っていた。


漆喰の白壁と濃い色をした木目の廊下を永遠と歩かされて、見事な紅葉の彫刻が施された大きな扉の前まで連れてこられた。


夏宮の廊下を歩かされた時より、おどおどした気持ちに成らないのは落ち着いた城の雰囲気のせいなのか。それとも大きな建物のなかを歩くことにセンが慣れてきたせいなのか。


「雨女の時雨様が、秋宮の帝にご挨拶にいらっしゃいました」


侍従の澄んだ声がかかる。




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