第7話
なぜ、皆がそのように不機嫌になったのか、センは思いを巡らせる。
そして一つ思い当たった。城にはいる前、時雨に言われた奇妙な忠告である。
『赤い食べ物を食べてはいけない』
センは時雨の顔を見た。
時雨は彼がなにか思い出したのを察したようで、静かに頷いて見せる。
周りから侍従がいなくなったのを見計らって、筒姫が口を開いた。
「セン、時雨。本当にごめんなさいね。彼らはよかれと思ったのよ」
「時に主の心を読む侍従にも困ったことよの」
何で謝られたのか分からないセンは、一人戸惑いの表情を浮かべていた。それを見て時雨が淡々と先ほど忠告した意味を教えてくれる。
伴い子が、自分の場所を四宮の内から選んだとき、ちょっとした儀式がある。その宮内で、宮を象徴する色の衣を賜り、同じ色の食べ物を口にするのだ。
だからそれまでは、宮の色と同じ食べ物を、伴い子に与えてはならないと言う暗黙の約束ごとが存在した。
もし選ぶ前にそれを口にしたことが分かったら?
咎められることは無いが、何とはなく周りの流れによって、その口にした食べ物の色と同じ宮を選ばざるおえない方向に持っていかれてしまう。御手付きである。
されどセンの場合、それが必ずしも悪い事ではない。
まだ歳も確かめていない幼子が、なにも知らずに色の着いた食べ物を口にしたとなれば本人に罪はない。
また、たまたま菓子に紛れていた赤い食べ物を、--うっかりとはいえ--本人が自分の意思で食べたのなら宮の者にも罪はないのだ。
センのことで主人が頭を悩ませていることを察した侍従が、彼らのためにわざと赤い菓子を紛れ込ませたのだ。
しかし、朱上皇としては、彼の人生に関わることである。
センには自分の意思で見極めてから、仕える宮を選んでほしかったのだ。先に忠告をくれた時雨も同じ思いであったのかもしれない。
それを伝えるには少々言葉足りなかったが。
「お父様、本当になにも思い付きませんの?」
不安な面持ちで尋ねる娘に、茶の水色に視線を落としながら、父は少し困ったように薄い笑いを浮かべる。
「いや、一つはある。しかし、それをやってのけられる者がこの宮には居らぬのよ」
上皇の言葉に期待のこもった三人の視線が集まる。
「困ったの。わしでは歯が立たぬ」
「お兄様でも駄目ですの?」
「あれはもっと駄目じゃ。堅物じゃから話せば必ず邪魔されるの」
父の言葉に筒姫と時雨が顔を見合わせた。
再び父を見た姫の瞳が、良からぬ企みを期待するように煌めいた。
「お兄様が怒るような事ですの?」
「間違いなくカンカンじゃな」
上皇は皿の上より棗をひとつ取り、口にするでもなく指先で弄びながら暫しそとを眺める。
「そうじゃ! 」
朱上皇はぽんと手を打つと、文机に向かう。手にした棗を口に放り込み、筆を執ると流れるような書体で文をしたためてセンに渡した。
「済まぬがわしにはそなたを助ける術を持たぬ。じゃがの、これを持って秋宮の白帝を訪ねておくれ。あやつなら何か知恵を働かせるかもしれぬ。決して邪険にされたりはせぬよ」
秋宮におわす白帝は、四帝の中でも一番の古株で、この世界の生き字引と言われている。その枯淡とした人柄から、他の季節の臣からも慕われており、この朱上皇の良い友である。
今もなお、こっそりとお忍びでお互いの宮を行き来しており、それは双方の臣達にとっては頭痛の種であった。
その友に、センの力添えを頼んでくれたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます