第6話

 さて、センの腹が決まれば問題はあと一つだ。


 センの年齢のことである。

 元はと言えばただの配慮であった決まり事も、今となっては守るべき条件である。それをどのようにらすべきか?

 頭の痛いところである。


 神の目を誤魔化すことは出来ない。

 天人の世にいれば、遅かれ早かれいずれは彼らと関わることになる。


「お父様。もし、八歳の子がこちらに来たときはどのような事になるのですか?」


 何も神に会わせず育ててしまえば良いのではないか? 元服した後の事までとやかく言うほど神も厳しくはないはずだ。

 そう思いつつ、事が成らなかった時、センがどのように処されるか気になるのであろう。筒姫が父に問う。


「そうじゃな。その時は大海の底の国へ返される。今一度地上へ生まれ直して初めよりやり直しじゃな」

「そんな。それでは、センでは無くなってしまう」


 時雨は知っていたのかもしれない。

 それでも一か八かセンを連れて来たのだろう。置いて帰れば、彼の末路は酷いものになるのは火を見るより明らかだ。いつの間にか、時雨はセンの後ろに寄り添い。その手を離すまいと握り締めている。


 その警戒ぶりをみて上皇が時雨をいさめる。


「そう言うことに定められておると言う話じゃ。しかし、難儀じゃの。後で明るみに出ても責められるが落ちじゃ」


 神にではない、他の宮の頭の固い臣たちにである。

 四宮も今は穏やかなものだが、はるか数代前には相争うこともあった間柄である。切磋琢磨と言えば聞こえはいいが、お互いを優位に立たせたいが為に、重箱の隅をつつくような真似をする者が悲しいことに今でもいる。


 そんな如きで確固たる夏宮は揺らぎもせぬが、まだ柔らかな若木の門出を詰まらぬ大人の言い争いで壊したくはない。


 暫し間が空いて、それぞれ思案するように口をつぐむ。

 遠慮がちに近づいた侍従が、空となった茶碗を新たに茶の注がれたものへ取り替えていく。


 筒姫がふたを開けると、えもいわれぬ花の香りが広がった。

 それを見てもセンも茶碗を手に取り、吹き冷ましながら生まれて初めて茶を味わった。

 麦焦がしのような素朴な香ばしさはないけれど、すっと喉を通る爽やかな味を好ましいと思った。


 不意に家族の顔が浮かぶ。

 この先も、変わったものや美味しいものを口にしたとき、同じ物を食べさせてやりたいと思い浮かべるのは、やはり家族の顔なのだろうか。

 センは複雑な思いに沈んだ。


 卓の上には様々な茶菓子が並べられていく。

 小さな饅頭や乾果、オコシなど、センにとってはどれも珍しかった。彼の喜ぶさまに気を良くした筒姫は、端から一通り勧めてその反応を楽しんでいた。


 と、目の前におかれた乾菓子の中に目を引くものがあった。


 氷菓子と呼ばれるものがある。

 氷を欠いて作る冷たい菓子のことではなく、色の着いた寒天に砂糖衣をつけた一風変わった菓子である。センは知らなかったが、たぶんそれと思われる。


 赤々と燃える炭の欠片、もしくは夕日の破片のような。

 なんとも形容しがたいほどに鮮やかな、赤い菓子が紛れていたのだ。

 センが惹かれるようにてを伸ばしたその時、菓子が皿ごと卓上から消えた。


 何ごとかと顔をあげると、その皿を上皇が手にしていた。

『この皿は下げよ』そう言って侍従に差し出している。その声に何処か棘を感じた。皿を押し付けられた侍従が、焦ったように慌てている。


 それなのに、その状況を見とめた時雨は、明らかにほっとした表情を浮かべていた。筒姫まで、皿を抱えてそそくさと去っていく侍従に顔をしかめた。


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