第4話
時雨、筒姫の順に今まであった出来事を上皇に説明し、それを踏まえて彼は現状をあれこれ思案する。
「ふむ、難儀よの」
「どうにかしてあげたいのです」
「わしの力でどうにか出来る問題ではないの」
しょんぼりと場の空気が沈み、またもや天井に不穏な雲が立ち込めようとする。
「いかんいかん! 時雨やめよ! この書院にあるは
筒姫が慌てたように時雨の背を撫でて励ます。
有り難いことに、ぎりぎりで書院の水没は防がれた。また降り出されては敵わぬと、書を包むために蓄えていた風呂敷を広げて雨よけに被せる。
こんな事をしたところで、時雨が泣き出せば水没するに決まっているのだから意味は無いのだが。
「ところで、センは何を求めてこちらの世へ参ったのじゃ?」
上皇は筒姫を見て、時雨にも問う。
答えられぬ二人に、始めて厳しい表情を見せた。
「馬鹿者! 人の子を伴うと言うのはそのように安易なものではないぞ。本人の意思を聞かずして何とする! 一時命を救ったとて、この後どのように生きるかは当人が考えなければならぬのじゃぞ」
椅子の上に縮こまった娘達から、この世の成り立ちのみ話したと聞き、それでは足りぬと、上皇は深い溜め息をついた。
手招きし、己の座る長椅子の傍らにセンを座らせる。
「よいか。これからわしの言うことをよく聞き考えるのじゃ。とても大切な事ゆえ、誰かの為ではなく、自分がどうするのか良く良く心に問うのじゃぞ」
まず、時雨はどのような者か知っているのか?
上皇はセンに問いかけた。
雨女と言う妖化しで、雨の神様に仕えている親切で優しい女人。センはそう答えた。
何故ついて来たのか?
自分の事は食べないし、売らないと言った。それに、他に行く宛もなかったから。
率直な悲しい答えに筒姫が顔を曇らせた。時雨が励ますように微笑みを向ける。上皇は少し間をおいて再び言葉を続けた。
雨女に拐われると言うことは、そなたは人の世で暮らせぬ状況にあったのだろう。この娘達はそういった者しか連れて行かぬでな。
雨女が連れて来て良い幼子には条件がある。
七歳を越えておらぬこと。女児であること。
これはすでに聞いたな? じゃから子細を教えよう。
七つを越えた者は人としての形をすっかり得ておるゆえ、此方の世に馴染むのが難しいのじゃ。それゆえの配慮であったが、今は一律決まりとされておる。
そうしなければ混乱するからの。
女児である必要はの。
雨女はおなごの持つ慈愛によって雨を呼び降らすのじゃ。それゆえ女児と決められておる。死人においては歳の縛りはないようじゃがの。滅多にはお目にかかれぬ。あれらはそれぞれの業に縛られておるゆえな。
話がそれたの。
まぁ、何より彼女らが仕えているお方は女神じゃ。
それゆえ仕える者は巫女と決まりがある。こればかりは女神の意向ゆえ曲げられぬのじゃ。
しかしの、中にはやむにやまれず男児を連れて来てしまう者もおる。雨女は大概心優しきものが多いゆえ致し方ないの。
その時は、四宮のいずれかで引き取り育てることになっておる。元服した暁には、天人としてその宮に仕えることになるの。
そこまで説明を終えた上皇は、これを一区切りと言葉を止め、暫し茶を楽しんだ。今は話した事柄について、センが考える時を与えているのであろう。
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