第2話


 ここは天界と、人の世の間くらいに存在する。

 四季を司る神々と定められた天人がおわす世だ。


 その世界は更に、『春』『夏』『秋』『冬』と四つに分けられており、それぞれの宮に帝が奉らている。


 春宮しゅんぐうに『青帝せいてい』。夏宮かぐうに『赤帝せきてい』。

 秋宮しゅうぐうに『白帝はくてい』。冬宮とうぐうに『黒帝こくてい』。


 因みにここ、筒姫のおわす宮は夏宮にあたる。


 天帝の定める運命のもと、この四季の宮は人の世の季節を滞りなく巡らせるのが勤めである。


 時雨はその四季全体に影響を及ぼす『唹加美神おかみのかみ』。

 雨雪の神に仕える雨女であった。雨女は彼女の采配のもと季節ごとに雨を降らせる使いであり、それと同時に唹加美神に仕える巫女である。

 それ故、一つの決まり事がある。


 女でなければならない。


 大抵は人の世で生きていけなくなった幼子を、雨女が拾って連れて来る。もちろん中には女子だけではなく、時に男児を連れてくる者もいた。


 その時は他の神の使いか、四季の宮のいずれかで天人として育てられることが常であった。しかし、ここにも暗黙の約束なるものが存在した。

 連れて来てよい子供は『七歳』までと定められていたのだ。

『七歳までは神のもの』言い伝えられる由縁の一つである。


 そこまで聞いたセンの顔に不安が影を落とす。


「おれ、来てはいけなかったの?」


 その言葉を発したとたん。

 空気が湿り気を帯びて重くなった。息のできる水中と言うものがあるなら、正にこんな風だろう。

 後から肩越しに手を回され、時雨に抱き締められる。


「私の伴い子です。私の子です」


 決して渡すまいとする時雨の強い意志が滲み出るようだった。

 その声に反応したかのか、室内だと言うのに見る間に不穏な雲が天井に渦巻いて、突如雨が振りだした。石畳の床に水がはり、金の縫い取りがされた異国の敷物が水面に浮き上がる。

 みるみるうちにセンは腰まで浸かった。


 目の前で起きた天変地異に、センが目を丸くして驚いていると、筒姫は溜め息を吐いて軽く手を振った。すると床に小さな盆ほどの穴が開いて、溜まった水が渦を巻き吸い込まれて消える。


「時雨、貴女からその子を取り上げようなんて考えてないからそんなに泣かないで、洪水が起きてしまうわ。何か方法はあるはずよ? 」


 時雨が気を取り直したのか雨がやむ。

 再び筒姫が手を振ると不思議な穴は小さく萎んで消えた。それに目を見張っているセンを他所に、今起きたことは幻だったのではと疑わしくなるほど、何事もなく会話は続く。


 筒姫は暫く考え込むように、薄紅の唇を指先で叩いていたが、良いことを思い付いたと言うように広角をあげてにんまりと笑った。


「お父様に相談しましょう。お父様なら力になってくれるかもしれないわ」


 時雨とセンの手をとると、侍女たちの制止も聞かず廊下へ飛び出していった。時雨も筒姫も、まるで風のように走る。息一つ乱すことない彼女らの後を、センは必死についていった。


 お姫様って、こんなに活発なの!?

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