第14話「東京・恵比寿(2)」

 店の外から車の走る音がかすかに聞こえる。テーブルを挟んで向かい合うゼンとナガミネは、互いにひと言も喋らない。俺は両者の動向を固唾をのんで見守る審判か何かのように、緊張し、固まっている。部屋には時計がない。もう深夜0時を回った頃だろうか。


 ナガミネが、片手を伸ばしお茶のポットをとった。自分の湯のみに注ぎ、それを口元に近づけ、音も立てずに飲む。ナガミネのそんな動作は、非常に落ちついて、優雅ですらあった。こいつも、と俺は思った。


 ゼンと同じだ。こいつも、底が知れない。渋谷の演説で明らかだが、暴力的で荒々しいエネルギーに満ちた若きカリスマであることは疑いようがない。

 けどそれだけじゃない。この男からは、粗野とは対極の、ある種の気高さや品のよさのようなものも感じられる。どれが本当のナガミネなのかわからない。自分と対峙する他者が抱くそうした混乱を知っていて、高みから眺めて楽しんでいるのかもしれない。


 そういう人間には共通した特徴がある。彼らは平気で嘘をつく。いつでもどこでも、自分という役を演じられる。自らの目的に合わせて、他人を動かすことができる。


 そこまで思って、俺はふいに、嫌な感覚に襲われた。

 この男があの日渋谷ですさまじい熱量とともに群衆へ語りかけた演説は、本心からのものなどではなく、ただ大衆の心をつかむために、カリスマを演じていただけなのではないか。


 それが事実なのか、仮にそうだとして何を意味するのか……俺の中でその答えが出る前に、湯呑みをテーブルに置いたナガミネが、口を開いた。


「昭和の作家たちがよく通ったんだそうだ」


 ゼンは何も言わない。言葉の真意を測るように、ナガミネを見ている。


「この店だよ、ほら、そこに机もあるだろ、昭和とか、大正時代の、有名な文豪が好んで来てたらしい、女将の親父さんの時代からな、女将はそういうことをあれこれ自慢するような女じゃないからさ、俺もほとんど名前は聞いてないんだけどな」


 そう言ってナガミネは立ち上がった。女将というのはさっきの女性のことだろう。ナガミネは部屋の角にある机まで歩いて、脇の棚に無造作に並べられた中から一冊を手にして戻り、座り直す。


「これ」表紙を上にしてテーブルに置く。名前だけは聞いたことがある、日本の古い作家の小説だった。「知ってるか?」


 ナガミネの問いに、ゼンは、もちろん、とでも言うように、笑みを浮かべて頷いた。そして、古びたその文庫本に手を伸ばした。


「オオエは物語を愛する者なら一度は読まなければいけない偉大な文学者だ、いま世界で1番有名な日本人作家はムラカミだが、ボクはオオエが好きだな、彼の作品を難解だとか言葉の遊びだとか言う評論家は少なくないけどね、そんなことは本質じゃない、

 彼は圧倒的なボキャブラリーで読者を殴り倒した後で、弱りきった相手の口に傷を癒す聖水をそそぐように自身の信念を優しく流し込むんだ、そうなると読み手は抵抗なんかできない、わかるかい? 絶望的な力に蹂躙されて、それから温かく包み込まれるんだ、一度はまり込んだら抜け出すことなんてできない、

 残念なことに、大抵の読み手はそこに至る前にダウンしてしまうんだろうけどね」


 ゼンがそういうことを喋り続ける間、ナガミネはひと言も発さず、相づちも打たずに、ゼンの目をまっすぐに見ながら聞いていた。そして聞き終わると、一度下を向き、それから顔を上げて、満足そうに、嬉しそうに、笑った。子供のような笑い顔だった。


「いや、面白いな」

「そうかい」

「あんた、演説の才能がある」

「それは光栄だな」

「それで、何なんだ」

「何がだい?」

「絶望した読み手に大江が流し込む、信念てやつだよ」

「君はどう思う?」


 逆にそう聞かれて、ナガミネは一瞬、黙った。戸惑った様子ではなかった。その表情は穏やかで、ゼンとの問答を楽しんでいるように見えた。そういうナガミネの反応を、ゼンも新鮮に受けとったのか、嬉しそうに微笑んでいる。ただし、もちろん友好的な雰囲気ではない。向かい合って笑みを見せるこの2人が、次の瞬間には殺し合っていてもおかしくない……そう思わせる、異様に冷めて張りつめた緊張を肌で感じているために、俺は彼らのように笑うことができない。


「俺も好きなんだ」ナガミネがテーブルの文庫本に目を落とす。「この長編は、夢にその情景が浮かんでくるほど読み込んだよ」


 ゼンは無言のまま頷き、続きを促す。


「こいつを読むたび、俺は主人公の兄弟が里帰りする、四国の山深い森とその中にひっそりと存在する紡錘形の窪地を夢想するんだ、実際に行きたいとは思わないけどな、これが書かれたのはちょうど半世紀近くも前のことだから、今訪れたって、きっと想像とは違っちゃってるからさ、幻滅はしたくないだろ、お気に入りの作品に、少しでもがっかりしたくないもんな、わかるだろ、そういうの」


「わかるよ」ゼンは心からの賛同を示すように深く大きく首を振る。「ボクもそういうところがある」


「本当のことだけを言う、ってことだろうな」長いこと黙ってゼンを見た後、ナガミネは、そう呟いた。何のことか、はじめ俺はわからず、ゼンが答えてようやく理解した。


「オオエの、信念だね」

「ああ」

「この世の真実に挑むっていうことかな」

「そうだろうな」

「彼はリアリストだと思うかい」

「そうかもな、けどそんなことは関係ないよ、そんなのいくら考えたって他人にはわからない、いや当の本人だってわかりゃしないよ、今日は究極のリアリストかもしれないし、明日は最高の夢想家かもしれない、誰にもわかりはしないんだ」

「君は文学的だな」

「そうかい、初めて言われたよ、俺をそういうふうに見るやつは、今まで1人もいなかったよ」

「ということは、ボクも文学的ということだね」

「ああ、間違いない、あんたは世界一文学的な誘拐犯だ」


 ナガミネがそう言うと、ゼンは声を立てて笑い出した。ナガミネもにこやかな表情を浮かべている。

 しばらく笑った後、ゼンは、それでね、と隣に座る俺に顔を向けた。


「彼と」ゼンは俺を指して言い、再びナガミネを見る。「N村に行ってきたんだ」


 唐突に本題を切り出されても、ナガミネは当惑した様子を見せない。この男が周囲にもわかるほど慌てふためくのは、一体どんなときなんだろうか。そんなことは、今までに一度でもあったのだろうか?


「それで、その結論が、俺が事件の犯人だってことか?」

「ああ」

「なぜそう思う」

「勘だ」

「何だって?」

「勘だよ、ボクの直感がそう言ってる」

「ちょっと待て、あんたの直感で、俺が殺人犯になっちまうのか?」

「実際に殺したのは君じゃない」

「何?」


 それまでまったく動じたそぶりを見せなかったナガミネが、わずかに身を乗り出す。


「じゃあ誰がやったんだ」

「誰でもいい」

「何だと」

「君の息のかかった誰かだってことさ、きっと複数いるんだろうね、かなり高度に訓練された、そして命令に従順な連中だ、

 彼らはボクたちが探したって簡単には見つけられないだろう、警察やアホなマスコミじゃ一生突きとめられないね、地下にでも潜伏させてるんだろ? 大衆を救うカリスマと闇の殺人集団のつながりなんて最高に刺激的なスキャンダルだが絶対に暴露されてはいけないもんな、そんなの冗談にもならない、

 彼らを使って君はN村を襲わせた、人為的だという証拠は一切残さずに、正体不明のディアーボのしわざに見せかけて、21人の住人を、皆殺しにしたんだ、違うかい?」


 ナガミネはゼンから目を離さない。さすがに笑みは消えている。だが険しいというほどでもない。ゼンの指摘が正しいかどうか、今のナガミネの様子からは判断できない。


 違うかい、というゼンの問いには答えずに、ナガミネは、細く長い息を静かに吐いた。吐ききったところで、茶をひと口飲み、口元を拭って、言った。


「やっぱり、あんた面白いな」

「ありがとう」

「仮にそうだとしてだ」


 ナガミネが、今度はぐっと身を乗り出した。


「仮に、あんたの言うとおりだとして、どうする? 俺を警察に突き出すか? メディアにタレ込むか? それとも金でもたかるか?」

「どうすると思う」

「わからんね、けど、そのどれもあんたはやらないと思うよ」

「なぜ?」

「つまらないからだ」

「つまらない?」

「そうだ、そんなことしたって、何にも面白くない、違うか?」


 隣のゼンの目が一瞬のうちに輝くのがわかった。ヤツの全身から歓喜のオーラのようなものが発せられるのを、俺の右半身が、はっきりと感じた。


「面白くない」ゼンが独り言のようにそう呟く。

「そうだ、面白くない、そんなのありきたりだ、そう思わないか? あんたはそんなにつまらない男じゃないだろ?」


 俺にはわかるよ、とでもいうふうに、ナガミネはゼンに向かって深く頷いた。彼の目も、いつの間にかゼンと同じ、不穏で危険な輝きを宿しているように俺には思えた。


「本当の混乱を知ってるか?」


 信頼できる仲間へそっと秘密を明かすように、ナガミネは声を落として言った。ゼンは言葉の続きを待ちきれないのか、ブルブルと首を横に振り、ナガミネに続きを催促する。


「さあね、わからない、ぜひ教えてほしいね」


「俺にもわからない」言いながら、ナガミネはニヤリと笑って見せた。子供のような笑みではなかった。私は悪いことを企んでいますよ、ということを隠そうともしない、危うい笑みだった。


「俺にもわからないんだ、だから見たいんだよ、この目で、確かめたいんだ、そのために――」


 言葉を切り、強い眼差しでゼンを見つめた後、


「この国に、カオスを引き込んでやるつもりだ」


 ナガミネは、それまでになく決然とした口調で、そう言った。


 ゼンは喋らない。ナガミネは彼をじっと見てる。俺は話の展開に追いつけずにいる。ケンジ、アイリの行方をつかむためにN村へ行き、わざわざ側近を誘拐しこうしてナガミネと話す機会を得たのに、ゼンはヤツと着地点の見えない話ばかりしている。


 いや、そうじゃない。ナガミネに会おう、と言ったゼンの本当の狙いは、ケンジたちを救うことなどではないのかもしれない。友達を助けたい、それは俺の願望・目的にすぎず、ゼンが同じ思いでいるわけじゃない……


 そういうことが猛烈な速さで頭の中をぐるぐると巡った。緊張、不安、恐怖も感じているかもしれない、それに、ゼンとナガミネの会話にまったく参加できないことに対し覚える強い疎外感……そうした感情が知らずのうちにすさまじいストレスとなっていることに、ふいに、気づいた。

 何でもいい、何か言葉を発したいと思った。穏やかに見えて明らかに異様なこの空間に、ただ飲み込まれるのではなく、自分の意思を発したい、強烈にそう感じた。


 長い沈黙が過ぎ、俺の頰を伝う汗があご先から落ちかけたとき、ゼンが、ナガミネにこう質問した。


「君は、この国を壊したいのかい?」


 少し考えるしぐさを見せてから、ナガミネが答える。


「そうかもしれない、うーん、いや、でも少し違う気もするな」

「じゃあ何なのかな」

「大江だよ」

「え?」

「さっきの、信念だ、俺は、本当のことってやつを世に問いたいんだ、日本だけじゃない、世界中の人間どもに、そいつを突きつけてやりたいんだよ」


 その本当のことって何だよ、ほとんど無意識に、俺はナガミネに向けてそう言っていた。この席について初めて言葉を発した上に、極度の緊張と力みからか、必要以上に大きな声を出してしまった。


 いきなり会話に割って入った俺を意外に思ったのか、ナガミネは大きく目を開いて、まじまじと俺を見返した。生まれてから一度も他人に屈服したことがない、ヤツの目はそう感じさせるほど、強い光を放っている。ゼンは話を遮った俺を制する様子も見せず、湯のみをつかんでゆっくりと飲み始めた。


「もう一回いいか?」

 ナガミネが俺に聞く。その眼力に、圧倒されそうになる。絶対に目を伏せたりしないぞ、俺はほとんど意地になってナガミネを強く見返した。ひっきりなしにせり上がるつばを飲み込んで、再び同じ質問をする。

「だから、その、あんたの言う本当のことって、何なんだ?」

「興味あるのか?」

「友達を、助けたいんだ」

「友達?」

「そうだ、俺の友達だ、正体の知れない連中に誘拐されて、今どこにいるかわからない、

 その友達を、俺は探してるんだ」

「そうか、そいつは大変だな、それで行方知れずのお前のお友達と、俺がどう関係があるんだ?」

「あんたなら、何か知ってるんじゃないかって」

「そう思ったのか? なんでそう思う? 勘か? お前も直感でこんな行動に出れるバカ野郎なのか? それともこの相棒さんが、俺がお前の友達の行方を知ってるとでも言ったのか?」


 ナガミネはひと息にそう喋って、再びゼンに視線を戻した。ゼンは表情を変えず、何も言わない。俺のほうを向くわけでもない。ナガミネに俺がどう答えるのかを、眺めて楽しむつもりなのだ。


「さっきの、闇の殺人集団がどうとか、そいつらがあんたの手下だとか、そんなことは俺はわからない、そんなのどうでもいい、どうせわかりっこないんだしな、

 けどこれだけは言える、N村の、あの殺戮はディアーボのしわざなんかじゃない、別の誰かがやったんだ、俺だって最初はそんなのわからなかった、実際に現場を見たけど、そんなふうには考えなかった、

 でも今は違う、こいつに、ゼンにそう言われたからじゃない、今は確かに俺もそう感じる、わかるんだよ、あれはディアーボがやったことなんかじゃない、俺たちと同じ人間が、1軒1軒、住人を殺して回ったんだ」


 半分はでたらめだった。村人を殺したのがディアーボか人間か、そんなこと俺にはわからない。今考えても、あの現場に、俺は何の違和感も見出せない。勢いだ。ただ勢いに任せて、俺は思いついたことを喋っただけだった。だがナガミネは、俺の発言に強い関心を示した。


「なぜだ?」テーブルに肘をつき、顔の前で両手を組んで、ナガミネは睨むような目を俺に向けた。「どうしてディアーボじゃないとわかるんだ?」


「遭遇したからだ」ヤツの眼力を押し返すつもりで、俺は目に力を込めてナガミネを見た。「ディアーボに、襲われたことがあるからだよ」


 組んだ手の下に隠れた口で、ナガミネがそっと息を飲むのが俺にはわかった。ナガミネは明らかに緊張し、興奮していた。悟られないよう振る舞おうとしているが、目には好奇の色がはっきりと表れている。


「こないだの、山梨の事件か?」

「そうだ」

「襲われたってのは、その、実際にやられたのか? つまり、傷を負ったのか?」

「ああ」

「どうして生きてる? どうやって逃げた? 100人以上殺されたって話だろ」

「逃げてなんかない」

「何?」

「戦った」

「何だって?」

「戦ったんだ、友達がやられそうになって、それで大声でディアーボを引きつけて、樹海に駆け込んで」


 ゼンが俺を振り返った。はじめ驚きの表情が浮かび、すぐそれが笑みに変わった。喜んでいるようにも見えた。アジトに潜伏してから今まで、この話はゼンにも打ち明けてない。ケガのせいで記憶が曖昧だが、俺たちを襲った後、ディアーボは樹海の奥に姿を消したみたいだ……ゼンを完全に信用していなかった俺は、あの一件をヤツにそう説明していたのだった。


「駆け込んで、どうした」

「穴に落とした」

「ちょっと待て、ディアーボなんだよな? ブラジルのあいつみたいな、そうだろ、とんでもなく強いわけだろう? その、怪物というかさ、

 それを、お前が、落としたのか? 穴に? もう少し順序立てて話してくれないか、穴ってのは何だ? じゃあその穴の底にディアーボの死体があるってのか?」


 ナガミネの口からはいくらでも質問が飛び出してきそうだった。横で黙っているゼンも同じに違いない。俺は、郷土料理屋の駐車場に黒いディアーボが現れたところから、順を追って、できるだけ詳細に、2人に話した。バスの乗車口から店の入り口付近まで続く犠牲者の列、散乱した傘と血の池、その後やってきたバスと数十を超える首なし死体、ケンジらにとどめを刺しにかかるディアーボ、樹海への誘導、洞穴、その奥にある、地獄へでもつながっていそうな縦穴……


「驚きだな」俺の話をじっと聞いていたナガミネが、長いため息の後、そう呟いた。「じゃあ、実際に縦穴へディアーボを突き落としたのは、その、いきなり現れた別の怪物ってわけか」


「そうだよ、突き落としたんじゃなくて、一緒に落っこちていったんだけどな」


 ナガミネは、動揺している。俺ができるかぎり詳しく説明したのに、それを正確に理解できないらしい。目に見える慌てぶりではないが、頭の中は少なからず混乱してるのだろう。


「すごいな、いや、すごい、その黒いディアーボも、鋼鉄じみた怪物も、それに、お前もだ、まさかこんな話が聞けるなんてな」

「信じるのか?」

「何がだ」

「だから、俺の話だよ、俺が言ってること、嘘かもしれないだろ」

「嘘じゃないだろ」

「当たり前だろ、嘘なんかじゃないよ、けど、そうじゃなくて、こんな話されたら普通信じないだろってことだよ」


「信じるよ」ナガミネは、まったく躊躇なくそう言った。「俺は信じるね」


「どうして? 俺は、俺たちはあんたの仲間を襲ってさらったんだぞ? 素性だって何にも明かしてない、俺がディアーボに襲われた生き残りだっていう証拠も、何にもない」


 証拠は、ある。覚醒者の力だ。今ここで、たとえば俺がナガミネの腕をつかんで力を込めれば、おそらくゼンがやれるように骨を砕くことができる。人間の常識を超えたそんな力は、ディアーボを持ち出す以外に説明がつかない。

 それでも証拠がないと言ったのは、ナガミネが「信じる」と断言した根拠を聞いてみたいと思ったからだ。知らずのうちに、俺は、この男に強く惹きつけられていたらしい。


「そうだ、証拠はない」そう答えて、ナガミネは笑顔になった。さきほど見せた危険な笑みではなく、屈託のない、無邪気な笑みだった。

「証拠はないよな、お前が、お前らが事実を話してるって証明できるものは何もない、

 けど、信じるよ、俺は、本当だと思う、

 それはな、目だよ、お前らの、目だ、まっすぐで偽りのない瞳をしてるから信じる、なんて日和ったことを言ってるんじゃないぞ、お前らがどんな人間なのか俺はさっぱり知らないからな、

 だがお前らの目にはパワーがある、俺の知る他の誰よりもだ、お前ら2人ともそれぞれ同じとは思わないけどな、微妙に違う感じはするけどな、でもどっちもパワーがあるんだ、何ていうのかな、そうだな、意思だ、強烈な意思を感じるんだよ、

 そういうヤツが、俺は嫌いじゃない」

 

 興奮のためか早口にそう喋り終えると、ナガミネは、乱暴に湯のみを手にとって飲み干した。足りなかったのだろう、ポットからまた注ぎ直して、ひと息に口に含む。その様子をまじまじ見つめるゼンと俺の視線に気づき、照れたのか、顔をそむけ一気に飲みくだして、手の甲で口を拭い、言った。


「俺と組め」


 どう反応していいかわからず、俺は、隣に座るゼンを見た。ゼンも、俺を見ていた。俺たちは無言のまま、しばらく顔を見合わせた。ゼンが、目を細め微笑みの表情を作った。誘いに乗ろう、という意味だ。事態が飲み込みきれない俺は、それでもナガミネに顔を向け、一度だけ深く頷いて見せた。


「よし、話が早いな、そういうヤツも俺は好きだ、お前らに俺の力を貸してやる、さらわれた友達も探してやる、俺のネットワークをフルに使ってな、

 だからお前らも貸せ、お前らのパワーをだ、それがどんなものか具体的には知らない、けどお前らは普通じゃない、そうだろう? ディアーボに襲われて生き残って、警察が多勢で警戒するN村に忍び込んで、同じ日にガード付きの俺の仲間を誘拐するなんて、まともじゃない、普通の人間じゃできない、

 他にもあるんだろ? ゼンって言ったな、お前もいろいろやってきたんだろ、そういう感じがする、聞かせろよ、お前の話もゆくゆくじっくり聞きたいからな、

 俺の話も聞かせるよ、俺の頭の中を見せてやる、渋谷の演説なんか序の口だ、俺はもっとでかいことをやるつもりだからな、お前らにも見せてやるよ」


 子供のような笑い顔でナガミネはまくし立てる。だが聞いているうちに、俺の中に不穏な感覚が生じて、緊張と不安がさざなみのように再び押し寄せてきた。ゼンという規格外の超人との日々に、さらに、ディアーボに次いで世間を騒がせるこのナガミネが加わることに、俺の本能が強い警告を発しているに違いなかった。


 それでも、この状況に逆らうことはできそうになかった。ナガミネの誘いにノーと言うことはもちろん可能だ。だがそうさせない何かがこの場を支配していた。それが何なのかはわからない。

 とてつもなく大きな流れが、絶対に抗えないうねりとなって、俺を、俺たちを飲み込んでいく気がした。


 ナガミネの話に耳を傾けていたゼンが、ふと思いついたように、最後にこう質問した。


「それで、君の言っていた、世界に突きつけたい本当のことって、何なんだい?」


 そう聞かれて、ナガミネはしばらく間を置いてから、真剣な顔つきになって、言った。


「弱い奴らは、弱者は、淘汰されなければならないってことだ、選ばれた強い者だけが生き残る、それが本来の世界だってことを、甘ったれて平和ぼけしたアホどもに、見せつけてやりたいんだ」


 淀みない口調でそう語るナガミネの声は、あの渋谷での、激烈な熱量に満ちた演説よりも過激で荒々しいエネルギーをはらんでいるように、俺には感じられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る