06 稀人の護衛騎士


 一瞬、言われた事を理解しきれずに目を瞬かせる。


 今、エリオスさんは何を言った?

 異世界って、言わなかった?


 私達は一様に訝しげな視線を向けた。


 「違うのか? 少なくとも二人は確実に異世界人、稀人まれびとだろう?」

 「どうして、そう思うんすか……?」

 「この世界に黒髪黒眼の人間は存在しない。よって、黒髪黒眼の者は双黒色そうこくしきと呼ばれ、稀人とされているんだ」


 黙る私達を不思議そうに見るエリオスさんに星羅が問う。

 エリオスさんはそれに簡潔に答えた。


 ああ、確かDFWの漫画でそんな事言ってた気がする。

 双黒色、て名称までは付いてなかった筈だけど。


 「それがあたし達を保護した理由ですか?」

 「稀人を放置する訳にはいかない。稀人は、狙われるからな……」


 姉さんの問いにエリオスさんは何処か濁すように言った。


 狙われる、か。

 やっぱり、異世界人は珍しいから。

 でも、多分、それだけじゃない。

 それだけで、保護したりなんてしないと思う。


 「そうですか。それで、私達はこれからどうなるんです?」

 「ああ、君達は心配せずとも、衣食住の面倒は国が見る。当面は城の客人と言う立場だ」


 納得いかずも、納得した体で私は話を進めた。

 エリオスさんが言うに、私達は城で保護を受け、城で生活する事になるようだ。


 「風呂や着替えは後で侍女を寄越すが……何か欲しい物はあるか?」

 「……いえ、特には」


 姉さんが首を横に振った。


 「では、話を戻そう。稀人は双黒色の二人だけか?」

 「いいえ。私達四人全員が稀人です」

 「羽奏ちゃん?!!」


 エリオスさんの問いに、私が淡々と答えると、横から星羅の抗議の声が上がる。

 けど、気にせず、私は続ける。


 「髪色は違いますが、私達は皆、同じ世界の出身です」

 「そうか、やはりな」


 反応から見て、エリオスさんは最初から私達全員、稀人だって思っていたんだろうと思う。

 これが、稀人を知らない人で、双黒色なんて言葉も、黒髪黒眼の話もなかったなら、私は頷かなかったよ。


 「もし、双黒色でない二人が稀人じゃなかったら……どうしてました?」

 「恐らくは、引き離しただろうな」

 「なっ、何でッ?!」

 「保護する理由がない」


 私のもしもの問いに、エリオスさんが目を細めて予想通りの言葉を口にする。


 やっぱりかぁ、確かに、普通の国民を保護なんてしたら、大変な事になるよね。

 国民を二人だけ優遇してお城に住まわせるなんて出来ない。

 それこそ、他の国民に示しが付かず、反感を買う。

 何故、その人だけ、て。

 だから、保護なんてしないよ、星羅。

 エリオスさんの言う通り、普通の国民を保護する理由はないんだ。


 「……そう、すか」


 冷たく告げられた言葉に、星羅がしょんぼりと肩を落とす。


 私から説明した方が良かった。

 エリオスさんは案外、ズバッと言うタイプみたいだし。


 「今日はもう、疲れただろう? 詳しい話はまた明日に。注意事項としては、一人で部屋を出るのは成る可く控えてくれ。扉の前に護衛を一人置いておく、何かあればそいつに聞くといい」


 場の空気が少し不穏になってきた所で、エリオスさんは早口に捲くし立てると、最後に「シャルティーニ殿下には気を付けろ」と言い残して部屋を出て行く。


 どうやら、彼は私達が異世界人である事の最終確認と、保護の話と注意勧告をしに来たらしい。

 私達はエリオスさんが去って行った扉を黙って見つめた。


 保護、か……。

 確かに私達には有り難い話ではあるけれど、何か裏がありそうで怖い。

 エリオスさんの最後の忠告も気になる。


 シャルティーニ殿下、て……王族に気を付けろ、てどう言う事?

 私達が王族に危害を加えるかもしれないから、て訳でもなさそうだし。

 そうだったら普通、近付くなとか、別の言い方をする筈。

 気を付けろ、じゃやっぱり私達への注意勧告だもの。


 シャルティーニ殿下に何かあるの?

 あー、名前は聞いた事ある。

 けど、如何せん、DFWの内容を全部暗記してる訳じゃないし、名前と姿しか覚えていないキャラもいる。


 シャルティーニ、シャルティーニ、シャルティーニ……何か、悪役みたいな事してた気がしてきた。


 「んー……あ!」


 シャルティーニ殿下に付いて思案していると、ふとある事を思い出し、声を上げる。

 訝しげな三人の視線が私に向いた。


「そう言えばさ、橙髪の男、見なかった?」


 そう、橙髪の男。

 私が起きて直ぐに見たあの男は確か……双黒色を狙っていて、姉さんを連れて行こうと、あの牢屋っぽい地下に向かった筈だ。

 なのに、私が鉢合わせをする事はなかった。


 「橙髪? 見てないと思うけど」


 首を傾げて志乃が言いながら、姉さんと星羅に視線を向けるも、二人も首を傾げた。


 やっぱり、見てないか。

 じゃあ、あの橙髪の男は何処に行ったんだろう?

 もしかして、エリオスさん達騎士が押し入ってきたのを事前に察知して逃げた、とか?


 あの男の事は全然分からないから、何とも言えない。

 私が知らないだけで、騎士に既に捕まっている可能性だってあるし。


 「その男がどうかしたの?」

 「いや、どうもしないよ」


 首を傾げる姉さんに、私は苦笑を浮かべながら、何でもないように返した。


 うん、知らないなら別にいいの。

 明日にでもエリオスさんに聞けばいい訳だから。


 こんこん、こんこん──本日二度目のノック音が響く。

 志乃が「どうぞ」と、扉の外に声を掛けると、エリオスさんの時とは打って変わり、勢いよく扉が開いた。


 「初めましてー! この度、皆様の護衛の任に就きました、騎士のシギ・ネイストっす! どうぞ、よろしくお願いするっす!」


 部屋に入るなり、何処ぞの舎弟言葉よろしく、陽気に自己紹介をするのは赤茶けたボサボサの髪に、その上にグラサンを乗せた、如何にも軽そうな焦げ茶色の目の青年。

 紺色の近衛騎士団の制服を纏うこの人が、エリオスさんの言っていた私達の護衛のようだ。


 何ともノリの軽い、チャラそうな……あのグラサンは飾りだろうか。


 「皆様、お名前をどうぞ!」


 輝く笑顔で言われ、私達は困惑に顔を見合わせた。


 「ほらほら、らさないで下さいっす」

 「……わ、羽奏っ。神崎羽奏です……!」


 ちょ、そっちこそあせらせないで!


 私は心内で抗議しながら、慌てて名乗った。

 それに続き、姉さん、志乃、星羅も名乗る。


 「ふむふむ、ワカナ様にヨリ様にシノ様にセイラ様っすね」

 「そうです、そうです」


 笑顔で名前を復唱するシギさんに、私はこくこくと頷いた。


 ……様付けについてはツッコんだ方がいいだろうか。

 いや、一応は客人扱いらしいし、これが普通、なの?


 「稀人は全員双黒色かと思いきや、違うんすねぇ」

 「いや、まあ、そうですね」


 まじまじと私達四人を見比べるシギさんに、姉さんが苦笑した。


 確かに日本人は黒髪が多いけど、染めてる人も多いから。

 二人のは地毛だけど。


 「何か聞きたい事とかあるっすか?」

 「えー、と。しょ、書庫とか見せて貰ったり出来ますか?」

 「今からは無理っすけど、日を改めれば大丈夫っすよ」


 志乃の問いに答え、シギさんが「後は?」と首を傾げる。

 質問と言われても、何を聞いたらいいのかが分からない。

 何を聞いたらいいのだろう。


 「あー、いきなり言われてもって感じっすかね? ま、聞きたい事なんて見つかり次第、追々聞けばいいっすもんね」


 私達の心情を察してか、シギさんは苦笑すると、「じゃ、扉の外に居るんで何かあったら呼んで欲しいっす」 とだけ告げ、部屋を出た。


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ステラファンタジア~チート片手の異世界譚~ 龍凪風深 @kazayume210

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