05 翡翠の騎士に拾われて


 「──騎士……?」


 鎧の人を見上げて思わず呟いた。


 何故、こんな所に……?

 この状況は一体なんだ。


 「! 双黒色」


 翡翠の眼と私の黒眼がかち合う。

 その瞬間、鎧の人は驚愕のあまり、目が零れ落ちてしまうのではと思うくらい、目を見開いた。


 「っこ、この女の命が惜しかったら……!!」

 「っ……何すんっ?!!」

 「黙れ!」


 鎧の人に僅かな隙が生まれるや否や、追われていた誘拐犯の男が、姉さんの手を力任せに引っ張った。

 急な出来事に、抵抗する姉さんに、男は怒声を浴びせると、首元に短刀を突きつける。

 私はその場で固まり、ひゅっと息を飲んだ。


 「……そうか、そう言う事か」


 鎧の人は何かをブツブツと呟くと、一人で納得した後に、その鋭い視線が男を射抜いた。

 凍り付いていたこの場の空気が更に、二三度下がったような気がした。


 「ま、待って! 私達……!」

 「っ来るなぁぁぁぁッッ?!!」


 被害者です!

 ただの、一般人なのッ!


 剣の柄を握り直す鎧の人を見て、慌てて声を上げるも、間に合わない。

 言葉の途中で、それを遮るようにして誘拐犯の男は叫び、鎧の人は動いた。


 私は反射的に口元を両手で覆って、目を見開く。

 びちゃり──と、嫌な音を立てて鮮やかな赤が、周囲の床や壁に散った。


 「……あ、あぁ、何、これ。やっぱり、現実……? 夢じゃ、ない」


 赤の付いた頬に触れ、姉さんが放心気味に呟いたかと思うと、ふらふらと身体をよろけさせ、ゆっくりとした動作で倒れた。


 「……!」


 鎧の人が床に付く寸での所で、姉さんの手を引き、抱き留める。

 私達も姉さん同様に放心状態で、鎧の人と姉さんをただただ凝視した。


 ──今、何が、起こった?


 現状を頭で理解するのに、少し時間を要した。

 ゆっくり、ゆっくりと頭を働かせる。


 姉さんが人質に取られて、鎧の人が剣を向ける。

 取り乱しながら、誘拐犯の男が短刀を向けると、鎧の人は一瞬で相手との距離を詰め、短刀を弾き飛ばす。

 そして、そのまま剣の切っ先を誘拐犯の男に突き刺した。


 ああ、何だ、これ。何だ、これ。


 床に倒れ込んだ誘拐犯の男。

 頭の中で何度も何度もリピートされる、肉の貫かれる嫌な音。

 血飛沫の飛び散る音。男の悲痛な断末魔。

 漂う鉄臭さが鼻腔を刺激して、私は顔をくしゃりと歪めた。


 「っい、やあぁあぁあぁあぁッッ?!!」

 「っせ、星羅」


 隣から甲高い悲鳴が響く。

 そろりと、視線だけを向けると、取り乱す星羅の姿が映った。

 その隣で、志乃が放心しながらも、宥めるように星羅の服の裾を引っ張る。

 頭が回らない。脳は思考するのを放棄して、ただただ現状を見つめた。


 「……っも、やだ」


 ぽつり、誰ともなく、掠れた声の呟きが零れ落ちた。




 ◆



 あの後、私達四人は鎧の人に保護される事となる。

 鎧の人──エリオス・カラミリアさんが姉さんを横抱きで運び、放心状態の私達は連れられるままにお城の一室に通された。


 広いその部屋は、恐らく四人部屋で、真っ白いシーツのベッドも四つ置かれている。

 私達はそれぞれのベッドに腰掛け(姉さんだけ、まだ気絶中で寝ているが)、ただただ沈黙の中に居た。


 誰も口を開こうとしないのだ。

 まあ、無理もない。

 人が刺される所も、血飛沫が飛び散る様も、初めて見たのだから。


 それらは、映画などで見た事はあるがあれは作り物であるから、本物とは違う。

 本物はもっと生々しい。

 目を瞑ると、瞼の裏に蘇る光景に吐き気を覚える。

 正直、もうこれ以上、何も考えたくはなかった。


 思考すればする程に、帰れない絶望が、ここが異世界である事実が、胸を締め付け、心を病ませる。

 けど、何かを考えていないと、落ち着かなかった。

 何も考えないなんて、今は逆に無理だ。


 「……ねぇ、あの人」


 重い沈黙の中、不意に志乃が口を開く。


 「エリオスさんの事?」

 「えぇ、エリオスさんは、あのDFWのエリオス・カラミリアだと思う?」


 私が問うと、志乃は小さく頷いて言う。

 きっと、この世界はDFWの世界なんだろうと思う。

 けど、何かが違う気もする。


 「難しい質問だね」


 私は小さく呟いた。


 DFWのエリオス・カラミリアは短いふわふわの緑髪の青年の筈。

 けれど、先程会ったエリオスさんは髪型が違ったし。

 いや、でも、髪型が違ったからって、違うとも限らない。


 「そっくり、だよなぁ」

 「顔も声も、アニメのままよね」


 ぽつりと呟く星羅に、志乃は恐らくエリオスさんの姿を思い出しながら、そう言った。


 DFWの登場人物たるエリオス・カラミリアは、アルガンダ王国近衛騎士団副騎士団長で、アルガンダの王国騎士の中で屈指の実力者である。

 プライベート時や仲間に対し優しさを見せる反面、敵には情け容赦が無く、冷徹な一面を見せる。

 そんな彼は、主人公達とこの国で最初に絡む重要人物。心強い味方キャラだ。


 そして、私達の身に起こったあの出来事は……。


 「エリオスの初登場シーン」


 ちらりとだけ書かれていた出来事。

 あれは、エリオスの漫画での初登場シーンと同じ。

 ふと、思い出した事に顔をしかめた。


 「! 言われてみれば、確かにそんなシーンあったわね」

 「じゃあ、主人公達もこの国に居るのかよ」


 思い出したように言う志乃と、顔をしかめる星羅に頷く。


 多分、あってる。

 この国に主人公達が居ると思う。


 「……やっぱり、異世界なんだ。ここ」


 ベッドからのそりと起きあがると、姉さんが感慨深げに呟いた。


 「?! 姉さん、起きてたの?」

 「大分話し始めで、話し声聞こえて起きたよ」

 「そ、そう……」


 てっきり寝ているものだと思い込んでいた私は、思わず驚愕に声を上げる。

 起きてたなら、さっさと会話に参加すればいいのに。

 姉さんが冷静に告げるのに、私は静かに苦笑した。


 「あーぁ、やっぱり夢落ちはなかったかぁ」


 姉さん、そんな目に見えて落胆されても困る。

 また、この場に沈黙が降ってきた。


 異世界だなんて信じられないし、信じたくもない。

 けど、それが事実なんだろうな、と静かに感じる。


 お城も、騎士も、普通じゃ有り得なくて、白昼堂々と人が人を切るのも有り得ない事。

 日本でも、外国でも。

 そうなると気になる事が取り敢えず一つ。

 何故、文字が読めて、会話が出来たんだろう。


 漫画内では確かに、文字と晶霊術の呪文には独自の言語が使われていた筈だ。

 なのに、何で通じるんだろうか。


「……あ」


 ああ、そう言えばこれを忘れていた。

 私は部屋に入るなり、ベッドの上に放り投げた片手剣を右手で取る。


 本物、だよね。


 「! 羽奏ちゃん、その剣……」

 「何か、拾ったんだよね」


 首を傾げる星羅に、私はまじまじと片手剣を見つめながら答える。


 嘘は言ってない、と思う。

 私は、急に現れたこの剣を拾ったのだ、多分。

 この剣について、私は良く知らないから、説明を求められても困るし……うーん、何だろうな。


 ──こんこん、こんこん。


 「?! どうぞ!」


 剣を見つめて思案していた所に、突然ノック音が響く。

 四人一様に驚愕で肩を跳ね上げさせる。


 え、エリオスさん、だろうか?


 私は慌てて片手剣をまたベッドに放ると、ノックの主に声を掛けた。

 静かに開かれた扉から入ってきたのは予想通りの人物。


 「失礼する」


 その人、エリオスさんは一言告げて部屋の中に入って来た。


 「落ち着いたか?」


 私達四人、それぞれの顔を見ながら、エリオスさんは言った。

 私達は静かに頷く。


 エリオスさんが来た、て事は事情聴取だろうか。

 それとも、今後の事か、何か知っている様ならその説明か。


 私は黙ってエリオスさんの次の言葉を待った。


 「……すまない。あれは、女性に見せるべきものではなかった」

 「! い、いえいえ! そんな、大丈夫ですから!」


 いきなり頭を下げ、ばつが悪そうに謝罪するエリオスさんに志乃が慌てて声を掛ける。


 ちょ、騎士がいきなり頭下げるッ?


 「あの、ほら! まだ、聞きたい事とか説明とかあるんですよねっ?!」

「ああ、君達があそこに居た経緯は分かっているんだが……どうやってこの街に入ったのか、何処から来たのかが分からない」


 何とか頭を上げて貰おうと、姉さんが話題転換する。

 それが、上手くいき、エリオスさんは頭を上げると、話を始めた。


 あー、ですよねぇ。

 私達、多分普通ルートでこの街入ってませんから。


 「そこで問いたい。君達は……異世界の人間で間違いないか?」


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