冒険面接

朝海拓歩

冒険面接

「あと一撃!頼むぞ亮介!」

「おう!」

 亮介の一撃が狼に似た魔物の脳天に直撃する。割れた額から勢いよく血が吹き出し、魔物はどうっとその場に倒れ動かなくなった。辺りには同じように倒した死体が三体転がっている。そのうち二体は俺が放った矢が喉元に突き刺さっている。

「ふぅ」

「おつかれ亮介」

「お疲れ様ふたりとも。今怪我治すね」

 沙紀が呪文を唱えると俺と亮介の傷が治っていく。大した傷ではないが、獣型は牙に病原菌を持っていることもあるから油断はできない。


 魔法使いである沙紀、戦士である亮介、そして狩人である俺は三人パーティーの冒険者だ。

 ふたりとは協会の紹介で知り合い、何度か一緒に仕事をした後、正式にパーティーを組んだ。常に切り込み隊長として先頭で戦う亮介は頼りになるし、回復や特殊攻撃担当の沙紀はパーティーの要だ。狩人である俺は弓を使った遠距離攻撃に加え、ナイフでの接近戦も行う。戦力のバランスも良いし、何より気が合う仲間とのチームワークは何者にも代えがたい。

 もうそれなりに長く、三人で旅をしている。

 ...そう、そのはずなんだけど、最近なんだか違和感を感じる。昔のことを思い出そうとしても、ぼんやりとしか思い出せずに、記憶にもやが広がっている。俺、こいつらに会う前はどうしてたっけ?

「おい、どうした勇次。急に黙り込んで」

「まだどこか痛む?」

「なんでもない、大丈夫」

 俺は慌てて笑顔を作る。こんな血だまりの中でぼんやりするなんて、どうかしている。俺は疲れているんだろうか。

「なあ、まだ日は高いし、今日はあの高原まで攻略してみないか?」

 丁寧に剣のチェックをしながら亮介が言う。とたんに沙紀が険しい顔をして反論する。

「あの高原、最近流れてきた凶暴な魔物が出るって噂じゃない」

「大丈夫だって。いざとなったらすぐ逃げれば良い。俺らもそろそろ、次のステージ目指す頃だって。なあ、勇次もそう思わねえ?」

「俺は...」

 まだ早いという気もするけれど、亮介の言うようにそろそろ自信を持っても良いのかもしれない。これまでだって、三人で上手く乗り越えてきた。

 これまで?

 ズキッ

「っ痛」

「勇次くん?」

 鋭い頭痛は一瞬で、しかめた顔を上げると沙紀が心配そうにのぞき込んでいた。

「大丈夫、ただの立ちくらみ。高原、行ってみても良いんじゃないか?ただし深入りはしない。危険だと思ったらすぐに引き返そう」


 高原は本当に凶暴なモンスターがいるのか怪しくなるくらいのどかで気持ちの良い場所だった。

 ひんやりとした風が山の斜面を駆け抜け、鮮やかな新緑の絨毯を揺らしている。草花の揺らぎで、風の形がわかる。

「お昼、ここで食べればよかったねー」

「来る前はビビってたくせに。すっかりご機嫌だな」

「ふーんだ。ちゃんと周りには気をつけてるから大丈夫ですよーだ」

 亮介と沙紀の掛け合いはいつものことだ。俺自身はそんなにお喋りじゃないけど、こんな風に三人で過ごす時間が好きだ。

 ずっと昔からこうしているような気がする。変だな。思い出せないのにそう感じている自分がいる。

 そこで俺は、ふと空を見上げた。物思いに耽って下ばかり向いていたせいかもしれないし、何か第六感的なスキルに目覚めたのかもしれない。

 上空のそれに気づけたのは紛れもない幸運だった。何かが、こちらめがけて飛んでくる。

「危なっ...」

 警告は、みなまで言えなかった。それはもの凄いスピードで俺たちの目の前に降り立った。

 いや、降り立ったなんて優雅な表現は適切じゃない。紛れもなく落下であり地面への衝突だった。爆弾でも落ちてきたかのような衝撃で俺たちは吹っ飛ばされた。

 幸いあたりは柔らかい草花に覆われているので、大した怪我をせずに済んでいた。

「良介!沙紀!」

「なんだよいったい!」

「あれ見て!」

 沙紀が落ちてきたそれを指さす。

 そこにいたのは、漆黒の鱗に赤い頭を持った、巨大なドラゴンだった。


「くっそ、ふざけんなよ」

 柔らかな草原は、灼熱の息吹によって焼け野原となり灰が舞っている。俺たちは急な襲来に戸惑いながらも、なんとか態勢を立て直し応戦したが奴の強さは想像以上だった。俺たちはあっという間に追い詰められてしまった。

 俺は鉤爪に裂かれた右腕をかばいながら、慣れない左手でナイフを構える。弓は折れ、もう使いものにならない。前衛としてドラゴンに向かっていく亮介は頭から出血し、片目が開かないでいる。

 それでも亮介は降り降ろされる鉤爪を交わし、ドラゴンに向かって剣を突き立てる。

「どうだちくしょう!」

 少しは効いたかと思ったのもつかの間、ドラゴンは巨大な翼を羽ばたかせ飛び上がった。亮介は必死に剣にしがみつくも、簡単に振り落とされてしまった。

「危ない!」

 沙紀が魔法で助けようとするも間に合わず、地面に落ちる亮介。鎧の重い金属音が響く。

「亮介君!」

 沙紀が叫ぶよりも早く、俺は亮介に駆け寄り、ドラゴンの足下から運びだす。

 よかった、気を失っているだけだ。治療のため亮介を沙紀に預ける。上空のドラゴンをにらみ付け、俺は決意する。やるしかない。

「沙紀、亮介を連れて逃げるんだ。迷彩の魔法を使えば、上空からは発見されづらいはずだ」

 奴から目を離さずに、背後の沙紀に話しかける。

「勇次は?一緒に逃げるんだよね」

「俺は、ここであいつをくい止める」

 くい止める力が無いことはもう十分に理解していた。でも、囮くらいにはなれるだろう。

「無理だよ!勇次だってもうぼろぼろじゃないっ」

 ドラゴンが上空で体勢を立て直し、再び飛来しようとしている。

「それでも、やるしかないんだよっ。このままじゃ全滅だ!早く行け!」

 その場に沙紀をおいて、ドラゴンの下へ駆ける。狩りで利用する火薬玉を頭上に投げ、炸裂音で奴の注意をこちらに向ける。

 奴と、目があった気がした。どうやら囮にはなれそうだ。

 ドラゴンは上空で大きく空気を吸い込む。

 そうだ、やるなら俺を狙え。俺だって、ただでやられはしない。例え両腕がダメになっても、ふたりを逃がしてみせる。

 俺の決意を具現化したような、燃え盛る炎の息吹が、目前に迫っていた。


「亮介!沙紀!」

 飛び起きた俺の目に映ったのは真っ白い壁だった。どうやら自分は、病室のような部屋でベッドに寝かされているらしい。

 頭にはいくつもの管が付いた兜を被らされており、傍らの機械には何かの波形が映し出されている。

 確か俺は、ドラゴンと戦っていて、それから...。

「俺はいったい...」

「やあ、勇次君。お目覚めかね?」

 部屋の扉が自動で開き、スーツ姿の中年男性と、部下らしき若者が入ってきた。まだぼーっとする頭に男の声が響く。

「まだ、状況がよく思い出せないかな?君の夢での振る舞いは見させてもらったよ。実に立派だった。勇敢さ、チームワーク、そして過酷な状況での決断力、すばらしい」

 この男は何を言っているんだ?それよりも二人は...あれ?ふたりって誰だ。俺は、確か...。

「というわけで、君は合格だ。新年度からよろしく頼むよ。詳しいことは、この萩原君から聞いてくれたまえ。では」

 横柄な男は自分が言いたいことだけ言い終えると、部屋から出て行った。萩原と呼ばれた男はベッドの隣にあった丸イスに腰掛けると、どこか憐れむような視線で俺を見た。

「勇次君、まだ混乱しているよね。ひとつずつ説明してあげるから、安心していい」

「あの、俺、なんだかよく思い出せなくて...」

 彼はゆっくりと頷いて、落ち着いた様子で話し始めた。

「君は夢を見ていたんだ。夢と言っても、自然なものではない、あらかじめ状況を設定された人工的な夢だ。今は君の脳内で、今まで現実だと思っていた認識を夢として処理しているため、一時的に記憶が混乱しているに過ぎない。私の話が終わるころには、色々と思い出しているはずだ。自分が何をしていたのかを」

 そうだ。そうだった。萩原の声を聞いているうちに俺は段々と思い出してきた。

「どうやら、少し思い出したようだね。そう、君は就職試験を受けていたんだ。いわゆる冒険面接だ」

 冒険面接。あらゆるものがネットやコンピューターに支えられる現在、個々の能力差は均され、企業が新入社員を選別する際に最も重視するのはその人物の人となりとなった。

 能力よりも人間性や、既存の社員と良い関係を結べるかに焦点を置くのが、採用活動の主流になったのだ。

 しかし、コミュニケーション能力や誠実さを含む人間性を測るのは従来の面接やペーパーテストなどでは不可能だった。そこで登場したのが、夢の中での仮想体験を観察してその人物を測るシミュレーションテストだった。

 人工知能によって脳科学が飛躍的に進歩したことにより実現した技術であり、様々なことに利用されている。

「思い...出しました。僕は合格出来たんですね」

「複雑な気分だろ?直ぐには、気持ちの切り替えが出来ないよな。夢の記憶は直ぐに薄れて、現実の記憶を思いだしてくるけれど、感情はそうはいかない。夢で抱いた強烈な感情はしばらく心に残るんだ。この面接方法の問題のひとつでもある」

 そう、詳細は思い出せなくなってきている。けれども胸の中には、圧倒的な力への恐怖や無力感、焦燥、それでも立ち向かう決意と、どうしても守りたかった誰か。それらの感情が行き場をなくして、からっぽな僕の中でさまよっていた。

 萩原さんはため息をついて、鞄から資料が入っているらしい物理メモリを取り出すとサイドテーブルにそれを置いた。

「私も冒険面接でこの会社に入ったから、今の君の気持ちはよくわかる。ゆっくりと気持ちの整理をつけるといい。今後の手続きに必要なものがそこに入っているから、落ち着いたら目を通しておいてくれ」

 そう言って萩原さんは立ち上がる。そしてドアから出ていく直前、萩原さんは振り返り、僕をまっすぐに見つめてこういった。

「君はこれから、冒険とは違う酷く曖昧で複雑で薄味な社会で生きるわけだが、どうか今の気持ちを忘れないでほしい。忘れてしまえば、きっと君も後悔する。…まあ、とにかく新年度からはよろしくね」

 萩原さんは憂いを含んだ微笑みを残し、病室を出ていった。

 言われるまでもないことだった。

 ようやく一人になれた僕は、消えつつある冒険の記憶から大切な誰かを思い出せないかと、必死に意識を集中させる。


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