第5話 K点

スポーツ新聞の広告は紆余曲折を経て、3行広告1本に落ち着きました。

最初はかなり高額な費用を新聞用に割いて、確かにそのおかげで店は立ち上がったのですが、そのうち費用対効果、今でいうところの「コスパ」って奴を分析し・・・。

結局、碧さんに色々と教わりながら、我が美人十音はネットの方に力を注ぐようになっていったのです。


弱小店には弱小店なりの、ゲリラ戦。


無料でバナーを貼れるところには貼れるだけ貼り、ネット宇宙の各所に落とし穴を設置します。


【ネットを制する者は風俗を制す】


・・・とは碧さんの受け売りですが、確かにネットでの集客体制が整い始めると、電話やメールの問い合わせは激増しました。

ただ「広く浅く」のネットに対し、広告のお客さんは年齢層が高めだからか非常に客層が良く、時々入る長時間コースの指名・予約は3行広告から、というケースが多かったため、紙媒体を切ることは絶対できませんでした。

3行広告・・・なめてはいけません。


【ブス、ブタ、ババァの店。電話して】


というような奇抜な広告に電話が殺到するなど、広告社の担当営業からはかなり興味と奥が深い話を訊けました。


「でも大阪ってマニアックなジャンル、東京に比べたら弱いんでしょ?」

「いや、旅寅さん、弱いとはいってもそこが好きな人っているわけですから。要はそういうマイノリティなお客を狙うわけですよ、ご年配のね」

「なるほどね、それもいわゆる差別化っちゅうわけですか?」

「そういうことです」

「じゃ、うちはそれに丸乗りして、【何もできない普通の主婦の集まりです。電話して。9時~17時】で行きますわ」

「ああ!それ、いいじゃないですかぁ!?」


・・・そんなこんなで、かしましい嬢と共に歩むオフロードな「今」は、新幹線の車窓から見える景色のように、あっという間に後方にブッ飛んでゆきます。

携帯作戦はその後も見事に当たり続け、リピーターは途切れることもなく、だいたい毎日3~4人の出勤がある中、開店3ヶ月後には、1人が2~3人のお客さんを日々確実に取れるようになりました。


(とにかく固定客を付けて、その人達を回そう)


僕の教えを健気に実行してくれる5人。


携帯で個人的に近いやりとりをできるようにしたことにより、お客さんはこぞって嬢を口説き始めます。それに対して受けず拒まず、付かず離れずの、絶妙の距離感を取る嬢を見ながら、何だか少し男として切なさを覚えるオーナー。


【女性であることはそれだけで才能】


なのかもしれないですね。


「嬉しい!会いに来て。お店に電話して予約入れてねん♪」


嬢にそう言われると、お客さんの多くは落胆します。


(ああ、所詮は向こうは仕事なんだな)


ただ、普段リピーターから頻繁に来る「元気?今、何してんの?」というようなしょーもないメールを放置することなく、それら1人1人に丁寧に応えることで(舌打ちしながらですが)ちょっとした落胆では消えない「強い」リピーターが多数誕生するわけですね。


「みんな、待機所におる間に先のアポを自分で入れて行きや?」


ガールズトークで盛り上がりながらも、5人はライフラインであるお客のメールを放置することだけは絶対しませんでした。

お金を運んでくれるのもさることながら、【会ったことのあるお客さん】というのは、安全面においてもこの上ないのです。


おのおのの個性を活かし、メールや電話で数日先~数週間先までのアポを入れるようになった彼女らのおかげで、美人十音は黒字もいいとこでした。

稼働日には1人が平均1~1、5万円を確実に入金してくれるわけですから、フルメンバーが出揃う日には、僕の日当は5万円を超えます。

22日間、昼間だけの稼働日数でも、数ヶ月後にはオーナー月収は三桁近くに到達。そこから諸々経費を差し引いても、十分すぎるほどの稼ぎです。


(これは確かに儲かる仕事やわ・・・)


うちには坪井氏の店のように給料を払う従業員が沢山いるわけではなく、オーナーの食い扶持さえ残ればいいわけで、まさにそれは、逆に言えば弱小店の強みかもしれません。


とはいえ、「楽に儲かっている」というわけでは決してなく・・・。


稼働日一。


全員を店と家まで送迎するのですから、オーナーの朝は朝寝坊のニワトリ並みに早いです。


6時に起床、7時に出発。


そして、嬢を全員送り終えてからの帰宅。


だいたい夜の10時前後。


確かに規則正しくはあったものの、拘束時間としてはなかなかの長さです。


それに「オーナー」といってもそんなものは肩書だけで、実際の僕の仕事は要は「何でも屋」なわけですから、やることが途切れることはありません。

毎日5~6時間する運転に、電話応対、PCによる作業、更新用の画像の撮影、各種消耗品買い出し、面接対応、広告屋対応等・・・。


(ま、楽に儲かる仕事なんてそうそうないわな・・・)


1つ1つの業務を何とかこなしながらも、目まぐるしく来る日行く日を過ごし、なんぼあっても足りない時間はお休みからボチボチと献上。

ただそれでも当時まだ30代中盤だった僕にとって一。

訪販営業や、人件費を切り詰めたコンビニ運営を経てきた僕にとって、それは体力的にキツい職務ではありませんでした。

風俗店の管理者の労苦は肉体的にはあらず、猛烈な消耗を要求されるのはあくまでも精神面なのです。

オーナーの胃をキリキリと痛ませるような事件は、開店から僅か1年の間で一通り発生してしまいました。


愛子(公私混同系)

・お客に「店を辞めて俺と付き合おう」と口説かれたらしく、突然の出勤停止。別れた直後、シレッと復職。

その後も客として出会った変な男に惚れての、公私混同多数。

・同居していたネットワークビジネス絡みの友人に部屋を追い出され、身1つで待機所へ引越。

後に、禁止していたにも関わらず彼氏(出会い系で知り合う)を連れ込む。

・オーナーに借金少額有り。


涼子(メンタル弱し)

・無断欠勤常習。長期の無断欠勤も有。シレッと復職。

・浮気相手との間に子供ができてしまう。

・オーナーに借金有。


志保美(時々公私混同)

・お店で出会ったお客に口説かれ、不定期な同棲開始。またも彼からお金をせびられるも健気に応える。ある日、彼の携帯を見た彼女は、彼には実は内縁の妻含め4人の女性がいることを知る。その後、なぜかその妻から彼女の携帯に電話があり恫喝されるに至り、ようやく目が覚めた志保美。貸したお金の返金を迫ろうにも留守電ばかりのその男は、実はその時にはすでに留置所の中だった。

ある日、関西ローカルの夕方のTVニュースを事務所で観ていた志保美は、隣の僕に叫んだ。


「オーナー!!この犯人・・・彼氏です!!」

「・・・はぁ!?」


以降何度か留置場に面会に行き、漫画を差し入れたりしていた模様。


恵美子(勝つと来なくなる)

・「無理矢理襲われそうになった!」とお客の隣から電話を入れてくる。「ちょっと代わって」とお客と話せば、そのお客は「してない」の一点張り。とりあえずホテルの近くのコンビニ前で待ち合わせをし、イカツいそのお客と車内で対話。色々ゴチャゴチャ言われるも何とか凌ぎ、


「お店としては事実関係が確かめられない以上、嬢の証言を元に警察に被害届を出すしかない。嫌なら嬢と今、ここで示談して下さい」


と仲介。車内で話した恵美子が「納得した」と出てきたので、落としどころが見つかったのだろう。「世話かけたな、お兄ちゃん」と笑顔で去ってゆく高級セダンのテールランプを見送る僕の背中と掌は、緊張からか、嫌な汗でベチャベチャだった。


結奈(特に問題はなし)

・仕事後、自宅付近まで送迎した到着時、結愛の開けた僕の車のドアに走って来た原付が衝突。相手は打撲と捻挫、バイクは部分破損。保険で対応はしたものの、後日謝罪とお見舞い。



1番ショックだったのは、やはり既婚者である涼子の妊娠です。

避妊やピル、事後ピルの服用など、女性として当たり前の自己防衛をしてくれていれば、妊娠なんて起き得ない事象です。


流れで何となく楽観的に・・・それを許すのでしょうが、そうなってしまってからでは取り返しはつきません。


これは正直、やるせなかったです。

女性の心身を思えば、命の尊厳を思えば、あってはならないことです。


(しかしまぁ旦那さん以外の子を妊娠って・・・一体、どんな感覚やねん?)


で・・・

出勤が滞り、実入りが減れば、彼女の月末の支払いは?


結局、行き着くところは「お金を貸して下さい」です。


【本番の発覚は解雇】を謳ってはいましたが、「仕事中のことではない」という嬢をクビになどできようはずがありません。

それに、普段お店に多大なる貢献をしてくれている嬢に対して、もう僕は十分に情を感じておりました。娘・・・とは言わないですが、妹みたいなものです。


(「嬢」に「情」か。笑えんわ、ったく・・・)


そんなこんなで、涼子に関しては結構な額のお金を貸しました。

ま、当然の如く殆どなぁなぁになって返ってきませんでしたが(笑)


志保美に関しては、愛子に比すれば惚れっぽいというほどでもなかったのですが・・・ただ、彼女もメンタルが強い、というわけではありませんでしたから。やはり、寂しさにつけこんでくる悪い輩は何人かはいたようです。


1度、先述したように、


【たまたま観ていたニュースに彼が犯人として出ていた】


という漫画みたいなことがあったのですが、その後、なぜか留置場で彼氏と同房だったであろう男から


「君の彼には他にも女が数人面会に来ています、僕じゃダメですか?」


という告げ口風の告白の手紙が届いたことがあったそうな(手紙の住所を盗み見たんでしょうね)


(何この人?私のこと、何も知らないのに?)


全く捕まって拘束されても尚、度し難い男っているんですね。


初犯であるにも関わらず、悪質とみなされた懲役6年の彼は、その後、他府県の刑務所に入所したそうです。

何度か手紙が来て最初は返事を返していた志保美は、その後、新しい男ができ、その男の部屋に引越をすることによって、ようやく「待つ女」から卒業しました。

当初は「出所を待つ」なんて言って差し入れ持って留置場通ってましたから、


(彼女の家の黄色いハンカチを全部処分しようか?)


などと心配した僕でしたが、大丈夫、女性とはやはり、たくましいものでした。

直後、新しくできた彼の部屋に引っ越すことにより、志保美は悪い縁を断ち切ったようです。


愛子、涼子、志保美の3人。


恵美子や結奈にも先述したようなトラブルはあり、それなりにオーナーは神経をすり減らしましたが、やはりこの3人を管理したり統括することがあの仕事のストレスの大半だったと思います。


K点超えの大ジャンプを何度も繰り返しながらも、嬢達は元気でした。

そう、どんな過酷な状況に置かれても、造花というのは枯れないものなのです。

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