第4話 裸の代価
開店してからの毎日は、まるで万華鏡のような目まぐるしさでした。
コンビニ時代、夜間中心だった僕の生活は、風俗店オーナーとは思えないほどの朝型・昼型となり、なんだかいっぱしの会社員のよう。
生理との絡みもあり、さすがに5人が5人とも出勤するのは稀でしたが、朝、7時過ぎに自宅マンションを出た僕は、
志保美→結奈→愛子→恵美子→涼子
の順に自身のワンボックスに乗せて事務所へ行き、帰りはその順を逆行して彼女らを送るわけです。恐らく、その辺のタクシードライバーや配送のトラッカーに匹敵する運転量ですが、車内が賑やかなこともあり、特にそれは苦にはなりませんでした。
事務所の電話は当初、立ち遅れたネット絡みからこそあまり鳴らなかったものの、広告からはソコソコに鳴りまして、嬢達は日々、せっせせっせとおのおのなりに、新規のお客さんをリピーターに育ててゆきます。
そしてネットが機能し始めてからは「千客万来」とまではいかないまでも「十客百来」程度の繁盛期が訪れ、回り始めたリピーターも相まって、店はにわかに活気づいてゆきました。
「結菜ちゃん、120分の良さそうな新規から問い合わせ入ってるんやけど、1時間後行ける?」
「あ、じゃあリピの時間ずらしますわ」
オーナーがネット関連の更新・改善と、電話番に翻弄される事務所と戸1枚を隔てた待機所には、平日、大抵、結奈か愛子がいます。
そして翌日が中央競馬開催日の金曜日には、決まって恵美子が競馬新聞とペンを手にやって来て、僕とお馬さん談義。
志保美と涼子は常に別室のワンルームでTVを観ながらのガールズトーク、マイペースに携帯でお客さんを
開店して3ヶ月、そんな日常の風景が定まる頃には、美人十音はかくも呆気なく安定期、経営は軌道に乗りました。
「旅寅よ、携帯方式、素晴らしいな?でもうちみたいな大所帯じゃさすがになぁ・・・」
事務所にちょくちょく顔を出してくれる師匠の坪井氏。イケメンの彼が来ると嬢は全員、そそくさとワンルーム待機所を出て、事務所に集まってまいります。
「お前らは磁石に吸い寄せられる砂鉄か!?暑苦しいから向こう行け!」
「坪さーん、この前はピザご馳走さまでした~」
「お、愛子ちゃん、髪、カットしたな?」
「イヤーン、聞き方がスマートやわ~!オーナーなんか「お前、床屋行ったやろ?」やもん・・・何で同級生やのにこうも違うんですか!?」
「やかましわい!そんなもん床屋もカットも同じやがな!?・・・ってか愛子、お前やけにツーちんに近いな?」
「えっ!?だってカッコいいし・・・オーナーと違っていい匂いするし!」
無邪気で、素直で、どこか憎めない愛子嬢。
彼女は店のムードメーカーであり、そして僕の補佐役的存在でもありました。
愛子の実家はそこそこの資産家だそうです。
だからか、彼女には確かにお嬢様気質なところがあります。
例えば、「そんなもの必要ないでしょ?」というような物に「ここに来た記念に買うんです」と大金をはたいたり、とりあえず「新発売」のものは買ってみたり・・・。
そんな、ひたすらポジティブシンキングの天然娘である彼女には、以前は夢があったんだそうです。それは、美容師になること。
高校を卒業後、専門学校を出て美容師資格を取得した愛子は、地元の美容室に就職も決まり、プライベートではイケメンの彼氏と同棲を始め・・・と、一見、傍目には順風満帆な青春を送っておりました。
ところが、得てして傍目とはあてにならないもので、実は明るい彼女の裏側には、多くの影が存在したのです。
その彼氏、ある時愛子を妊娠させた挙句、堕胎を迫ったんだそうな。
泣く泣く応じた彼女は、術後の彼の優しい言葉に、何とか救われました。
「次は迎えてあげられるように、俺も正社員になるよ。近く、籍を入れよう」
ところが・・・もう、その「次」はありませんでした。彼氏は呆気なく新しい彼女をこしらえ、突然前触れもなく、さっさと愛子の元から去っていったのです。
更に不幸とは重なるもので、同時期、職場でも転機が訪れました。
愛子は身長140cm台で小柄、顔もまず、童顔の美女と言って差し支えありません。誰が見ても、普通にモテて、たやすく幸せを掴めそうなルックス。
ところが彼女、人当たりが柔らかすぎたのです。
癒し系、和み系、天然系にはよくあることだけど、当たりの柔い女性ほど、変な男の勇気を刺激するものはないんですね。
もう入店した直後から、愛子はその美容室の「変な」オーナーに、散々まとわりつかれることになりました。
「好きだ」
「付き合ってくれ」
「愛人になれ」
「ホテルに行こう」
既婚の気持ち悪いおっさんは散々愛子を口説き、返事が曖昧だとみるや、最終的には実力行使。
股間を押し付けてきたり、お尻や胸を触るなど、セクハラを日に日にエスカレートさせていったそうです。
(どうせ近く結婚するし・・・辞めちゃおう)
その時はまだ彼にフラれていなかった愛子は、すんなりと仕事を「捨てる」ことを選び、そしてその数日後に、今度は恋人に「捨てられる」ことになりました。
何もかもを失った彼女。
ほどなくして、転落は始まります。
元々お金遣いの非常に荒い愛子は、収入源を失っても尚、節約というものをあまり意識しませんでした。消費者金融に少しだけあった借金はどんどん膨らんでゆき、仕事を掛け持ちする日々。
事務員、出会い系のサクラと、同時並行させるバイトはどれも長くは続かず、そしてある日、彼女は遂に、禁断の果実に手を伸ばしてしまいます。
それは、風俗店への体験入店。
ただ彼女の怖い所は、いきなりそんなヘビィな場所に飛び込むことに、特に抵抗は感じなかった・・・というところです。
小柄で美人な愛子には、恐らく沢山の需要があっただろうことは、想像に難しくありません。是非はともかくとしても、さぞ稼げただろう・・・と思いきや、これがそうもいかないのが浮き雲暮らしの落とし穴。
風俗嬢とは、要は「究極の自由業」なのです。
起きたい時に起き、食べたい時に食べ、寝たい時に寝て、お金がなくなったら出勤する・・・という生活を続けているだけでは、【裸の代価】などは生まれようはずもなく・・・。
というより、現状維持さえ困難になってゆくのが当たり前の現実。
その禁断の領域へ足を踏み入れた女性の大半が恐らく、生活状況や人生を悪化させてしまうでしょう。
出会った時、ウチの店の嬢達はすでに大半が風俗経験者でした。
志保美は、10年連れ添った旦那に浮気をされました。
しかも相手は、2人の共通の友人。
それでも何とか夫婦関係を継続しようと対話を続ける彼女を残し、旦那は浮気相手の元に走ってしまったそうです。
悲嘆に暮れる中、復讐心から出会い系サイトに手を出してしまう志保美。
そこで出会った男は、当初は彼女にとって救いの神でした。
急速に恋に落ち、慰謝料も定めぬままに旦那と離婚した志保美は、すぐに新しい彼との同棲生活を始めます。
そしてほどなくして、神は悪魔に姿を変えました。
DV、お金の無心、あっという間に消えてゆく僅かな貯金・・・。
愛子にしてもそうだけど、いつの時代も女性の転落への号砲の引き金を引くのは、大抵がどうしようもない男達です。
パートで歯科助手をしながら借金を重ねた志保美は、そのうち返済ができなくなり、生活さえも困難になり、風俗に辿り着いてしまいました。
もちろん、彼は見て見ぬふりだったそうです。
そしてほどなくして悪魔は忽然と姿を消してしまい、彼女には、膨らんだ借金の返済と、風俗嬢で生きることに慣れてしまった自分だけが残りました。
もう、その時点では人生の切り替えは困難になっていたのです。
彼女は少し太めではあるものの、優しい顔立ちと抜群の人当たり、そしてHカップの巨乳を武器に、これまた何年かを凌いだようでした。
誰に頼ることもなく自分の身1つで、タイトロープの上を危なげに歩んできた愛子と志保美。
ただ涼子の場合は、少し事情が違いました。
彼女は既婚者であるにも関わらず、2人とそう大差のない危うい生活を続けていたのです。
涼子は16歳の頃、実の父親に襲われそうになったことをきっかけに、家を出ました。その後、紆余曲折を経て風俗業界に身を投じた彼女は、ソープから箱ヘルまで殆どの職種を経験したといいます。
美人・・・という感じではないけど、Eカップと白い肌を持つ肉感的な、しかも「M」を自称する涼子には、すぐに熱心なリピーターが大勢ついたことでしょう。
ところが彼女には、致命的とも言える大きなネックがありました。
それは・・・メンタルの弱さ。
そう、涼子は典型的な、碧さんのいうところの「店々虫」だったのです。
「涼子ちゃん・・・結婚してるんなら、もう旦那に養ってもらいーや?」
「旦那は3万円の食費しか私にくれないんです・・・。それに、私旦那に借金あること内緒にしてるんで・・・」
「3万って・・・2人分の1ヶ月の食費にしても少ないなぁ?あとの給料やボーナスは全部旦那が管理してんの?」
「はい。お金のこと言ったら怒るんで・・・何も言えません・・・」
何でまた、既婚の涼子がそんな風に風俗を続けなければならないのか、僕には全く理解できませんでした。
普通、給料なんて大部分、嫁に譲渡して当たり前のところだけど・・・。
とはいえ、それだけで一概に旦那がおかしいとは言えないのが難しいところです。要は旦那は嫁の金銭感覚に気付いていて、だからこそ、自身で家のお金を管理しているのかもしれないわけで・・・。
ただそれがどちらであるにせよ、自分の嫁が日中、風俗嬢をして借金の返済分や小遣いを稼いでいることまでは、当然、旦那は知らないでしょう。
結婚したからといって、女性が「過去」や「傷」と全て決別できるとは限らないのです。妻や彼女の裏の顔について、男は
「知らぬが仏」
という場合もあるんですね。
そういえば某有名映画のヒロインは、
「女って、海のように秘密を持っている」
と言っておりましたが、僕は風俗を始めてみて、
(本当・・・そうだよな・・・)
と深く納得したものです。
ただ世間には常に「例外」というケースが存在しており・・・。
恵美子は中卒後、そのままフリーターになって家を出ました。
どんな人生を歩いて来たか詳しくは知らないけれど、とにかく一時期デートクラブに在籍していて、そこで現在のご主人と出会ったようです。
彼女の場合・・・夫婦間における隠し事は一切ありません。
風俗に行っていることも旦那さんは了承済みだそうです。
そして腕利きの職人である彼は、きちんと、給料を全額嫁に渡しているそうな。
「え?じゃあ何で風俗に?」
「あ、うちの夫婦、2人ともギャンブルが趣味なんです(^_-)-☆」
「・・・はい?」
「競馬とかパチンコとかパチスロとかの資金がいるので・・・」
「じゃあ軍資金の為の風俗!?」
「名目上は「お金を貯めるため」です。給料には手をつけずに全額貯金に回して、早く家買いたいんで・・・」
微妙だけど・・・まだ建設的だ・・・と思えるのが怖い。
21歳の恵美子は、若い上に、どこか妖艶さのある美女でした。
身長158cmで中肉中背、とりたてて脚が綺麗とか胸が大きいとかいうわけじゃないにしても、美人十音で1番、万人受けするルックスと言えます。東京では「熟女系や人妻系が強い」と聞きますが、大阪は今も昔も「若い、可愛い」がウケる土地柄なのです。
切れ長の目、鼻筋の通った鼻、薄い唇。
顔の整い方だけでいえば飛び抜けている恵美子。
もっとも彼女は物凄いヘビースモーカーで、とにかくひっきりなしにタバコを吸い続けているので、喫煙する女性を嫌うお客からは敬遠されました。それさえなければ・・・と、思わないでもないけど、ま、それは別に僕が強制や矯正をすることではありません。
そう、何も言うことなどないのです。
風俗店においてのオーナーという存在は、ただ、嬢が安全に、楽しく働ける場を提供すればそれでいいのです。
恵美子は手のかからない、黙っていても店に利益を生んでくれるありがたい嬢でした。別にランキングなんて提示するような店風じゃないにしても、愛子に並んで1位の次点、といった具合に指名は入るのです。
多少、フロアに焼き焦げを作っても・・・カーペットを焦がしても・・・
いいのです。そんなことは小さなことなのです。
ただ唯一、彼女に問題があるとすれば・・・。
それは「ギャンブルで大きく勝った日から数日は、まず確実に休む」
ということです。
とはいえ、恵美子が休んだとて、美人十音は全然、問題なく健在でした。
「絶対エース」の結奈がいたからです。
27歳、身長160cm、大柄でFカップの彼女は、顔も美人で色気も十分。ちょっと太めではあるけれど、ただそれを補って余りある「かけひきの上手さ」を持っておりました。
【1度行った新規のお客さんは、故郷の川を目指す鮭のように必ず戻って来る】
その絶妙の【思わせぶりっぷり】で入店後、すぐにリピーターを抱え始めた彼女は、それこそ嬢、2~3人分の働きをするようになってくれました。看護師の資格を持っている潜在看護師であるにも関わらず、何でまたこんな業界に流れてきたのか不思議でしたが、ある日の送迎中、気が向いたのか身の上話をしてくれたことがあります。
「私は看護学校から就職した病院を辞めたんで、授業料を返還しなきゃならないんですよ」
「へ~、そんなシステムなんや?それが分かっててまた何で辞めたのさ?」
「要は人間関係ですね。私、働いてた病院の医者に口説かれてたんですけど、その医者の愛人の看護師がね、たまたま同じ病棟の先輩だったんです。それでやきもち焼いた向こうがある時スパークして、ついつい私もやり返してしまいまして・・・」
「そうか・・・。でも他の病院行こうって思わんかったんか?何でまたいきなり風俗なんかに?」
「いや、いずれは戻りますよ。辞めといて言うのもなんですけど、私、看護師好きなんで。ただ、今はこの仕事で短期間でお金稼ぐって決めたんです。授業料返金した上で、何百万円か貯金できたらスッパリ辞めます」
後年、結奈は見事にこのプランを現実のものとしました。
元来がハングリー精神旺盛で肝が据わっている彼女はちょっと言い方は妙ですが、
【真面目な風俗嬢】
となったわけです。
それぞれが、それぞれの理由で、衣服を脱ぐ5人の女性達。
そんな彼女らに支えられ、美人十音はひっそりと、でも粘り強く、まるでアスファルトの隙間から生えるキリン草のように、街の片隅に根付くことになります。
もちろん、時には強風や豪雨に晒されながら・・・ですが。
それでは次章では、【実際に起きた店での事件・エトセトラ】を書いてみます。
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