第3話 碧色の花

オープン前に整えないといけないものの最たる物は、HP(ホームページ)です。ところがアナログな僕には、これが1番の難問でした。

坪井氏に頼んでみてもいいけど、彼自身も負けず劣らずの『THE 昭和』。


「あんなイラつくもんは外部委託してるわい。銭で解決したらええんや」


・・・などと鋭い目付きで言い放っていたので、この件に関しては師匠は役立たずのポンコツです。

予算的にも希望的にも、できることなら自分のイメージ通りのHPを、オーナー自らが作るのがベストなのですが・・・。


(誰か、作り方教えてくれる人はおらんやろか・・・)


それは「アナログオーナー」がネカフェにこもって在阪の風俗店のHPを片っ端からチェックしていたある夜のことでした。

無料の風俗系のリンク集をチェックしていた際、ひときわ手作り感の強い、自分の趣味に「ビンビンに」訴えてくる可愛いのを発見!

ただ・・・ちょっと嬢達が皆さん太めのような・・・??


【ぽっちゃりさん専門デリヘル】


いわゆるフェチ店というやつですね。

なんとも幅の広い業界です。

他にもSM系店、熟女店、ギャル系店、妊婦・母乳系店、ジラシ系店など、まさに百花繚乱、変幻自在。


(まだ「ポチャ系店」なんて普通な部類やな・・・)


極力丁寧にメールを書き、僕はその店のメアドに以下を発信したのです。


デリヘル「PO-CHA」オーナー様へ

拝啓、僕は近く、市内にて待ち合わせ方式の人妻ホテヘルを開業する予定の者です。開業に先立ちまして、自作にてHPを立ち上げたいと考えておるのですが、貴店のHPのあまりの可愛さに、是非、作り方を教えていただきたいと考えました(当方、物凄くアナログです)ご多忙のこととは思いますが、お暇な時間で結構です。きちんとご教授料はお支払いしますので、そちらの事務所に寄させていただくか、こちらの事務所に来ていただくわけには参りませんか?(あ、ファミレス等ででも全然OKです)ご指定していただければどこへでも、どの日時で伺わせていただきます。何卒、宜しくお願い致します。

TEL 〇〇〇-〇〇〇 旅寅


正直、こんな奇妙なメールがいきなり来たら、普通の大人は完全スルーでしょう。ただ僕がこれを受け取る立場の人間だったとしたら・・・恐らくは、この熱意に応えたと思うのです。


(つまり、この店のオーナーがこれを読んで応えてくれるような青くさい、人間的な男やったら、今後も良い関係を築ける【同志】になれる可能性が高いっちゅうこっちゃ)


確かに坪井氏は強力な「師匠」です。

ただ彼の店は、風俗店密集地帯にある「王道を往く」デリヘル。

僕がこれからやろうとしているメインストリームから外れた人妻店にとっては、師の店は参考にしにくい存在だとも言えるのです。

それに対して、この店の所在地ときたら、大阪でも結構な郊外。

しかもフェチ店とくれば、恐らくは「美人十音」にとって、これほど参考になるお店もそうはないでしょう。


翌晩、早速、携帯に見慣れない市外局番から着信が入りました。

(おっ、この市外局番は確か・・・)

電話を受けた僕は、あまりの想像外に絶句することとなったのです。


「もしもし、「PO-CHA」のオーナーのあおいです」

「・・・へっ?じょ・・・女性っすか!?」

「あはは!そうなんです、メール来てたので電話してみました」

「いやっ・・・わざわざ恐縮ですっ!あの・・・そういうわけでして・・・お願いしてもよろしいでしょうか?」

「うんうん、詳しいことはご飯でも食べながらどうですか?今、どこ?」

「今は中環の・・・羽曳野のロータリー近くの・・・」

「ハイハイ、よく送迎で行くよその辺。じゃあそのロータリーを堺側へ抜けたとこにあるファミレスで今夜10時に会いましょう♪」


・・・爽やかだ。

風俗のオーナーって、女性もおるんか?

僕は坪井氏に電話をかけて、その店についてちょっと尋ねてみました。


「なぁツーちん、北部の「PO-CHA」ってお店、知ってる?」

「ああ、俺がまだ店始める前からあるな。結構有名やで。女のオーナーがやってるポチャ店や。元々彼氏と共同で店してたらしいけど、彼氏が店の女と浮気して飛んだらしい」

「え~っ?何でそんな細かいことまで知ってるん?まさか・・・やったん?」

「アホか!・・・いや、前にな、そこに短期間ドライバーとしておったって奴が面接に来て、ちょっと話聞いたことあるんや。何でも元嬢やってたオーナーらしくて、怒ったら怖いらしいで?・・・ってかそれがどないしたんや?」

「いや、今晩会うんや。HPのこと教えてもらうことになってな・・・」

「はぁ?相変わらず手のお早いことで。あ、そうそう、付け加えるなら・・・太めやけど結構な美人らしいぞ・・・?」


・・・それは事実でした。

ポチャ系デリヘル「PO-CHA」オーナーの碧さんは、35歳。

露出度高めの服装で颯爽と現れた彼女は、学年的には僕と同期の、目鼻立ちハッキリクッキリな【色気ムンムン系】でした。

ポチャ店の嬢出身の割には、思ったほどは太ってないぞ?

ムッチリしてて、甘い香りがして・・・何その爆乳は??


・・・そんなヨコシマな思いはすぐに捨て、ファミレスでここまでの経緯を必死に話す僕を、どうやら先輩、気に入ってくれたようです。

話は、起業をネタに大いに盛り上がりました。


「よくそんな短期間で整えたよね?で、開店予定はいつなの?」

「もう来週やねん」

「ええっ?さすがにそれはキツイね~?もっと早くから準備しとかないと。ネットって結構生命線だよ?」

「やんなぁ・・・?」

「とりあえずHPをあげるまでの手順を全部教えてあげるから。ね?この辺、ネカフェとかある?」

「ああ、ありまっせ~、すぐ近所に」

「2人で広めの部屋に入って、一夜漬けで勉強会しましょ♪」


(これは・・・むっふっふっふ・・・)


・・・いやいや、そんなことをしている場合ではない!

彼女は至って真面目に、かなりビシビシと作り方を教えてくれました。

ただあんまりそればっかだと息が詰まるので閑話休題、ちょっと一息のコーヒーブレイク中、話を逸らしてみます。


「ねぇ、碧さん、碧さんの店って彼氏と一緒にやってたんやろ?」

「げっ!?何でそんなこと知ってるわけっ!?」

「いや、さっき話した俺の師匠がね、昔、面接した人から聞いたんやて」

「へぇ~、この業界ってほんとに狭いからねぇ・・・油断も隙もないよね?旅寅君も店始めたら分かるけど、デリヘルやホテヘルの業界って本当に人材、持ち回りだから。嬢もドライバーもフロントも「店々虫」が多い」

「「店をコロコロ変わる虫」か?」

「そうそう、鋭いじゃん。ちなみに彼氏は嬢に手ぇ出したからその嬢と一緒にまとめて追い出した。元々私1人が始めた店を、ドライバーだった彼に私が惚れて、共同経営にしちゃったのよ」

「へぇ~・・・ところで碧さん、どこの人?大阪とちゃうでしょ?」

「石川。大阪来て風俗嬢になったの。現役時代は90kgあったんだよ?結構痩せたでしょ?」

「でも「乳」は痩せずに良かったよね?」

「あっはっは!何?触りたいならどーぞ?Iカップだよ?旅寅君、結構、性格が私のタイプよ?」

「外見が・・・じゃないとこがミソやな」

「ふっふ♪じゃ、続き始めましょうか?」


サッパリしてるというか、カラッとしてるというか・・・

(いい女だな)と素直に思いました。

当時、彼女がいたので口説きはしませんでしたが、いなかったら、ダメ元で口説いたかもしれません。


その後、頻繁に会うことこそなかったけれど、僕と碧さんはチョクチョク連絡を取り合い、オーナー同士、情報交換をしたり、愚痴を言い合ったりしました。

守秘義務があるので実名は出せないですが・・・彼女から仕入れた面白い情報は沢山あります。


・東京からわざわざ「PO-CHA」の某コンパニオンに会いに来て8時間も彼女を愛でた、よくTVに出ている某有名評論家の話、とか。

(ちなみに彼の妻は細身)

・「PO-CHA」在籍時にスカウトされ、ダイエットの後にAVデビューして有名になった嬢の話、とか・・・。


ただ、そんなお気楽な会話は長くは続きませんでした。


「PO-CHA」の経営状態は以前に比べればかなり落ちてきているらしく、碧さんは他業種への転向を模索していると、度々口にするようになりました。


そして、「美人十音」が開店して、半年ほどが経過した、ある夜。


たまたま何かの用事で電話をしたら、彼女の携帯の電源は切れていたのです。


(へぇ~?電池切れなんて珍しいな?)


普段、A型の碧さんは、折り電や返信メールを即座にくれるのが常でしたが、なぜかその時に限っては、数日経ってもリアクションがありませんでした。

そして、ちょっと嫌な予感を覚え始めた頃・・・。


その着信はあったのです。


「ガンなの・・・。それも結構、進行してるみたい・・・」

「えっ・・・!?」


・・・聞けば、強烈な腹痛を数日耐えた後、我慢しきれずに病院に行けば、そんな残酷な診断が待っていたんだそうです。


「手術は2週間後でね、とりあえずもうじき入院するから、電話入れとこうと思って。お店はどーお?調子いい?」

「いや・・・俺の店のことなんかどうでもええがな?体、痛いとかないの?」

「うん、今は平気。あ、そうそう、今日さ、私、1日パチンコ打ってたのね?」

「・・・・はぁ?」


あまりの普通さに驚いてしまいます。


「入院したらもう行けないじゃん?だからこれが最後の「海」、最後の「魚群」かもしれないって思ってさ、1日中、思い残すことがないように堪能してきたわけよ。魚群も見れて、それも当たったし、行って良かったよ♪」

「・・・碧さん・・・怖くないの?よぉ今パチンコなんて堪能できるなぁ?俺やったらきっと・・・1日寝てるだけやわ」


次に聞いたのが彼女の言葉は、僕の心に強烈に貼り付きました。


「え?どうせなるようにしかならないんだよ?落ち込んだって泣いたって寿命なんて決まってるんだから、ジタバタせずにパチンコ打つくらいがいいのよ!また退院したら連絡入れるねん♪」


その後、しばらく経って何度か電話をかけたものの、電源はずっとオフでした。

そしてある日、お店のHPは忽然と消え、携帯も不通となってしまい・・・。


碧の色鮮やかなその花が、以降、どうなったのか、僕は知りません。


風に属していたその造花は、いつしか自分の力で咲く本当の花になりました。


そして、今。


その花は散ってしまったのか、それとも新しい場所で咲いているのか、それは定かではないけれど、ただ、あの鮮やかな碧色と潔さが、僕の中から消えることはありません


いや、多分、きっと今もどこかで、凛と咲いてるはずです。


僕のもう1人の師匠、照れくさくて面と向かって言ったことはないけど・・・。


あんた、とびきり極上の、最高にいい女だったぜ。

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