寺カワと世界同時永代供養

「……と、言うわけで、これから、この赤い着物に着替えてくれ」


「え? え? 着物って、これ? 赤いやつ? え! 着物って一人で着れるもんじゃないでしょ? お葬式に赤?」


「そうか、じゃあ、春日さん、理沙に着物を着せて下さい」


「えええ! 春日さん? 鯨間さんの……? えぇ! えぇ? なんで勝厳寺にいるの?」


「さ、理沙さん、こちらへ……」


 春日さんに言われるままに裏へ連れてこられた。一体何が起こってるのかよく分からない。英章先生にお寺の仕事を手伝ってって言われて、着いたとたんにこの有り様だ。


「あの……春日さん? 今の状況を……」


 と、聞こうとしたところで、急に部屋の襖が開いた。


「理沙、それが終わったら、カメラのセッティングを……」


「わああああ、ばか! 覗くなエロ鍋島! って言うか、なんであんたがここにいるのよ!」


「たがら、俺は……」


「だがら、覗くなってぇ!」


「理沙さん、動かないで」


 そんなこと言われたって、着替えているところを覗かれたら、当然の反応じゃない? 乙女なんだから、私は。


 鍋島君はピシャリと襖を閉じた。私のあられもない姿を見ておきながら、顔色ひとつ変えないとは、相変わらず可愛いげがない。


「春日さん? あの……何でここにいるんですか?」


「ああ、あの、私、就職しまして、株式会社かぶしきがいしゃ日和花道ひよりはなみちに……」


 日和花道? 何の会社だろう?


「英章社長に雇って頂いて、今日からなんです」


「へぇ……英章社長? 英章先生のこと?」


「御存じないんですか? 英章社長は、言い出しっぺは理沙さんだと仰ってましたけど……」


「はああ?」


「よし、できました! 可愛らしい! お似合いですよ」


「あ、あの、ありがとうございます……」


「さ、早くカメラのセッティングの方へ」


 言われるがままカメラの前へ連れてこられた。ここで一体、何をしろと言うのだろうか……とりあえず、電源を入れてみた。モニターに本堂の様子が写し出される。


 何を撮影するか分からない、あと、録画をするにはどうしたらいいのかも……。


 適当にボタンを触ったけど、これでいいか自信がない……周りを伺うと鍋島君を見つけたので呼び掛けたが無視された。


 私は途方に暮れて、カメラの前に座り込んだ。大きなレンズに困り果てた自分の顔が映っている。


「なんだろうなぁ、動いてるのかなぁ、どうしたらいいの?」


 泣きそうだ、私は機械には好かれていないのだ。早く誰か通りかからないものか……。


「はやくーはやくー、だれかー」


 小声で急遽作曲したメロディーにのせて口ずさむ……五回ほどリフレインして、アレンジをきかせ始めた頃に、やっと鍋島君がやって来た。


「あ! 来た!」


「お前、何やってんだ?」


「何ってカメラの設定を……」


「もう、生配信始まってるぞ」


「は?」


 鍋島くんは溜め息を吐いて、スマートフォンの画面を目の前に差し出した。


「な、ちゃんと映ってるだろ?」


「え? えええーーーーー!」


 叫んだ私の声が数秒のタイムラグを経て、スマートフォンから聞こえてきた。



 半分は神が用意し、半分は人が作る。


 いつの間にかカメラが作動していた事も、理沙が知らないうちに生配信されていた事も、リスナーが放送事故だと騒ぎ立てて、世界同時永代供養の生配信が時間ランキング一位になった事も、『寺のかわいい女の子』を略してテラカワwwwというコメントが画面を埋め尽くした事も……。


 もちろん、全て、僕が用意した――筈がない。理沙が間抜けなだけだ。


 

「いやぁ、理沙! お手柄だ! 理沙のおかげで『世界同時永代供養』のアピールは大成功だ! まあ、まだ、世界同時といいつつ、うちの檀家さんひとりのご供養だけどね」


「……」


「君を株式会社日和花道の広報部長に任命しよう……バイトだけど」


「なんなの? 日和花道って」


 私の声は英章先生に届くかどうかという呟きにしかならなかった。一体、どうしてこんなハメに……。


「理沙が鍋島に相談しろっていうからさ、今朝、会社を登記してきたんだ」


「なんで春日さんがいるの?」


「それは、まあ、おいおいな……とにかく今日は祝杯だ! 理沙の武勲に乾杯!」


 その日の宴は夜遅くまで続いた。もちろん、私達はジュースだけどね。その後、永代供養の申し込みが殺到して、二週間の内に三回の世界同時永代供養が行われたの。三回目には、本当に世界各地から参加する人がいて驚いた。海外に永住しても、お墓は日本に欲しい人っていっぱいいるんだね。永代供養だけでなく、檀家さんも世界中に増えたって。


 英章先生は何とか借金の目処が立ちそうだと喜んでいた。何か、鍋島君と揉めてたけれど、私は良くわからない。なんでも、『利益の十パーセントと売上げの十パーセントは違うだろ』って話をしてたけど。


 でも、つぶれかけた寺を再建した次男坊とその会社の評判は佐賀ではうなぎのぼりで、英章先生は大学で講演したり、なんだか凄い盛り上がりぶりっだった。


 私は……と言うと、相当に落ち込んだ。いつの間にか配信されていたネット動画は、瞬く間にいろんなサイトにコピペされて、沢山の人から冷やかされて大変だった。


 私が口ずさんでいた、『早く誰か来て』という即興ソングがアレンジされて増殖を始めたり、『三時間耐久なんだろな』ってタイトルで、ただ私が「なんだろな~」って三時間も繰り返す動画がランキング上位に君臨したり……なんだか、が広がって行くようで不気味だった。


 ともかく、もうすぐ夏休み。心機一転、暗号解読と、もちろん、お父さんを総理大臣にしなくちゃね。


――聞いてる? 神様。


「ねえ! 聞いてますか? 神様! カレー食べるのに夢中で聞いていないでしょう?」


「ああ、うまいなここのカレー。ドライブインなんちゃらって言ったっけ?」


「やっぱり聞いていない! でも、こんなところで何してるんですか? たまたま前を通りかかったら神様がカレー食べてるからびっくりしたよ」


「そりゃ、理沙ちゃんに会いに来たんだよ。そうだよ、いつにするの? 願い事叶えるの……あれから全然祠に来ないからさ」


「え……秋ぐらい?」


 適当に答えてしまった。考えてなかったから……それにしても、こんなに人がごったがえした中で神様と話す事になるなんて思わなかった。他にも普通にうろうろしてるのかな? 神様って。


 と、周りを見回してみると、なんと、英章先生が店に入ってきた。やばい……神様の事、何と話したら……。


「おい、理沙、探したぞ、急に来客があって……電話も出ないし……」


「英章先生! びっくりした、こんなところでどうしたの? あ、あの、こちら神様です」


「何を言ってんだ? 女の子がよく一人で大盛りカレー食えたな? びっくりするのはこっちだよ」 


「あれ? 神様のこと見えてないの?」


「ああ、僕は、今、理沙ちゃんにしか見えないよ」


「なんてこと!? じゃあ、私はこの店で、大声で独り言を言いながら、大盛りカレーを食らってたってことになるの?」


「理沙……他にどう見えるって言うんだ? とにかく、早く来い、東京からお客さんだ、お前をアイドルデビューさせたいんだとよ」


「は?」



 半分は神がカレーを食べて、半分は……やっぱり僕が食べた。


 理沙の歯車も動き出したようだ。もちろん、僕は何もしていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る