真っ白な海図
「そろそろ、具体的な話に入ろうか。勝厳寺が行うサービスを一覧にしよう」そう言うと、鍋島はノートに計画を書き出した。
「なんだか、いっぱいあるなぁ。こんなにやりきれるのかい?」
「いっぱいあるように見えるが、やる事は、見た目のそれほど多くは無い。もちろん、人手が必要だから、雇用したり、設備を借りたりする必要はあるがな」
鍋島が本気である事が、だんだんと分ってきた。これは、本格的な事業計画書だという事が、素人の僕でもわかる。
「人を雇ったりするお金は無いよ。三百万円でできる仕事じゃないと思うけどなぁ。それに、ネットワーク化って――ITって言うの? 凄くお金がかかるんだろ?」
「お金の流れは既に計算済だ。お布施をポイント化する事でまかなえる。それに、ネットワークの構築はすでに終わっている。基本システムは俺が作った。あとは、運営、保守のランニングコストさえ捻出すれば問題ない」
「すでに作ったって、そんなに簡単なものじゃないだろ? そんなもの、いつの間に作ったのさ」
ソフトウェアの世界は全くわからない。例え、教え子であっても、この分野でお株を奪う事は間違いなく出来ない。しかし、それが、返って鍋島の話をスムースに聞く材料になった。
「五年ぐらい、ちまちまやりながら作ったシステムだ。簡単ではなかったさ。五年前の俺には、悩みがあってね、それを解決していくうちに出来上がってしまったシステムだと言っても良い」
「鍋島にも悩みがあるんだねぇ。悩み事を解決していくうちに出来上がるシステムってどう言う事なのか、さっぱり分らないけど」
「実は、思春期の俺には漠然とした不安があった。『俺はどこから来て、どこへ行くんだ』と言うね。自分のルーツを抹消したかった俺は、消してしまったらしたで、今度は宙に浮いてしまった」
まるで、僕の思春期と同じ事を考えているんだな、と、コンピューターの様な鍋島に親近感を覚えた。
「でも、それを模索しているうちに、神道と出会った。日本人のルーツは、神話につながると言う事を知って、どこから来たと言う悩みが解消された。何とも接点がなく、宙ぶらりんになっていた俺の人生は、それまで、ふわふわ漂うばかりだったんだ。まるで、幽霊船の様に、広い海を漂っている様な気持で毎日を過ごしていたんだ」
「そうなんだ……悩みがあれば、何でも相談にのるぞ!」
「……ああ、まだ、若い頃の話だ」
(お前、いくつだよ!) 突っ込みたいのを我慢した。
「でも、神話と言う港に、
真っ白な海図か……意外と詩人なんだな。みんなに言ったら笑うだろうな、内緒にしておいてあげよう。
「もし、自分の目的地がハワイの様に太平洋の真ん中に浮かぶ、絶海の孤島だったのなら、まずたどり着くはずはない。でも、分ったのさ。俺の真っ白な海図は、日本地図に繋がったんだよ。言っている事がわかるかい?」
鍋島の人間的な部分を始めてみたような気がした。これまで
「それで、出来上がったシステムってどんなものだい?」
「簡単に言ってしまえば、日本人全員の家系図作成ツールさ。自分のルーツをたどっていくと、誰かのルーツと必ず重なる。血筋だけでなく、ある集団に属していたり、ある仕事を行っていたり、人間は、何かしら、誰かとの関わりを持って暮らしている」
なんだか、急に普通の話だ。誰にでもご先祖様がいるのは当然だし、人と関わらなければ生きていけない。
「今は、仮の人工知能データを数万人分入れてあって、シミュレーションしているが、あらかた目処が付いて来た。『人間は、否応なく、人とつながる事になり、また、人とつながる事を欲している』と言う事が分った。問題は、その場をどう言う形で提供してあげるかだ」
「人工知能? シミュレーション? なんだ?」また、急に分からない。
「このシミュレーションを実践してみたくなったのさ。だから、大野英章にこの話を持ちかけたんだ。お寺には、戸籍よりも古い家系図が残っているだろう? 後は、生のデータを打ち込みさえすれば良いんだ。その為には人手が必要。そして、お金が必要だが、どちらも足りない。じゃあ、作業者には自前で稼いでもらおうと思ったんだ。彼らには、墓守コンシェルジュと言う名前を付けた」
急に話がわからなくなったが、ご先祖様探しはおもしろい。
「それは僕もやってみたいよ。でも、儲かる様には思えないけどね……。あと、墓守コンシェルジュって言うのは、良くわからないな」
「墓守コンシェルジュは、このシステムの中で最も重要な存在だ。彼らには、墓参りの代行をしてもらう。忙しくて、墓参りに行けない顧客の代わりに、墓の掃除や、花やお供えなどをやってもらう。希望者にはインターネットで生配信して、一緒に墓参りをしてもらう、と同時に、各地のご先祖様データを収集してもらう」
「でも、その人たちを雇用するお金は無いよ」
「その通り、だから、彼らは常用で雇用できない。その代わり、副業として魅力的な仕事にしたいと思っている。仕事がある時に、やった分だけ収入が入る。彼らに支払う給与は、中間マージンを取らない。墓参りを依頼した人が支払った分を全てコンシェルジュに支払う」
「それは素晴らしい事だけど、お代を頂かないとやっていけないよ」
「公益性の高い仕事内容だからな。利益追求は返って反感を招く」
「そんな理由なのかい? しかし、言っている事はもっともだし、僕もやりたいと思う気持ちが増すよ。コンシェルジュさんには良質な仕事を沢山やってもらいたいね。やっぱり、できるだけ、高額の給与を払わないと」
「ただし、顧客には会員費を払ってもらう。年間三千円程度ならば、払ってくれるだろう。言いかえれば、年間三千円で、お墓参り代行のマッチングを行う仕事とも言えるな」
「なるほどね、だったら納得だ。あと、どうせなら、コンシェルジュさんにはもっと沢山仕事をしてもらおうよ」
だんだん楽しくなってきた。
鍋島は、変わり者の天才児だと思っていた――確かに、話す内容は突拍子もないが、それは、僕の固定観念が邪魔をしているからなんだ。目の前にいるのは、ごく普通の男の子……それから、ビジネスのパートナーになる、大切な存在だ。
◇
二人とも、自分が変わり始めた事に、まだ気が付いてはいない。人間は、否応なく、人とつながる事になり、また、人とつながる事を欲しているのだ。
半分は神が用意し、半分は人が作る。
◇
「で、鍋島君……僕にはどうやってお給料を払ってくれるんだい?」
「会社を立ち上げよう。そして、まず初めに行うのは『世界同時永代供養』だ」
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