仏事のクラウドサーバー
鯨間さんの葬儀は無事に終わり、境内も、いつものようにひっそりと静まり返っている。じーじーと地虫が泣いている。多分、この声はケラだろう。土の中にいるから姿は見えない。探しに行っても、決して見つからない。
今回の葬儀は考えることが多かった。
沢山の参列者はあったものの、天涯孤独の身である鯨間さんの為に、火葬まで立ち会う人は誰もいなかったので、住職と副住職と僕とでお骨を拾った。
人里離れた火葬場に、立ち会うものがいない光景は、さぞかし物悲しく見えるだろうが、実は、最近はよくある事なのだ。日本全体に、物悲しい光景が広がっているのだろう。
鯨間さんのご遺体に出会って、僕は意識が少し変わった。葬儀の事を作業ととらえていたのかもしれないと言う反省点が残った。
鯨間さんは何を思って生きて、何を思って死んでいったのだろうか――僕にとって、大切な機転となる出来事だったと思う。
何が大切なのかは、探しても見つからない。しかし、何かしなければならない。このお寺の為だけではなく、全ての、いずれ死を迎える人たちの為に、この手で何かをしなければならない、そう思った。
独りで考えていても埒が明かない。今日は鍋島がやってくる。そして、相変わらず、無表情で話し始めるのだ。彼の来訪は、一体、僕に何をもたらすのだろうか。
「さて……寺の問題点だが。人々の暮らし方が変わった事により、お墓に対するニーズが変化した。お寺は、この急速なニーズに追いつけずに、どんどん、不便に……それどころか、足かせの様に思われ始めている」
「足かせとはひどい。お寺だって、日々努力しているんだぞ」
「居酒屋や、ハンバーガー屋を見ろ。相当苦労しているのは分かるだろう? 寺が彼らほどニーズを追及していると言えるか? 足かせの様に感じている人々がいる事を否定はできないはずだ」
「まあ……そう言う人もいるだろう」
「需要と供給との間に、ここまで差が開いてしまったら、いっその事、一度壊して、もう一度組み立てた方が早い」
「どう組み立ているんだ」
「注意してくれ、仏教の教義にかかわる部分もあるかもわからない」
鍋島はなんだか落ち着いて見える。葬儀に参列して、ちょっと神妙になったのかもしれない。
「ちゃんと聞くさ、やるかやらないかは、僕が選択するんだからね。それに、これは、アイディア会議みたいなものだ。否定語を使うと、良いアイディアは生まれた瞬間に消されてしまうからね」
「なるほど……では、否定語を使わないと言うルールでやろう。人々の暮らし方にどう言う変化があったのかから考えよう」
そう言うと鍋島はノートに図を描きながら説明を始めた。
「変化が目覚ましいのは、行動範囲だ。インフラの整備で、人の行動範囲は急速に拡大し、極端な話、村の中で一生を終える人はいなくなり、今では海外に永住する人も増えた。しかし、お墓はそう簡単に引っ越せない」
「そうだね。引っ越しはできるけど、簡単ではないね。でも、それでは、過疎化の進む市町村は人口とともに檀家を減らして、代わりに都心部に集中させる事になるだろ?」
「そう、引越しを推奨するだけでは、きっと何も解決しない。ただ、引っ越し先でも困らないサービスをお寺が始めれば良いんだ」
「インターネットお墓参りと言うやつか……そんなのやっている寺もあるよ。僕はあまり感心しないけどね」
「おっと、否定はしない約束だぞ。そもそも、日本には八百万の神がいて、宇宙のどこにでも神が存在すると言う、土着の宗教がある――俺はケルトの妖精信仰に近いと思っているんだが、仏教はうまい事、神道と同居しているよな」
雲銀住職も似たような事を言っていた、『キリスト様もアラー様も日本ではお友達』とか……。
「トイレに神様がいるのなら、インターネットに神様がいても良いだろう? インターネットで広がっているのは、ネットワークによる通信だけではない。精神世界も広がっていると考える事は出来ないか?」
若者は皆、こんな事を考えるのだろうか。
インターネットは僕だって使う。しかし、僕の世代から見ると、やはり、新しく始まったサービスと言う感覚で、今までの自分の価値観の中に、新しく加わったツールと言う認識の方が強い。
物心が付いた時には世界中に広まっていたインターネットを、僕らより、もっと自然な形で体の一部に取り入れているんだ。
彼らは、現実世界と仮想世界を同時に価値観の中に取り込んだ、リアルとネットを分ける必要性はどこにもない。特に精神世界においては――
新しく作る檀家制度は、これからの世代である、彼らの為にも必要になるはずだ。
「人と人との交わりに、宗教が生まれる。インターネット上の仮想空間も、人と人が交わる以上、そこに、宗教が携わる事に、何ら不思議はないね」
「そろそろ認めて良いんじゃないのか? インターネットと言う存在を」
「そうだな……その通りだ。日本人は、物に心が宿ると思っている。僕は、物に心が宿るのではなく、心が物に心を生むんだと思う」
僕もボクなりにいろいろ考えているんだよ。悩んでは挫けたり、解決したり……それで得た物も、少ないけどあるんだ。
「ぬいぐるみをお友達だと思っている女の子は、ぬいぐるみに心が宿っていると信じている。その心はどこから来たのか――それは、女の子の心が生んだんだよ。人が愛着をもった瞬間に、物に心が生まれる……。テレビみたいな電子機械も、何十年もリビングに居続ける事で、家族の一人になった。インターネットも、そろそろ、家族と認めてあげても良いのかもしれないね」
鍋島は、拍子抜けしたような顔をしている。もっと、僕の説得に時間がかかると思っていたのかも知れない。
彼は、きっとこれ迄に沢山の人に否定され、異端児扱いされてきただろう。だが、僕は彼を認めた。
極めて論理的な彼の中にでさえ、固定観念は生まれるのだ。自分を分かってくれる人は誰もいないという固定観念を。
「檀家は移動する、お墓も簡単に引っ越せるようにする。そして、インターネットで仏事、神事に立ち会える、あと、今の骨壷は取り扱いが大変だ。移動するにも、保存するにも……だから、カード型にする。RFIDを仕込んだ、カードに遺骨を埋封する」
「遺骨をカード型に? 否定はしない約束だけど、それはあんまり……で、RFIDってなんだ?」
「狭い場所にでも、沢山の遺骨を置ける。ピッと探して、すぐに取り出せる。ゆうパックで遺骨と書いて送れば、数百円で日本中に移送できる」
「宅急便で遺骨が送れるんだ?」
「知らないのか? ニーズがあるから、できるようになったんだろうよ」
「うーん、それはどうなんだろうなぁ……でも、過疎化の話が解決できないぞ。みんな都会へ行ってしまって、勝厳寺の檀家はいなくなってしまう」
「それが、実はそうならない。お墓の移動が自由になったとき、どこへ移動するかといえば、自分の近くへと考えがちだが、簡単に移動できるなら、どこにあっても良いと人は考えるはずだ。わかるか?」
「わからない」
「足の弱い年寄りは、近くにあっても墓を見ることができない。近くにあっても便利とは限らないのさ。遠くてもそこに墓を置きたい理由が勝厳寺にあればいい。ニーズを満たせば、世界中から檀家が集まってくる」
「まだ、ピンと来ないな。もう少し具体的な話をしてよ」
「勝厳寺が神事、神事仏事のクラウドサーバーになるようなもんさ」
「ぜんっぜん具体的じゃない」
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