おろかものと無限大
「お父さん、鯨間さんのお葬式行ってきたよ」
「そうか、行くって言ったのに行けなくてごめんな」
父は、普段通りに午後十一時過ぎごろに返ってきた。
私は、いつものように夕食の準備をして待っていた。いつもと違うのは、悶々とした暗い気分で父を出迎えた事だ。
「あのさ……お母さんって頭の良い人だったんだね」
「は? どうかしたのかい?」
「お母さんから、贈り物をもらって、そこに暗合が書いてあったって話をしたよね。あの……お母さんは、高校生になった私を、もっと頭の良い子だと期待していたんじゃないかな……と思うの……」
「何故だい?」
「書棚で見つけた、お母さんの本を読んだの。でも、すごく難しくて……私はお母さんの子供なのかしらってぐらいに、本当に私は頭が悪いの」
母と別れて七年が経ち、辛い時を乗り越えて、この世にはいない母と、良い距離間で付き合えるようになったと思っていた。
ここ最近、今まで知らなかった母の断片をいくつか見付けて、とても近付けたと感じていた。
だけれども……。
近付いたと思えば、急に遠ざかる……。
まるで、意地の悪い男への片思いを、相手に
「ははは、お父さんに似たから、頭が悪いって事? ひどいな……ちょっと見せてみなよ、その本」
私は、渋々食卓から立ち上がると、書棚の本を取りに行った。
本当は父には見せたくない。私がどれだけバカかわかってしまうから……でも、お母さんの思い出は、私だけのものではない。
本を父に手渡すと、向かいの席に座りなおして頬杖をついた。父は手渡された本の表紙をしばらく眺めた後、四枚のカードが指し示すページを一通り見終わって、にやりと笑った――様にも見えた。
「同じように四枚のカードがあるのよ」
「なるほど……ひとつ、思い出話をしてあげようか」
父が母の話をするのは珍しい事だ。お互いに躊躇していた。初めは母の話をするのは辛かったから話さなかった。単に、きっかけがなかっただけなのかもしれない。
「なに? お母さんの話?」
「そう、お母さんのお友達に占い師をしている人がいてね、その人から、とても良い話を聞いたと喜んでいたんだ」
「なに?」
「お母さんの口癖は『私って馬鹿だから』だった。父さんが、そんな事無いと言っても、聞かなかったんだけどね、占いをしてもらってから言わなくなった」
「お母さんが、自分の事をバカだからって言っていたの?」
「その通り……で、占い師さんから言われた事なんだけど……」
「なに!? ――って何でニヤけてんの?」
「いや、何から何までそっくりで――いや、いいよ……お母さんが、タロット占いで引いたカードは『
「愚か者のカードを引くって、お母さんは愚か者なんだって、神様が言っている――って事じゃないの? 私なら、落ち込むだろうけどな」
「そうだね、お父さんもそう思うよ、でもね、お母さんは、喜んで帰ってきた。それから、自分の事を馬鹿だと言わなくなった。いや、馬鹿だとは言っていた、『馬鹿だからダメなんだ』から、『馬鹿だから出来るんだ』に変わったんだ」
「バカだから、出来る……」
「そう……詳しい事はお父さんには分らない。でも、お母さんがタロットカードから力をもらった事は間違いない。もしかしたら、タロットカードが暗合にも関係しているかもしれないぞ」
「暗合に関係しているって……なぜ?」
「いや……分らないけどね、そうかもしれないと思っただけで……だから情報をまとめてみたら? エクセルとか使って……」
◇
私は『8』と書かれた暗号について、食器を洗いながら考え直していた。カードが暗号に関係していると言い残して、お風呂に入ってしまった父の言葉が気になる。
(お父さんは暗号の意味に気が付いたんじゃないかしら……だって、この本と暗号が関係があるだなんて、私は全然思わなかった。たまたま見つけた暗号と、たまたま見つけた本とが関係があるなんて、思わないもの……)
母が占い師から聞いた事って何だろう、バカだから出来ないんじゃなくて、バカだから出来るってなんだろう
洗い物を終え、部屋に戻るとカードの解説をネットで調べた。調べるのは四枚だけでいいのだから、早くやれば良かったのだけれど、タロットって、別世界のお話だという気がしていたので、なかなか手につかなかった。
でも、母が影響を強く受けたという話を聞いて、身近に感じられると、急に知りたくてたまらなくなった。ネットには、様々な解説のページがあったが、少し、気にかかった言葉があった。
『カードの本来の意味も大切ですが、あなたがどんな印象を持ったのかも大切な事です』
「そうかぁ、お母さんも、愚か者が愚か者に見えなかったのが素晴らしいと言われたんだよね」
私は、カードの説明を見ながら、自分が持った印象を簡単な単語して書き出してみた。
一七七ページ 一番 魔術師 ザ・マジシャン――読書のススメ
印象:不思議、チャンス
一八二ページ 八番 力 ストレングス ――ペダルの右と左
印象:実行力、勇気
一九六ページ 二一番 世界 ザ・ワールド ――ゴールはどこに
印象:完成、円満、ハッピーエンド
二一六ページ コインの二番 ――お金とは
印象:技、自由自在なコミュニケーション
「タロットおもしろいな、全部調べたくなってきた。一枚のカードの中にも、沢山の絵や秘密が盛りだくさんで、奥が深いんだなぁ……ん? これって……」
カードを眺めているうちに、気が付いた事があった、魔術師のカードに書かれている、男性の頭の上には、天使の輪っかの様に無限大のマーク『∞』が書かれている。
この本のタイトルは『何かを成し遂げるには――可能性は無限大』だった。
「『無限大』と『∞』が重なる……気になるな……あれ? これも?」
ストレングスのカードに描かれている女性の頭にも、天使の輪っかの様に『∞』のマークがある……もしかしたら偶然ではないのかも……少しわくわくしてきた。だんだんと苦痛になりつつあった、暗号解読作業が、楽しみに変わっていく、好奇心と言う推進力が働き始めた。
本のタイトルに『無限大』の文字
魔術師のカードに無限大『∞』のマーク
力のカードに無限大『∞』のマーク
こうなってくると、他のカードにも、何かしら、無限大と関係のあるものがあるのでは無いかと思い始めた。
しかし、残りのカードに∞マークは見付からなかった。
「あれ? ただの偶然なの?」
諦めようとした瞬間に見つけた……デカ過ぎて気が付かなかった事が笑えてしまった。
二枚の大きなコインを両手に一枚ずつ持った、変な格好をしたおじさんがジャグリングをしているように見える『コインの2番』のカードには、デカデカと無限大マークが描かれていた。それは、ジャグリングの道具の一つのように書かれているので、まさかこれが無限大マークだとは、気を付けなければ気が付かない。
と、言う事は、最後のカードもよく見れば……。
しかし、最後のカード――ザ・ワールドには、どうしても、マークを見つける事は出来なかった。いたずらに時間だけが過ぎて行く。
「ザ・ワールド! 時よ止まれ! って無理だよね……ああ、こんなことなら、英章先生に暗号解読もお願いしとくんだったなぁ。今頃、何してるんだろう?」
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