お寺のビジネスモデル

 借金について、誰かに相談したい! そう思っているけれど、誰でも良い訳じゃない。そう、間違っても、鍋島からアドバイスを受ける気なんてさらさらない――だのに、いつの間にかコイツのペースになってしまった。


 塾の生徒に借金についての、アドバイスを受けるなんて、どうかしている!


「聞いてるのか? そもそも寺のビジネスモデルには致命的な欠陥がある。成長戦略がないんだ。成長を考えない企業は、現状維持すらできず、の道をたどっていく。檀家制度で得た財産を食いつぶしていくだけだ。NHKの集金を知っているか? 頭を下げて銀行振込をお願いしに行くんだ、振込みに変えてもらった分、集金するお客が減っていく……減れば減るほど、自分の仕事もなくなるんだよ」


 鍋島は、知ってか知らずか、人の心を踏みにじるような事を口にする事がある。集金人と、寺の人間を同時に敵に回した事に気が付いていない。かといって、彼らを馬鹿にしている気持ちはないのだろう。ただ、鍋島が選んでしまった、金と言うものさしをあてがって物事を見ると、おのずと、この様な口ぶりになるのだろう。


「集金の事は知らないよ! お寺にだって成長戦略は、ちゃんとあるぞ、お釈迦様の教えを説いて、世に広めていく、信仰に厚く生活していれば、人生は豊かになるんだ。そうやって、努力していけば、檀家さんも、だんだんと増えていくはずだ」


「それが、そうなっていないのは何故だ? 時代にそぐわないからだ。古くから変わらず続いているものは、存在意義があるから続いている、そうでないものは淘汰されていく運命なんだ。檀家制度に先はあるのか?」


 確かに、檀家制度は衰退の過程をたどっている。それは感じていた。終わりの時が近付いている……その時まで、手をこまねいて見ているだけでは駄目だ。


 それこそ、ご先祖さまに申し訳が立たない。だから、鍋島の言う事に対して何も言い返せなかった。時代にそぐわないのは僕も感じていた。檀家制度が始まったのは、古いとはいえ、江戸時代からの話だ。


 その前は、有力武士の庇護のもと、経営が行われていた。寺自身が所領地をもって、自立していた時もある。時代に合わせ、寺の形も変化してきた。今の制度が未来永劫続くと言う事はあり得ない。


「じゃあ、どうすれば良いんだ? 檀家制度をやめてしまえって事なのか!」


 自分の声の大きさに驚いた。これ迄、家族や友人など、自分以外の大切な人の名誉や安全が踏み躙られそうな時に感情を激しく揺さぶられる事はあった。例えば鍋島から不良グループとの悪巧みを聞いた時の様に……。


 しかし、自分に対して向けられた言葉に反応する事はなかった。それ程、借金問題は僕の心に重くのしかかっていると言う事なのだろうか。


「英章先生、今日はお葬式なんだから……その、お気持ちをしっかり……」


 葬儀の場で、僧侶の僕が、お気持ちをしっかりと、言われてしまった。しかも、高校生の女の子に……これはまずい。少し落ち着かなければ……しかし、鍋島の物言いは、無礼ではあるが、痛いところをついてくる。


 つい、感情的になってしまうのは、自分でも感じている弱点を、見透かされてしまったからかもしれない……いかんいかん。


「ビジネスの基本は、マーケットとそのニーズ――需要と供給だ。単純に止めてしまえば良いと言うものではないかもしれない……檀家制度の良いところは残しておけば良い。不都合になってしまったもの、檀家たちにとって、不便であり、負担である部分を変えるんだ、ニーズに合わせて」


「ニーズに合わせる……」


「そう、そして、最も大切なものに固執するんだ。仏教のコアとは、宗教にとって一番大切なものは何だ」


「それは……信仰心に決まっている」


「そうか、信仰心か――じゃあ、大切なのは心だろう? 心に形は無い。じゃあ、どんなに変えてしまっても良いんではないか?」


 僕は、心に光が刺した様な新鮮な驚きを持って、鍋島の顔を見直し、こう思った。


 確かにそうだ。形は心を支える為にあるもの。本来は仏像も必要ない。ただ、みんなに分かりやすく、信仰の心を伝えるための道具として、大きく、威厳のある仏像を作ったのだ。人々の心を集める為に。


「鍋島、お前の言う事はもっともだ。一体どこで宗教について学んだんだ?」


「グ……ググッた……」


「そ、そうか……」


 グーグル……便利だよね……。


「……分った。原点に戻ろう。原点に戻った上で、再出発しよう。今の時代に沿った新しい檀家制度を始めよう」


 鍋島に信仰心があるかは分からなかったが、ステレオタイプの無い、虚心坦懐な言葉だと受け取る事にした。


 とにかく、一理ある――今、目が覚めた様な気がした。鍋島にお礼を言おうとしたが、鍋島にせんを取られた。


「ならば、新しい檀家制度ビジネスを始めよう……では、契約を交わそうか、条件は――」


「契約? 契約ってなんだ?」


 よくも、まあ、こんなにすらすらと条件が出てくるものだと、半ばあきれた。鍋島の提示した条件はこうだ。


 一、計画は鍋島が立ている。

 二、決断は英章が行う。

 三、鍋島には英章の決断を拒否する権利がある。

 四、資本金は鍋島が出す。

 五、資金の管理は鍋島が行う。

 六、売上の十パーセントを鍋島に払う。


「なんだよこれ、結局、鍋島の言う事を聞けって事じゃないか」


「当り前だろう。資金は俺が出すんだ。オーナーの意向に背いてビジネスができると思うな」


「資金って、鍋島は、まだ高校生だろう? そんな金がどこにあるんだ? あ……」


「高校には行っていない。若いから、と言う理由でひとくくりするのは感心しないな。俺が三百万稼いだ事は知っているだろう。それを使う。もともと、別のプランで増やすつもりだったが、ハードルは高いほど面白い」


「面白いって、人ごとだと思って……それと、十パーセントで良いのかい? 残りは僕がもらって良いのか?」


「ああ、そのとおり、でなければ、借金を返せないだろう?」


「よし、分った。契約書にサインをしよう。後で持ってこい」


「実は、もうここにある。この場でサインをしてくれ」


「――用意が良いな……」


 勢いで契約書を持ってこいと言ったものの、既にあると言われて尻込みした。当然、かつ、正しい反応だろう。


「勝負は戦いの前に決まる。戦いの前に、どれだけの準備を整える事が出来るかだ」


「孫子か……それもググッたのか? まあいい、学ぶ事は良い事だ。しかし、契約書にサインとなると、ちょっと時間をくれよ。借金問題の事もあって、契約書にはちょっと抵抗感があるんだ。それに、これから葬儀が始まるんだ。雑念を入れたくないんだよ」


「そうよ、二人とも良い加減にしなさい」


 高校生に叱られてしまった。理沙はすっかり呆れ返って、僕らを眺めていた。取立は、いつの間にか本堂に行っていて、住職があげるお経を聞きながら手を合わせていた。


「わかった、後日改めて、話をしよう」


 僕はそう言いながら、慌てて本堂へと向かった。

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