暗号解読完了

 東京から来た芸能プロダクションの人には、丁重にお帰り願った。いくら動画で話題になったからって、私にはアイドルなんて出来る筈がない。むりむり。


 それより、暗号を解くのに必死だ。


「まずは、ここからだ!」


 空元気もそんなには続かない、疲れてきた。やっぱり、暗号解読も英章先生に頼めばよかった。今頃、何しているかな? やっぱり眠い、そろそろ寝ようか。


 無造作に広げたタロットカードを箱に戻そうとした。しかし、なかなかうまくおさまらないので、もう一度カードを整えてみようと箱から取り出した。


 その時、手が滑って、カードをばらまいてしまった。


「あーあ、疲れていると、何もうまく行かない……」


 机の上に散らばったカードから、なんとなく、一枚のカードをめくってみた。それは、なんと、私のお気に入りの『仔犬とお散歩』のカードだった。


「あの時、目にとまった、かわいい仔犬のカード……そう言えば、このカードの意味は何だろう」


 疲れていたが、また少し、好奇心が発動した。


ゼロ番 愚者 ザ・フール


 正位置の意味

 自由、型にはまらない、無邪気、純粋、天真爛漫、可能性、発想力、天才。


 逆位置の意味

 軽率、わがまま、落ちこぼれ、ネガティブ、イライラ、焦り、意気消沈、注意不足。


「え? このカードが『愚者』なの? どうしてこれが?」


 どうやら、私は母と同じように、愚者のカードを引いてしまったようだ。だけれども、こんなに可愛らしく、楽しげなのに、なぜ、愚者なのかが釈然としない。


(ふむう……刺さるなぁ、心に刺さる……でも、天才と言う意味もあるの? 何故だろう、愚か者のカードの意味が天才って……)


 とても意外だ、バカと天才は紙一重って、この事?


 そして、気になるキーワードをもうひとつ見つけた。


『可能性』――この本のタイトルに入っている言葉だ。関係があるのだろうか。


 そして、なぜ、このカードが愚か者なのだろう。どう見ても、楽しそうな男の人と、同じように楽しそうな可愛い仔犬がお散歩している様にしか見えない。


 私は、もう一度注意深く、愚者のカードを見た。それから、やっと理由に気が付いた。


 崖だ、男の人の歩く先には、崖が描かれている……このまま歩いていけば、崖に落ちてしまう……それに気が付かずに楽しそうにしている愚か者……こう言う事だ。


 これに気が付いた時、体中に鳥肌が立った。しかし、それと同時に違和感を覚えた。


「愚か者のカード、意味は、可能性、天才。そして、崖……」


 何だか正反対な気がする。


 タロットカードには、正位置と逆位置で意味が変わると言う事は知っているけれども、逆位置の意味に『注意不足』と書いてあるのは間違いじゃないだろうか。なぜ、逆なんだろう……。


 この時、父が言っていた言葉を思い出した。


――『馬鹿だからダメなんだ』から、『馬鹿だから出来るんだ』に変わったんだ。


「お母さんも、このカードを引いた……バカだからできる? バカだから出来ない、が正解じゃないの? 何故逆なの? 可能性? 自由? 型にはまらない? 発想力?」


 私は、もう一度、カードを見てみた。力を、型にはまらずに発揮して、あらゆるを考えてみようと心がけながら……。


 そう、そもそも、何でこのカードを見て楽しそうだって思ったのかしら。初めから、崖に目が行っていたら、怖かったと思う。でも、私は気がつかなかった。


 注意力が足りないから?


 そう言われればそれまでだけど、注意する必要がないから気が付かなかった様な気がする。


「このカード、確かに、二人の向かう先は崖だけれども、もしかしたら、枠には入りきらない景色があって……崖の先には、実は普通に道が続いているのかもしれない。崖は、実は数センチの隙間しかなくって、数センチ先には、また道が続いているとしたらどうだろう……何にも恐れる必要なんかない……」


 わかった、お母さんが言っていた意味、占い師さんが言っていた意味が……愚か者が愚か者に見えないと言う事が素晴らしいと言うのは、型にはまらず、自由な視点で物事を見る事ができると言う事、可能性は無限大で、自分が信じたように生きればいいと言う事なんだ。


 きっとそうだ。


 そして、一度はあきらめた、最後のカード――ザ・ワールドをもう一度見た。そして、今度は見つける事が出来た。無限の可能性を。


「あった、この、たすき掛けに結んであるリボン……紐をくくってあるから、向こう側は見えないけれども、紐を引き抜いてみたら、きっと……リボンは『∞』の形をしているんだ」


 体中から力が抜けた。すうっと上の方から誰かに重石を取り除いてもらったように、肩から、背中から重たいものが取り除かれたようだ。


「そして、暗号の『8』と言う数字……ずっと勘違いしていたけれど、これは、縦に『8』と読むんじゃなくて、横にして『∞』と読むんだわ」


 やっと見つけた。お母さんの言葉、暗号『8』は『∞』を見つけなさいって事だったんだ。勘違いしたまま見つけちゃった。


一七七ページ 一番 魔術師 ザ・マジシャン――読書のススメ 

 印象:チャンス 不思議


一八二ページ 八番 力 ストレングス ――知識と経験、自信と実力、ペダルの右と左

 印象:実行力、勇気


一九六ページ 二一番 世界 ザ・ワールド ――ゴールはどこに

 印象:完成、ハッピーエンド


二一六ページ コインの二番 ――お金とは

 印象:自由自在なコミュニケーション


「チャンスを自分で捨てないように、読書をしたり、人に協力してもらって、勇気を持って行動して、右でも左でもいいから、とにかくペダルを漕ぎ出して、ゴールを目指せ、って事なんだわ。そしたら、お金だって自由自在になる――固定観念に惑わされないで、お金を稼いだっていいって事なんだ!


 私は自分で考えた。自分で答えを見つけて、前に進む勇気を得た。

 母に手伝ってもらって……。


「やってみようかな……アイドル……夏休み限定で……」


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