ペダルの右と左
タロットカードには、言い知れない魅力がある。恐ろしげだったり、楽しげだったり……カードの意味を全く知らない事が、逆に興味を引き上げる。まるで、ベールをかけた花嫁の様に、そっと覗いてみたくなる。
並べてみると、食卓では足りなくなるほど、枚数が多い事に気が付いた。何となく、トランプと同じ五十二枚だと思っていた。
カードケースの外装をみてみると、しっかり枚数が書いてある。
「大アルカナが二二枚、小アルカナが五六枚……アルカナってナニカナ?」
全部で七十八枚アルカナ? ヤバイ、気に入ってしまった……まあ、それもアリカナ?
「全部で七八枚で……並べたカードは、えっと……七四枚、と言う事は、四枚のカードが足りないんだな……あ、一枚は糊付けされているんだった、あと三枚だね」
カードが糊付けされたページをもう一度開いてみた。間違いなく同じ種類のカードだ。そのまま、ペラペラとページを進めると、同じようにカードが糊付けされたページが見つかった。
全部で四枚のカードが本に貼り付けられていた。これで全てのカードが見つかったわけだ。
一体何の為にこんな事をしたんだろうか、目的もなくする様な事ではない、だって、四枚もカードが足りなければ、占いをすることも出来ないと思うし……。
栞がなかったから、手元にあったカードを取り敢えず挟んだ? けれども、栞の代わりならば、カードは一枚あれば十分だし、糊付けする必要も無い。
「きっと、特別な事情があって、ここに貼られているんだ。 お母さんは、何を考えてたのかな? お母さんなら……」
もし、母が自分の為にこの本の仕掛けを作ったのだとしたら、と仮説を立てて頭をひねった。
私は、読書家である母を知らない。だから、分からないかもしれないけれども、大きくなったら見えるものもある、きっと、ボンちゃんの様に……。
「私はお母さんの娘だ、きっと分かる……」
そうであって欲しいという願いを込めて呟いた
きっと、このページに何かしらの情報があるのだと思う。なぜなら、糊付けされているからだ。このページから、それぞれのカードが動かない様にしてある。動いてはならないからだ。
そして、四枚のカードにも、きっと、意味がある。確証はないけれど、例えば、ページに印を付けたいだけならば、付箋紙を使う事を考えると思う。
母は、付箋紙が大好きだった、私の絵本にも付箋が貼ってあったぐらいだ。多分、私のお気に入りのページに印を付けたのだろう。
母の付箋好きは、この書棚に並んでいる本を見ても分かる。ほとんどの本にカラフルな付箋がはみ出して見えるのだ。
しかし、この、可能性――の本には、付箋は一枚も無い。
きっと、このページと、このカード達、それぞれに何かしらの意味がある――そうに違いない。
「タロットってカード毎に意味があるんだよね? 困ったな、なんにも知らない」
しょうがないので、とにかく、まずは、四枚のカードが貼ってあるページを読んで見る事にした。
二枚目のカードが指すページ
――ペダルの右と左
『知識と経験』はどちらが大切だろうか、答えは両方だ。では、どちらが先に必要だろうか、答えは、どちらでも構わない。
知識を得てから、綿密な計画を立てて行動する事は有効だ。
行動を起こして、経験を元にした知識を選択して学ぶ事は有効だ。
これは、どちらも正しい。
『自信と実力』はどちらが大切だろうか、答えは両方だ。では、どちらが先だろう。
実力が無ければ、自信を持ち得ない。
自信がなければ、実力を発揮する事が出来ない。
これも、どちらも正しい。
自転車の『ペダルの右と左』は、どちらが大切だろうか、答えは両方だ。自転車のペダルの右と左は、どちらを先に漕ぐべきだろうか、答えは、どちらでも良い。
知識と経験、自信と実力、ペダルの右と左、三者に共通して、一番大切な事は、どちらでも良いから、まずは一歩を踏み出す事だ。右足を出せば、左足は自然とついてくる。まずいと思えば、ブレーキをかけて止まれば良い、また、どちらか好きな方から漕ぎ出せばいい。
何かを成し遂げる為に、始めに必要なもの、それは勇気だ。勇気だけあれば何もいらない。必要なものは、後から自然についてくる。
勇気とは即ち、自分を信じる心の強さだ。
三枚目のカードが指すページ
――ゴールはどこに
人事を尽くして天命を待つ、と言う言葉がある。できる事は全部やってしまい、後は、運を天に任せると言う意味だ。
実際には、全てをやり尽くして、もう、何もする事がないと言う経験をする人は稀だろう。
ゴールはここにある。
自分が出来る事は全てやり尽くした。あなたが信じる目標に対して、最高のメンバーを集めて、信頼関係を築き、全員の気持ちが同じ方向を向き、必要なものを揃え、手続きはすべて完了し、計画は何度も見直して、段取りは全員が把握している。
ゴールはここにある。
しかし、こんな瞬間を体験した人が、人類の歴史の中で、一体、何人いるだろうか。
本当のゴールは『期日までに、どこまで、この状態に近付けられるか』になる。
もし、あなたが何もかもが足りないと感じたならば、まず、自分を信じる勇気があるかを探してみよう。
何も手にしていない人などいない。本当は全てが揃っていて、実は、足りないのは自分を信じる勇気だけなのかもしれない。
四枚目のカードが指すページ
――お金とは
日本では、お金の教育を行わない。金銭イコール欲望、と言うイメージが強いからなのかもしれない。
お金を稼ぐ事に集中し過ぎたものは、当初の目標を見失い、人の信頼を失い、自分を見失って、やがて全てを無くしてしまうと言う話はよく聞こえてくる。
失ったものが、大きければ大きい程、人々の心に、お金は怖いものだと言う印象が残る。
さて、お金は本当に怖いものだろうか、であれば、誰もが手放してしまえば良いのだが、そうはならない。
なぜならば、お金はとても便利なツールだからだ。
何にでも、陰と陽、表と裏がある。良い面があれば、悪い面があり、お金は良い面の効果は大きいが、その分、悪い影響も甚大な、諸刃の剣だ。
使いこなせない剣は、持たない方が身の為だ。
果たして、そうだろうか、ならば、訓練すれば良い。
大きな可能性を得る努力を怠ってはならない。
しっかりと準備をしていれば、例え、大きなお金が連れて来るであろう、恐ろしい悪魔が、あなたの耳元で囁いたとしても、きっと、打ち勝つ事ができるだろう。
四枚のページが指し示す項目を全て読み終えて、なんだか、私は、元気を無くしてしまった。これが、母が私に伝えたかった事なのだろうか……。
「恰好良い事書いてあるなぁ、そんな立派な人だったら苦労はしないよ。難しい事が、いっぱい書いてあって、頭がフリーズ状態だ。もう、諦めてしまおうかなぁ、お母さんは、私が思っていたより、随分と賢い人だったのね、バカの私には、遠く感じるよ、お母さん……」
もう、この本も閉じて、書棚に片付けてしまおう。さよなら、賢いお母さん。
さよなら、読書――私は、静かに本を閉じると、書棚の元の位置に本を戻した。
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