私のこと、どう思ってるの?
警察署を出た時に降っていた雨も止んだ。雨上がりの夕日は、私達に何が起ころうと関わりなく、幻想的で美しかった。
黄昏を追いかけて、夜がやって来る。行き交う人が増え始め、街も表情を変える。
亡くなった鯨間さんの彼女である、春日さんに会うにはちょうど良い時間のはずだと、鍋島君が話してくれた。
「鍋島君と彼女さんとは仲が良いの?」
「いや、話した事もない」
話した事もない人と、どうやって会うのだろう?
「どうして、今、あなたはコンビニで立ち読みしているの?」
「待っている」
「話した事もない人とコンビニで待ち合わせなの?」
「待ち合わせではない」
「何を待っているの?」
「彼女に決まっているだろう。少し黙らないか? お互いのために」
「お互いの――」
――お互いの為ではなく、あなたの為でしょ?
と言いかけてやめた。
鍋島君は、私の事を、森から迷い込んできた野生動物だとでも思っているのか……でも、人間の言葉を話していないのは君の方だぞ、アヒル君。
そろそろ、私も我慢できない。
お腹の底の方から、ふつふつと、何かがエネルギーを蓄えている音がする。
それを抑え、窓の外を見ると、夜の繁華街は、きらびやかな人で溢れ返っていた。
他の人から見たら、私と鍋島君は、どのように見えるのだろう。何も考えずにここまで来てしまったのは、良くなかったのかもしれない……とも思う。
だけれども、ともかく、来てしまったからには、鯨間さんの婚約者である、春日さんに会わなければ意味がない……。
「何で、私のためになるの?」
やっぱり気になるので聞いてみた。
「鍋島君の為なのは解るわよ。見るからに、黙っていて欲しそうだもの。でもね、お互いの為にって言うのなら、私の為にもなると言う事でしょ? なぜ、黙っていると私の為になるの?」
鍋島君は、何の反応もせず、黙って立ち読みを続けている。
「話さないつもり? 私は話すわよ、お喋りな方じゃないけれど、説明もなしにコンビニに入って、黙って漫画を読み始めたら、何事だって思わない? しかも、私の為に黙ってろなんて言われたら、何だか自分がバカみたいじゃない? 私の事バカだと思っているんでしょう?」
鍋島君は、背中を丸めて、本に顔を近づけた。まるで、周りから身を隠してしまいたいかのようだ。そんなに私の事が邪魔なのだろうか。
「黙ってないで、はっきり言いなさいよ!」
お腹の底のエネルギーが、急激に上昇してきた。
「鍋島君! 私の事どう思っているのよ!」
騒がしい店内が、一瞬静まり返った。
ちょっと、声が大きすぎたかな、と少し反省して、気まずくて周りを見られない。
流石の鍋島君も、少し恥ずかしそうにしている――様に見えなくもない。
私は周りを見れないし、鍋島君も私を見たまま固まっている……。
一見すると――あくまで、一見しただけだと、私と鍋島君は、二人で見つめあったままって感じにも見えなくはない……そう思うと、余計に恥ずかしくなって、より一層、体が動かなくなった……。
「ピヨピヨ『鍋島君、理沙ちゃんの事、どう思っているの?』ピヨピヨ、ねぇ、ねぇ、教えてピヨヨ?」
ピヨピヨと、甲高い声色で、私達をちゃかす
振り向くと、なぜだか、十人ぐらいの人だかりができている。好奇心に目を輝かせた、
――鍋島君、この子の事、どう思っているの?
と、今にも言い出しそうだ。
「ピヨピヨ、まさか、鍋島と理沙が、こんなに仲が良かったとは……ピヨヨ」
また、ヒヨコが、話し始めた。でも、今度は甲高い、イラッとする声ではなく……そうだ、今、一番聞きたかった声だ。
「コンビニで、告白するなんて、今時だなあ。それにしても、先生の目も節穴だ、あははピヨヨ」
「大野英章!」
「大野先生!」
「流石に、息もぴったりピヨね」
「なに? その、ヒヨコ?」
「警察でもらったキーホルダー」
「あのね……はぁ、私は告白なんてしていないよ! なんで私が、こんな人に! そんな話じゃなっくって、私がバカだから、鍋島くんが――」
「いやいや、それこそ、そんな話じゃないだろう、なぜ、あんたがここにいるんだ? 釈放されたのか?」
そ、そうだった、私はその為に、何かしなくちゃと思っていたんだ。
「釈放なんて人聞きが悪いなぁ、事情聴取が終わったから出てきたんだよ。そんなに先生を犯人にしたいのか? 死因があらかた特定されたらしいよ……」
だんだんと大野先生の表情が暗くなる。
「先天性の心疾患があったそうだ……外傷があるから、検死の結果待ちだけど、状況がいろいろ整理できね」
「その、状況と言うのはなんだ」
鍋島君の興味センサーが発動したようだ。
「防犯カメラがあったのさ、全部映っていた。映像だけで、音声は無いから、少し、状況を説明して欲しいと」
「じゃあ、あいつらも関係ないんだな」
「北本達な……そう、ほっとしたよ――」
なんだか、落ち着きのあるムードになってきた。でも、私のお腹の中にはまだまだエネルギーが溜まったままだ。
「おい、理沙……」
「なによ! おいって、人を彼女みたいに……」
「いや、彼女だ」
「彼女じゃない! 私は……」
――と言いかけて、鍋島君の視線の先が気になり、それを辿ると、一際目立つ、スレンダー美女がコンビニに入ってきた。
◇
半分は神が用意し、半分は人間が作る。
春日のぞみは、おあつらえ向きにコンビニに入って来た。
これから、夜のお店に出勤するのだと一目でわかる、ぴったりとした紫色のワンピースでだ。
派手な化粧も、凛とした、美しい顔立ちのお陰で下品にならない。
鍋島は、彼女と話した事はないが、店のどちら側からやってきて、どちら側に出て行くかは知っていた。
このコンビニは、ワンダーボーイと繁華街の中間に位置する。
春日のぞみが出勤する時には、必ず、このコンビニ前を通る。
鍋島の予測が見事に的中したわけだ。
◇
私が、声を掛けられないでいる間に、春日さんは店内を一周し、もう、レジで会計を済まそうとしている。
「あ、あの――」
やっとの事で声をかけた……緊張で、手のひらが湿っている。
春日さんは私の方を見た。しかし、話しを続けようとすると、彼女が私を見ていない事に気が付いて、出ない言葉が、更に引っ込んだ。
春日さんは、私の後ろに、鍋島君を見付けたんだ。
「あら、あなた――もう知っているようね……鯨間の事」
落ち着いた様子だった。
「ああ……」
「警察から電話があったの。鯨間が亡くなる直前に電話したのが私だったから」
「なるほどね」
「じゃ、これから店だから」
それだけ言うと、春日はその場を去ろうとした。
「ちょっと待って下さい! それだけですか? 鯨間さんが亡くなったのに、悲しくないんですか?」
私は、たまらなくなって、声を掛けた。
「悲しいわ」
「悲しいわって、そうな風には感じられないんです……鯨間さんとあなたは婚約していたんでしょう? 婚約者なら、お仕事をお休みしても良いんじゃないですか? 何と言うか……愛情が……そう、愛情が、感じられなくて……」
なぜか私の目に涙が溜まる。
「婚約……? そうね、そう言う事にしておくわ。もちろん、愛していたわ。私は私なりにね。誰にどう思われても、関係ないわ。私は私なりに鯨間を愛していた――それだけよ」
春日さんは、コンビニのレジで会計を済ませると、夜の街へ、吸い込まれて行った。
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