『必ず儲かるゲームソフト転売法1』

 鍋島と理沙はお互いに、相性の悪い相手だと感じている。


 しかし、本来、人間同士に相性など存在しない。誰とだって上手く付き合う方法はある。ただ、敵対したり味方に付いたり、足をを引っ張ったり、相乗効果を生んだりするのは、その時の環境次第だ。


 僕は、その環境を『場』と呼ぶ。


 どの『場』にいるときに、誰と出会うかが、二人の運命を決める。


 そうそう、是非、知っておいて欲しいのだが、


『場の半分は神が決めるが、あとの半分は、人間が自分で作る』


と言うことだ。


 神のせいにするのは半分だけにして欲しい。


 後の半分は人間次第だ。


 あの二人だって、端から見れば、曇り空の下、ひと組の仲の良いカップルが手をつないで歩いている様にしか見えない。


 どうやら、女の子の方が積極的で、男の子の手を引っ張って、急いで歩いている――


 実際にそうであるかもしれないし、そうでないのかも知れない。


 半分は神が用意し、半分は人間が作るのだ。



「とにかく、お前に詳しく話してもしょうがないが、簡単な事さ、俺たちは、中古ゲームソフトの売買をして儲けていたんだ。本当は、ネットの転売を教えてやろうと思ったんだが、あいつらには難しかったらしくてな」


 英章先生の姿は見えない。

『ワンダーなんちゃら』は塾と同じ通り沿いにあるので、急いで一本道を歩いて行けば必ず追い付ける筈だ。


 時間がないので歩きながら説明してもらうことにした。鍋島君がこんなに話しているのを見るのは初めてだ。これまで教室で誰かと話しているのを見掛けたことはない。


「俺のやりたい実験は、百パーセントのの結果――初めからソフトの転売に近かったから好都合だったが」


 鍋島君は、わざと私には理解できないように話しているのではないだろうかと疑ってしまう。


 私は、まじめに質問して、まじめに理解しようとしているつもりだ。だけれども、彼の上から物を言う態度や、冷たい視線を感じて、途中から、聞く事も、考える事も放棄してしまいそうだ。


「今どき、ゲームなんて、スマホでちょいちょいって感じでしょ? 中古ソフトなんて買う人いるの? それって、三百万円も儲かる事なの?」


「まあな、しかし、ゲーム実況放送をネットで流すことがブームになってから、実況者達は、過去のゲームを引っ張り出すようになった。逆に希少価値が高まったり、再評価されるゲームも多いのさ」


 そんなものなのか……理解できない。


「それから、儲けるには、ちょっと工夫が必要でね――中古ゲームソフト屋は基本的に、このふたつの原則で商売をしている――」


 鍋島君は人差し指と中指を立てながら説明した。いかにも理系っぽい。


一、店にソフトが少ない時は、店は高く買い取り、客に高く売る。


二、店にソフトが沢山ある時は、店は安く買い取り、客に安く売る。


「解るわよ、そんなの当然じゃない。スーパーの野菜でも同じだわ、雨が続いて収穫が少ないと、一気に値段があがっちゃうんだもん……はあ」


 私にとっては、ため息が出るほど切実な話だ。近所のスーパーは、野菜は安いけれど、魚は少し遠くのスーパーの方が安い。


 それぞれ、得意分野があって、安くても、味や品質に問題が無いかなど……それに、天候まで追加されたら――毎日悩ませている頭がパンクしてしまう。


「そう、当然だ。需要と供給と言うやつだ。もう少し細かく言うと……」


 鍋島君は、ぶっきらぼうなのは変わらないけれども、懇切丁寧に説明してくれた。


 でも、頭を『理系モード』にしなければとてもついて行けない。いや、ついて行ってはいない。そもそも私には『理系モード』なんて機能はないからだ。けれども、英章先生の為にも、なんとか理解したい。


(もしかしたら、お父さんを総理大臣にするより難しいかも……)


 いっそのこと、『ゲームソフト転売必勝法』なんて本を出版した方が儲かるんじゃないだろうか。英章先生は心配だし、講釈は難しいし、脳ミソが沸騰しそうだ。


「基本的には二つの店を往復して、そのを稼ぐんだ。ここらの中古ソフト屋らが、安易に使っていた共通ルールのを突いただけさ」


 『りざや』って何だろう?

 『盲点』なんかあるの?


「『在庫がない時は高く買ってくれる』ここに想定されていない状況があった『在庫がないときにを仕入れる場合』だ。一般の客は何本も同種のソフトを売りに来る事はまずないからな、当然といえば当然……しかし、それを狙ったわけだ」


 凄いスピードで話す様は、さながら早口言葉を話すアヒルの様だ。早過ぎて聞き取れないのかと思って、耳をそばだてても、良く聞けば、初めから人間の言葉を話していないので、理解しようが無い。


「ううう……ややこしいけど『安く仕入れて、高く売る』ってことよね? 条件が悪い時には、ちょっと高く買ったり、ちょっと安く売ったりしているって事でしょう?」


「その通り、店はそうしているわけだか、俺達はで入手して、で転売できるんだ」


 きな臭きい……この辺が犯罪臭い。先生達が心配しているのはこの辺の話なのだろう。そんな儲け話が普通に転がっているわけがない。


 とにかく、どうやら、事のあらましはわかったので、これ以上は聞かなくても大丈夫だと思う。 


 ようは、仲間とつるんで中古ソフトの売買で儲けたけれど、誰かが抜け駆けしてもっと儲けようとして、それを知った英章先生が止めに行った……と言うところだろう。


 そして、鍋島君はお金儲けの才能が高いらしいと言うことと、人として何か大切な物を置き忘れて来てしまったアヒルなのではないか、という印象が強くなった。


「では、詳しい説明に入ろう……」


「もう、いいよ、それより急ごう。汚い手で稼ぐ方法なんて興味ないわ」


「多少、汚れてはいるが、犯罪ではない。それに、何かを成し遂げる為には、必ず金が必要になる。その何かが、悪であれば、儲ける事は悪だろう……。しかし、善にお金を使うために儲ける事は善ではないのか?」


「ぐ……そ、そうかもしれないけれど、詳細はいいよ、大体わかったから」


「まあ、聞けよ、犯罪者呼ばわりされるのは心外だ」


 そう言って、鍋島君は詳細を話し始めた。ここから先、私には聞こえているけれども、聞いてない。でも、せっかく話してくれるのだから、聞かなくてはいけないと思う……。


 でも、父を総理大臣に、というは話は、なにも進んでいないし、英章先生が心配で、もうそれどころではなくなってしまった。


(そろそろ、追い付いても良い筈なのに……相手は着物に草履だし)


 盲点とは何か、どうしても気になると言う、理系モード搭載型の人がいれば代わりに聞いておいて欲しいな。

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