電話
群青更紗
電話
毎週金曜、電話が鳴る。二十一時の少し前、五分前には身構える。二十一時の時報のように、今日も変わらず電話が鳴る。
何のために?誰のために?
そもそも、誰がどこからかけてくる?
確認出来た試しはない。いつも非通知、謎の場所。
その謎をいつしか解きたくなって、毎週金曜、身構える。
「弥生?」
不意に声をかけられて振り向くと、同僚の桜が立っていた。
「どうしたのよ、ボーッとして」
昼休みのオフィスランチ。弥生はいつも窓際の席だ。食べ終わって外を見ていた。眼下の公園の緑が眩しい。
「別に、ただボーッとしてただけ」
「そう?その割には目が真剣だったけど」
飲みかけのコーヒーを置きながら、桜が隣に座る。弥生は苦笑した。確かにそうだったかもしれない。
「まあちょっと、考え事」
「悩みごと?」
「うーん、そこまでのものじゃないかな」
「何よそれ」
桜がコーヒーを傾ける。ブラックコーヒーの似合う彼女は、今日も隙のない美人だ。頭から爪先まで手入れが行き届いている。弥生は桜が羨ましかった。自分が同じだけの手入れをしても、彼女と同じにはなれない。
「いいなあ、桜は」
「は?何が?」
「ううん、別に」
弥生もドリンクを傾ける。コーヒーではない、甘い甘いミルクティーだ。
「相変わらず好きねえ、それ」
桜が笑い、弥生は膨れる。
「どうせお子ちゃまですよ」
「何言ってるの、羨ましいよ。私はそういうの似合わないもの」
「そうかな、私は桜の方が羨ましいけど」
そう言ってカップに目を落とす。優しい甘さ。過去にはブラックコーヒーにも憧れたが、苦いしカフェインが合わなくて止めた。
「弥生の可愛らしさは羨ましいよ。で、何を真剣に考えてたのよ」
桜がデコピンしてくる。その爪さえ美しいのが憎らしいが、そんな桜が好きだ。弥生も笑った。
「ううん、また金曜日が来たなあ、と思って」
「何それ。普通月曜日じゃない?嬉しくないの?土日休み」
「いや、それは嬉しいんだけど」
「何だ、何の予定もないのか」
「うるさいな!その通りだけど!最近は一応あるの!」
「お?それは何だ、初耳だぞ、聞かせろ」
しかし昼休みが終わりかけていた。続きは終業後に、と夕飯の約束をして別れた。
――気になる電話が鳴り始めたのは、春の終わりだったと思う。
風呂上りに着信履歴があるのを見た。非通知だったし、留守電もなかったから、その時は気にも留めなかった。しかし翌週、また同じようにかかってきていて、少し不思議に思った。さらに翌週、また鳴ったとき、今度は思い切って出てみた。が、すぐに切れてしまった。
それ以降、毎週金曜、身構える。きっちり二十一時の電話、出なければ留守電になるまで鳴り続け、出ると即切りの謎の電話。
警察に届けるほどのものじゃない。けれど、放っておくほど小さくもない。
「何だ、そんなことか」
桜がロックの芋焼酎を呷って笑う。弥生は膨れてフルーツカクテルを飲んだ。
「そうよ、そんなことよ」
「サッサと繋げればいいのに。メールは出来るんでしょ?デートもしてる訳だし」
「そうなんだけど……電話は別なの、どうしても、その」
「恥ずかしいのか。私がかけようか?」
「やめてよ!恥ずかしいのもあるけど、でも何も言われないし」
「……やっぱりかけよう」
「やーめーてー」
結局数時間後、いつもの二十一時に、桜に見張られながら弥生は電話をした。
その際、自分がいつも非通知でかけていたことと、そもそも登録していた電話番号が違っていたことに気付くが、なぜそれがよりによって赤の他人ではなく実の妹の番号だったのかは、今もって謎である。
「お姉ちゃんだったのか。何?誰と間違えてたの?」
(了)
電話 群青更紗 @gunjyo_sarasa
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