第7話

 けいちゃんは転がっている、今私の隣で。



 けいちゃんは無事、退院の運びとなった。けいちゃんはもう幻聴もないし、幻覚もない、夜1人でなにかしゃべってることもない。ふらつきはあるけど歩けるし、返事もできる、だから退院できる。



「けいちゃん家に帰るよ」


「うん」



 想像していたよりもあっさりとけいちゃんは帰ってきた。3ヶ月の入院だった。帰ってきたけいちゃんは紛れもなくけいちゃんだけど、今までとは違う。まず薬を飲まなくてはいけない。転びそうになるから見ている必要がある。そしてこれからも病気と付き合っていくことになる。



 けいちゃんは今じゃ薬も自分で飲める。寝る前の薬も飲める、飲むとけいちゃんはすぐ眠る。眠らされている。今も隣で眠っている。けいちゃんとはまだお風呂に一緒に入っている。しばらくは履くタイプのオムツを使っていたし、漏らしていたけどもう普通のパンツを履いている。よく何の服を着るか選べない、ズボンを履くとき等転びそうになる、頭の洗い残しがある、次何やるか声かけをしなくてはいけなかった。今日は服は選べた、転びそうになった、頭の仕上げ洗いをした、次何やるかは声をかけなくても大丈夫だった。けいちゃんがお風呂に入りたがるようになったのは大きな変化で、涙が出そうになる。きれいなけいちゃんは隣で寝ている。いい香りがする。



 けいちゃんは話したがらなかった病院での話もしてくれるようになった。以前のように好きなものの話もテレビの話もする。このあいだ家に看護師さんが来た。これでけいちゃんは退院してからお医者さんと家族以外に話をした。誰か他の人と話ができるんだろうか、話すことができるだろうか。私たちにだってうまく話ができないときがある。途中であきらめてしまう、お互いに。だけど、いったいどれだけの人がうまく話すことができているんだろうか。話すことも聞くこともとても難しくて、あたりまえで、反対のようで同じことで不思議なことだ。



 けいちゃんと過ごす日々はこれからも続く。たとえまた私が一人暮らしを始めても、けいちゃんはそこに転がっている。みんなどこかに転がっている。それでいいんだと思う、しっかりと立てなくても歩けなくても話せなくても、そこにいていいと思う。転がっている石にだってきっと意味がある。転がっている猫が好きに生きていくのを見つめるのも、転がっているゴミを見過ごすのも、きっと意味がある。転がっている人が、私たちが転がっているのもきっと意味がある。



 けいちゃんは…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転がってるのね 新吉 @bottiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ