第4話

 けいちゃんはフラフラしていた。それでも外に出たがった。警察が来ていないか確認したり地震が来たから逃げなくちゃ、と。



 けいちゃんはまだ喋っていた。何を言っているのか聞き取れないけど。お母さんはあまりに外に出たがるから200円くらいをもたせて、犬を連れて歩いて5分もしない自販機で飲み物を買うように言った。歩いていく方向まで見送った。5分後外に出て探した頃にはもうけいちゃんはいなかった。10分探しても20分探しても見つからない。私はチャリンコにまたがって遠くまで探しに行くことに決めた。やっとことの重大さに気づいた。



 3月の夜は寒い。この寒い中どこに行ったんだろう。何をしているのだろう。何を考えているのだろう。それは、震災の時と似ていた。家族離れ離れになって、しだいにみんな家にたどり着いて、1人だけけいちゃんだけ帰ってこれなかった。私とお父さんで歩いて迎えに行った、あの時を思い出した。



 けいちゃんは当時自動車学校に通っていた。山の上だから津波の心配はないはずだった。送迎の車に乗せたという話を聞いた。どの道を通ったかどの建物に避難したかまるでわからなかった。お父さんが私を気遣い被害の少ない水の浸かってない道を歩いてくれた。普通に行くよりとてもとても時間がかかることだった。リュックを背負って親子2人で歩くのだってその時は全然普通だった、みんなそんなようなものだった。水をくれる人がいたり、歩ける道を教えてくれたりみんな優しかった。とにかく道はグチャグチャだった、道じゃなかった、人の屋根の上を歩いた。隣のおじさんは杖をついて歩いていた。自衛隊の印が道に転がっている車に誰もいないことを示していた。建物の印でもそれがわかった。ホテルや学校、体育館、市役所はみんな避難所になっていた。みんなじゃなかった。避難所だと思って入ろうとすると毛布をかぶった軽トラが先に入って行った。私たちはその日探すのを諦めて市役所へ戻って一夜を明かした。



 次の日もけいちゃんを探した。1時間歩いたら水を飲むと決めた、途中もらったおにぎりを食べた。自分の高校の通学路を歩いた。山の上に向かっていくにつれていつもと同じ景色になっていく。ひどく不思議な感覚だった。若い人は山の上の学校にいけたという話を聞いた。名簿を見ても載っていない。山の上の学校が最後になってここ以外どこにいくかあてもなくなった。



 けいちゃんはそこにいた。外の張り紙を必死に見たが見つからず、それでも中に入ってみた。けいちゃんを見つけた。泣いた。2人して泣いて泣いて泣いた。2人して話した。話さずにはいられなかった。家に無事に帰って家族は揃った。そんな5年前の出来事を思い返しながら他の自販機の周辺を探す。目的にしていた建物の手前の交差点でけいちゃんはそこにいた。



 けいちゃんを見つけた。泣かなかった。

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