第16話 魔剣デビュー

 森を抜け、街道沿いに西へ向かって2日。

 いよいよガレウーロ渓谷が見えてきた。街道の右にあるのは、大地に穿たれた大きなクレバス。向こう岸、北側は広大な湿地帯があるらしく、あちこちから滝が流れ落ち、さらに西へ向かって渓流が流れていくらしい。まだ渓谷上層しか見えないがそれだけでも風光明媚な地形であった。


 この渓谷の底、恐らくここから1時間ほどのところに、古びた寺院跡があるらしい。

 その内部がちょっとした迷宮になっているらしく、そこが大きな魔素溜まりがあると同時に、盗賊団の根城になっているのだ。


「凄い良い景色だなぁ」

「以前は観光目当てで旅行者も多かったそうですよ」

「以前、ってことは、今は少ないのか。原因は盗賊団?」


 俺の問いにイリーナはうなずく。その横でルベリアは渋い顔をしていた。


「王国騎士団はどうして盗賊団を討伐しないのですか?」


 ミユの問いにルベリアの眉間はさらに皺が寄る。苦し気なその様子は、ルベリアが何か知っているとの証拠だろう。ルベリアは立ち止まるとミユに向いて話し出した。


「ミユの村の惨劇を防げなかった事はロテカンス王国の騎士として誠に申し訳ない。騎士団の一員として謝罪する。申し訳ない、ミユ!」


 深々と頭を下げるルベリアに、ミユは頭を振る。その顔は努めて無表情に見える。


「ルベリアの謝罪は結構です。何か知っていることがあれば教えていただけませんか?」


「と言ってもあまり詳しくは知らないんだ。確かに盗賊団がいて討伐しなければならないと言う情報は王城にも入っていた。それに対して討伐班も出撃していたはずなのだ。なぜそれが放置されているのか、討伐班が返り討ちに遭ったならその情報も入るはずだからな。もしくは、私がクリスと旅に出る事になった後で何か情報が入っているかもしれないが」


「そうですか。それならあんなにルベリアが謝る必要なんてないじゃないですか」


「騎士団の不始末には違いないからな。せめて、盗賊団の討伐はこれからしっかりやらせて貰う」


 ルベリアがそう言った時だ。

 どこからかバッサバッサと大きな羽ばたきの音が聞こえてきた。普通はもっと細かくバサバサとした音で鳥は羽ばたく。では、こんなに大きくゆっくりとした羽ばたきの持ち主は・・・・・・


 渓谷から巨大な恐竜のようなモンスターが浮き上がった。


 皮膜の翼、翼の縁の一部に爪のようなものがあるのは退化した手?

 巨大な胴体を支える太い二本足は象の足に鋭い爪を付けたような。

 長い首の先に一本角のような頭頂部と鋭い巨大な嘴。


「翼竜か!」

「ラプターディンです!」


 ルベリアとイリーナの叫びに、ワイバーンではないのね、あっちは飛竜か、と内心納得する俺。地球のプテラノドンのイメージと合致するとか思ってたのは、俺が油断していたのか。


 突如として滑空し突っ込んできたラプターディンに、俺は胴体鷲掴みで空中に連れ去られてしまった!


「うわぁああああ!」

「シン!」


 クリスが咄嗟に火炎球を翼竜に撃ち込むが、翼竜は翼を閉じて落下するかのように躱しつつ再び羽ばたき出す。急激なGが気持ち悪っ!


「油断しすぎです! シンがさらわれたらヒロイン枠が台無しです!」


 ナっちゃんや、こんな時に言う言葉がそれか?

 と言うか、電磁ライフルを構えて宙に浮いているナっちゃん。まさか・・・・・・


「後は自分でなんとかするです!」


 ズギュンと容赦なく翼竜の額を撃ち抜くナっちゃん。

 狙撃手役を頼んだのは俺だが、誤射も恐れず撃つとは! ナっちゃん、ドS!


 落下し始める翼竜の足爪は緩む気配がない。

 大丈夫! やれるはず! 俺は熟練の戦士じゃないからさっきのように咄嗟に身体を動かせない。でも、魔法についてはこの半年じっくりと勉強してきたし、地球の知識と合わせて有効に使えるはずだ。


 ルスジーを肩甲骨の上側に、腕だけ召喚。宙に浮いてるように見える二本腕だが、隣接する別次元でしっかりルスジーの身体につながっているため、体幹は安定している。それぞれが持つ二本の魔剣は、俺が作った自信作「灰炎カイエン」と「雷電ライデン」だ。


 浅黒い腕が振るう二本の魔剣が、翼竜の象のような足を易々と切断する。さらに爪に斬りつけてようやく身体が開放されると、風精サイファの印で飛行術を発動。


 おおっ! これ使うの初めてだけど、俺、飛んでる! っと、危なっ!


 急接近した地面を回避すべく慌てて急上昇! ううっ、Gがキツイ!

 対処が遅ければ墜落死でマジヤバいタイミングだったわ!


 しかしまだ、油断は禁物だ。渓谷の地表には様々な魔獣が見えた。猫科のような猛獣や、小さめの恐竜っぽいもの、さっきのと同じ翼竜やピンクのスライムっぽいものまでモンスターだらけじゃないか!


 既に臨戦態勢のラプターディン達が飛び始めた。標的はもちろん、俺か。

 ともかく、街道の高さを超えて飛び上がると、心配して覗き込んでいた皆がホッとした顔をする。


「いやぁ、ビックリしたわ! 心配掛けて申し訳ない」


 近づきつつ話しかける俺を見る、皆の顔が豹変する。

 

「こっち来るな、です!」

「シン様、後ろ~!」


 振り向くと後方には10体以上のラプターディンが飛んで来た。

 うそっ! こんなに居たのか!?


 ナっちゃんが電磁ライフルを撃ち始める。ヘッドショット2発で2体の翼竜が落下するが、この場合、それは悪手だ。敵の視線が全てナっちゃんへ向いてしまった。


「ナっちゃんは私が防護する! シンは奴らを地表に近い処でなるべく集めてくれ!」

「応っ!」


 ルベリアならば守りは問題ない。後は俺が上手くやれるか、だな。


 ルスジーの右腕が俺の口元のそばを、左に振り絞る。そのまま、横薙ぎに灰炎を真一文字。

 炎神アーグィヌと火精ファラガ、風精サイファと影精ヤンディの印を刻んだ魔剣は、業火と酸素、可燃性ガスを一気に吹き出し空中に青い炎刃を一気に描いた。


 一瞬で両断され火だるまとなり、落下していく翼竜達。

 おお・・・・・・我ながら、凄い剣作っちゃったなぁ・・・・・・


 何しろ魔剣の魔力機能を使ったのはこれが初だ。俺自身ビックリしたが、それは後ろのルベリア達も、そして範囲外に居た他の翼竜達もか。

 もはや数頭にまで減った翼竜は、それでも撤退する事もなく、俺目掛けて向かってくる。


 同族を殺されて怒りに駆られて真っ直ぐに飛んでくる翼竜。それならば、良い的だ。

 クリスの火炎球が一匹に直撃、続いてミユの風刃が一匹を切り裂き、ナっちゃんの電磁ライフルがさらに一匹を落とす。残り二体は俺がやるか。


 ルスジーの左腕の魔剣を真っ直ぐに突き出す。雷電に込められた印は雷精ゼオスと風精サイファ、影精ヤンディのものだ。ただの直剣にしか過ぎない寸法のこの剣だが、真骨頂は指定する空間を変質させる事にある。闇精と風精の力で標的までの空間をプラズマ化し、導電性を高めたところへ電撃。


 溶接の際に生じるアーク放電を巨大にしたような目映い閃光に、一瞬視界を奪われる。

 目くらましにも充分だがこれは後で仲間に怒られそうだ。標的は黒焦げになって墜落したが、俺自身も目が元に戻るまで時間を要してしまった。


「なんだシン! 今の閃光は!?」

「すまん、ここまで眩しくなるとは予想していなかった。今度からは目を伏せるよう事前に合図するよ」

「全くとんでもない魔剣を作ったものですね。魔王でも倒せるかもです」


 案の定、クリスが怒り出したので素直に謝ったが、ちょっと今、ナっちゃんが聞き捨てならないことを。


「魔王って、居るの!?」

「どこかには居るはずです。それに対する存在で勇者も居るのですし」


 思わずクリスを見ると、顔を真っ赤にしなぜか咳払いを。


「ウ、ウホン。魔王の居城は今は定かではないが、昔から居る。なんどか戦争も起こっていたのは史実にもあるしな」

「ここ200年ほどは特に戦争もなく、勇者でありながらも魔王討伐せずに生涯を終える方も何代も居たのですよ」


 イリーナの説明になるほどと頷く俺。魔法の勉強はしたが、この世界の歴史などはまだ全然だったからなぁ。


 ともあれ、戦闘を終えた俺達は、崖上から渓谷を覗き込んだ。

 遠目だが、灰色のヒョウのような猫科猛獣やピンクのスライムが、こんがり焼けた翼竜達をむさぼり始めている。


「渓谷の生態系、にしては何か変だな。あの狭いとこにあんなに居るもんかな?」

「まるで、モンスターが渓谷に押し込められているみたいですね」


 俺の質問にミユが感想を言うと、ナっちゃんが思わぬ回答をした。


「おそらく、魔力溜まりから吐き出されたモンスターなのでしょう。あの灰色猫はガルレインターマ。この辺には居ないはずです。ピンクスライムは居る事はいますが、あんなに集まることはないです。分解毒を持っていて、互いにも食い合うはずです」


「となると、寺院跡から出てきているのか。盗賊達がいるなら、あれらを防衛に利用して、別口の出入り口を使っているのかもしれないな」


 俺の感想に皆がそれだ! と。あれだけ派手な戦闘をしたから見張りに気付かれている可能性もあるが、寺院まではまだ距離がある。これだけの戦力なので、気付かれていたら正面突破、上手くいけば裏口からの侵入というプランを立て、俺達は寺院跡へ向かう事にした。

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霊魂入替えで異世界行ったら不死な魔導師の身体でした-迷宮塔の魔法使い- しゆ @tojima-shu

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