第15話 人は変わるもの?

 3人でたき火を囲んで焼きジャガを食べていると、クリスが夜空を、正確にはそこの浮かぶ都市の幻影を見ながら聞いてきた。


「シン、あれはシンの居た世界の光景なのか? 確か、地球とか言う?」


 そう、地球で、霞ヶ関で俺が見上げていたような幻影都市の風景が、こちらの世界でも見られるのだ。しかも、映っている内容は地球どころか日本の建造物。あれは、東京のスカイツリーじゃないか。


「ああ。俺の居た、日本という国の建造物だ。スカイツリーと言って、恐らくラウィーネルスタンの塔の3倍くらいの高さがあるんじゃないかな」

「そんなにか! どれだけ凄い魔法使いが住んでいるんだ!?」

「いや、それは違うよ。向こうの世界には魔法使いはいないんだ。魔法という言葉はあって憧れる者も沢山いるが、魔法使いは地球にはいないんだ」


 地球には魔法の痕跡……おとぎ話等の物語にはよく出てくるが、現実に魔法使いは存在しない。代わりに科学という学問が発達しており、自然界の理はすべて科学で証明されている。その技術を正しく理解していれば誰でも手足の代わりに機械を動かし、錬金術の代わりに様々な材料を作り出し、あれだけの大きな塔を作ることも可能なのだ。


 また、ナっちゃんに与えた電磁ライフルのような、銃という武器によって騎士は廃れ、地球には騎士はいない。警察や兵士が銃を持ち、モンスターもおらず、あるのは人と人の対立による戦争や犯罪、テロリズムであり、火神アーヴィヌの最大規模の魔法にも似た効果を発揮する巨大な槍がボタン一つで発射される世界だ。


 これらの事を二人に説明してみたが、やはり中々理解しずらいようだ。それでは、セフィニアから地球に飛び込んでいったラウィーネルスタンはどうしているんだろうか?

 カルチャーショックを受けているのか、嬉々として未知の知識を吸収しているのか。

 俺は幻影都市を見つめながら、大魔法使いが日本の公務員の身体で何をしているのか少しばかり気になったのであった。取りあえず犯罪者になっていなければいいけど。




 神木真吾の身体に入ったラウィーネルスタンは、順調に公務員の仕事をこなしていた。

 最初の一日こそ戸惑ったが、真吾の記憶や知識を肉体から読み出し、新聞とテレビを覚え、地球儀を見、パソコンの操作と電気エネルギーや通信技術と言ったものを理解し始めるとそこからは上達が早く、最初の休日には図書館へ行って科学図鑑や世界史、日本史の類いを読みふけった。

 宗教関係の本を読み、やがてはオカルトの類を読み始めると、気がつけば閉館の時間である。司書に促されて退館すべく歩くと、一日中座りっぱなしだった事と飲まず食わずだった事から、ラウィーネルスタンはよろめきながらも盛大に腹の虫を鳴らした。


「大丈夫ですか? そんなにふらふらになるまで読書してるなんて勉強家なんですね?」


 うふふふ、と言う笑い声と共に声を掛けてきたのは司書だ。黒い長髪の、眼鏡を掛けた美しい女性。半袖ベージュのニットシャツを着ており、豊かな胸元に思わず視線が向いてしまうラウィーネルスタン。


『とっくに枯れ果てた爺のつもりじゃったが、若い身体に影響を受けているのか? ついつい目が向いてしまうな』


 ラウィーネルスタンの視線に気付かないのか気にしていないのか、司書がそのまま話し続けてくる。


「私も仕事上がりなので、良かったらこれから一緒に食事しませんか? 読書好きな方とはお話が合いそうですし。私、新庄美夏しんじょうみなつと言います」

「ああ・・・・・・僕は神木真吾です。確かに食事も忘れて一日勉強していましたよ。自覚したら目が回ってきました」

「あら、それ大変! ちょっとコンビニ寄って行きましょう!」


 美夏に引っ張られるように真吾はコンビニに連れて行かれ、取り急ぎオニギリを買い込んで、店先で食べる。そこから先は、美夏に連れられて近所の居酒屋へ。

 生来、食事に無頓着であったラウィーネルスタンは、この日、初めて日本でビールやワイン、日本酒といった飲料や焼き鳥や枝豆、揚げ物などの居酒屋料理を味わいカルチャーショックを受け、さらには、美夏と一晩過ごすと言うリア充な体験をしてしまう。この出来事を本来の中身であったシンが聞いたらなんと思うであろうか。


 それから半年が経ち、ラウィーネルスタン、いや、神木真吾は完全に日本での生活に馴染んでいた。元々は好き勝手に探求しようと考えており、公務員を続けるつもりもなかった男であるが、この世界では社会的地位が重要だと言うことも今では理解している。

 結局、公務員は続けながらも人一番仕事の効率を高め、無能な上司を真っ向から論破し、国会待機以外は残業を一切せずに余暇を地球の勉強や魔法の探索、美夏とのデートに費やしていた。


 真吾が今見ているのは宿舎のベランダから見上げている今日の幻影都市だ。魔法研究に疲れを感じたので休憩がてらベランダに出ていたのだ。


 夜空のオーロラ状のスクリーンに、見覚えのある球状屋根のついた尖塔を幾重にも重ねた城が映っている。宮廷魔術師タンドラーが支配する、メルージャ大陸最大の王国ロテカンスの王城ローテ。地下迷宮を抱えたその造りは、ラウィーネルスタンとして若い頃に侵入した事はあるが、非常に入り組んだ厄介な迷宮であった。

 しかし、今、真吾の脳裏によぎるのは次元震の事である。


 おそらく、ラウィーネルスタンの塔と霞ヶ関との位置関係からするに、王城ローテは八王子の辺りと座標が被っている。地下迷宮の魔素溜まりの影響は、こちら側にはあまりなさそうなことに一安心出来るが、あまり悠長な事も言っていられない。


 最近の調査によって、ようやく、多神教の中に契約印に使えそうな文字を見つけ始めていた。

 地球では、どうやら一神教の神が高位霊命体の中でもかなり上位な存在として君臨しており、そこには契約印は存在せず、人々の信仰と地球の魔素を自動で吸い上げる仕組みを構築しているようなのだ。

 一方、多神教の神々は細々と生きながらえているが、契約印に使えそうなルーン文字やサンスクリット文字はあるものの、その技法が失われていたのである。


 地球で魔法を復活させることは、地球の魔素を消費する事にもなるし、場合によってはセフィニアへの魔力送信や次元震対策としての魔素封印や対抗魔法構築も出来るかも知れない。

 その為には世界を回る必要が出てくるが・・・・・・そろそろ美夏に配慮しながらの活動では時間に余裕がなくなってきており、美夏に事情を明かして魔法使いの世界へ引き釣り込む事も考えねばなるまい。


 真吾は室内に戻り、実現出来そうな魔法の研究を再び開始することにした。部屋のカーペット下には既に魔方陣が構築されている。あとは召喚の魔法文字の選別にもう少しと言ったところだ。若い頃には良くこの作業をしたものだと懐かしくも思いつつ、まだ見ぬ未知の神々との交信に期待を寄せながら、再び解明作業に没頭する真吾であった。




 野営の交代のために夜中に目を覚ました私は、何か良い匂いがすることに気が付いた。どことなく香ばしい、それでいて獣脂臭い気もするがなんであろう?

 香水とも違う匂いが気になったが、イリーナが起き始めたので私もさっさと支度する。クリスはベッドで寝てままだが、今夜は彼女の当番ではないから羨ましいことだ。


 裏口ドアから外へ出ると、シンとミユがたき火を囲んでいた。鉄で組んだ三角の台座に鉄棒を渡し、そこに夜間をぶら下げている。たき火周りには銀色の丸い大きな石ころのような物が転がっていた。


「ご苦労さん、ルベリア、イリーナ。寝起きだろうからコウヒを沸かしてあるよ。それから、そこの銀色の包みはカウポを焼いた物だ。ここに猪脂と塩があるから、これらを付けて食べると良い」


 コウヒは眠気覚ましによく使われる木の実を煮出した物で、シンの説明では地球には似たものとしてコーヒーと言う物があるらしい。言葉そのものも似ていることは不思議なものである。

 銀色の包みの説明になるほどと頷きながらも、その匂いがさっきのものと同じである事に私は気がついた。

 アルミホイルというものの説明に、地球にはこんなものがあるのかと感心する。なんと冒険者向きな道具なのだ。そして、焼きジャガという地球名の、カウポと塩と油の組み合わせ。起きがけではあるが、これは美味い。


「もしかして、クリスもこれを食べた?」

「ああ、途中で様子見に来てくれたので同じ物をね」


 なるほど、それで寝室でもあの匂いがしたわけだ。それ以上に、様子見にクリスがこちらに来ていたことが微笑ましかった。シン達と出会う前の彼女ならそんなことはしなかったであろう。

 勇者クリスの護衛兼導き手として、ロテカンス王国騎士団第二隊長であった私がこの任務を受けた時は頭痛がしたものだ。あの跳ね返り娘とどうやってつき合っていくべきか、それが問題であったのだから。


 イリーナも、教会から私と同様の理由で派遣されている。ナシュロン神とアレクサン神を信仰する教会は、旅の供として、また、教会の影響力や名声をあげる理由として、私と同様にイリーナを遣わしたのだ。

 その彼女も、私と同様、クリスには手を焼いていた。

 しかし、今ではクリスも反省し、成長し、私とイリーナ2人の苦労は激減している。なにしろ、シンの指導は結構容赦ないし、クリスもシンの言うことには素直に従うようになってきているのだ。むしろ問題は、イリーナである。


「シン様、お願いしていたアレ、もっと頂けませんか?」

「いや、アレは・・・・・・勘弁してよ、この前渡した程度のものしか味と安全の保証出来ないし、これ以上はあまり作らないぞ」

「そこをなんとか! あの、痺れるような酸っぱさ、病み付きなんですよ!」

「ような、じゃなくて実際に痺れてるんだろが! この変態僧侶がっ!」

「ああっ! いけない私をもっと叱ってください、シン様っ!

「どうしてこうなった・・・・・・」


 頭を抱えるシン。そうなのだ。イリーナは最初にシン達と戦った時の、スッパイタマシャブローと言うアメ玉に填まってしまったらしい。酸味まではまだ理解出来るが、身体の麻痺感に味を占めたイリーナは、ミユに頼んでいくつかアメ玉を貰い、そして一度に二個口にしたあげく、麻痺が強すぎてお漏らしまでしてしまったのだ。

 ナっちゃんに大目玉を食らい、下手をすれば心臓も麻痺するからとシンにもお説教を喰らったイリーナであるが、それらすらもイリーナにとっては快感に変わってしまったらしい。


 王立教会の敬虔な信徒として有望株なために、今回のクリスの旅に遣わされたはずのイリーナが、まさかこんな事になるだなんて。


「身体が不自由を感じるほど、神の教えに近づける気がするのです。私の魂のステージは、この度に出て間違いなく! 飛翔出来たのです! ですからシン様、あのアメ玉は是非、もっと沢山お願いします!」

「カウポでも口に突っ込んで少し黙れっ!」


 香ばしいカウポで口を塞がれたイリーナは、目を白黒させながらも咀嚼し始め、もぐもぐごっきゅんと飲み込んだ。


「この喉詰まり感も中々ですね」

「味の感想を言えよっ!」


 この旅が終わったとき、イリーナを堂々と教会に帰せるのだろうか。

 私は、先のことを考えるのを止める事にした。



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