第14話 たき火を囲んで

 女の子とふざけあえるって楽しいね。こんなやりとりは俺にとって結構な御馳走である。

 日中のそんな一コマを思い出してにやける顔をミユに見せないように注意して気持ちを切り替える。


 野営場所は炎の魔法で下生えを焼き払い、邪魔な木は風魔法でなぎ倒して腰掛けに、さらに余まった木材は簡易的な木柵として周囲に配置してある。労働力は自らもさることながら、“影の護衛シャドウ・エスコート”で呼び出した浅黒い細マッチョ――元のラウィーネルスタンの身体――を操作して作業をこなしていた。


 そう、俺はこのために自ら肉体を鍛えていたのだ。新たな肉体を持つと同時に、多数の契約印を持つ身体を戦士のモノに作り替え、自分で仕上げた装備を身につけたラウィーネルスタンの身体――長いから今後はルスジーと呼ぶ――を戦神ファルカスに預け、呼ぶだけで瞬時に、必要な部位だけを出現させて戦う従者として設定したのだ。


 結果、肩口から腕を出現させて四本腕のように振る舞うことも、まったく見えないままルスジーを侵入させることも、胴体を自分の目の前に出現させて肉盾とする事も可能だ。

 さらには、ルスジーを介して直接俺が契約していない印を用いた魔法も使える。


 今これからも、俺はルスジーを介して霊命体を呼び出し、俺自身との契約交渉を行うのだ。大規模な魔方陣を書かずとも、身近に契約者がいればこそ可能な霊命召喚。


 俺は早速、まだ俺が契約していない霊命体の一体、契約神バイルを呼び出す。俺の前に巨大な半透明の天秤が出現しバイルが俺に語りかけてきた。


「我を呼び出す者も久しいな。我と契約を望むのは汝か?」

「貴方は商売と交渉と契約を司るのだろう? 特に交渉において貴方の審判の力は重要だ。バイル神よ、是非、力を貸して欲しい」

「ふむ。ならば見返りに汝は何を払うかね? 標準の対価は汝の命だが?」


 そうきたか。当然、自分の命を払うつもりはないが・・・・・・さて、バイル神が好みそうな支払いはなんだろう? そして俺が払えるものは・・・・・・


「後払いでも良いか? 貴方の力を使った最初の交渉時に、自分が相手に負けたらこの魂を捧げよう。自分が勝った場合は相手の魂を持って行くと言う事でどうだ?」

「良かろう。その言葉、努々ゆめゆめ忘れるな?」


 巨大な天秤は姿を薄れさせて消え、再びたき火に照らされた夜の森の静けさが訪れた。これで俺の身体の何処かに、契約神バイルの印が出現しているはずだ。

 向かいに座っていたミユが心配そうな顔をする。


「大丈夫なのですか? あんな契約をして?」

「元々、言いがかりを付けたり力を笠に着て無理を通そうとする相手用に考えていたからね。想定済みだよ」


 この異世界セフィニアでは日本に比べて社会的なルールと強制力が少ない。無法者や権力者がわがままを通す事は充分に考えられるし、そう言う状況って一番嫌いなんだ。悪党悪事のフラグをへし折る為にも、バイルの天秤は必須だと思っている。そして、この力を向けるべき相手を1人だけ、俺は今から想定している。


「ミユ、これから俺達は西方に向けて進む事になる。そうすると、ガレウーロ渓谷というところがあるらしい。ナっちゃんの話では大きな魔素溜まりがあるそうだ」


 俺の言葉にミユは理解している、と頷くが。


「ガレウーロ渓谷は、ミユの村を襲った盗賊団、“暁の暴風”が本拠地にしているらしい。頭目の名前はカンゼロン。おそらく行けば激突するだろう。ミユにとっては敵討ちのチャンスだ。以前は答えが出なかったけど今回はどうする?」


 ミユは俺の言葉に驚く。一瞬、瞳が彷徨い彼女の迷いが表情に出たが、すぐにまっすぐ俺を見つめ返すミユ。


「私の敵討ちが主で皆の手を煩わせるつもりはないのです。でも、行き先が同じだというのであれば……その時はお願いします。敵が討てるなら私、父さんと母さんの、村のみんなの、仇が討ちたい!」

「お前の覚悟、確かに聞いた。ならば一緒にやろう。盗賊団は壊滅させるぞ」


 ハイ、と返事をするミユに俺は微笑みかけ、これで重い話は終わりなので今度はたき火をいじり始める。実はこの中に最初に仕込んだものがあるんだよね。


「シン、それは何です?」

「まぁ、お楽しみって奴だよ。野営するんなら夜食が欲しいところだし、こいつは欠かせないと思ってさ」


 俺は視線を周囲にぐるっと回しながら、裏口ドアをそっと一瞥して確認した。

 そのまま手は止めずに、木枝を使って銀色の物体を転げさせる。拳大の大きさのものはアルミホイルだ。なんとかこっちの世界で再現出来たもの。そして中に包んでいるのはこちらで言うところの“カウポ”。いわゆる地球のジャガイモである。


 影精ヤンディの印があると、“影カバン”が使える。影の中にある程度、モノをしまい込んでいつでも出せる便利な魔法だ。俺は影カバンの中から猪の脂を取りだした。昼間仕留めた猪から取れたもので、バターがないために代用として確保していたのだ。


 後は塩の小瓶も取り出して、と。


 アルミホイルの塊を熱さに気をつけながら向き始めると、香ばしく、なおかつ炭の匂いも混じる良い匂いが漂い始める。一部表面が焦げているのだが、だがそれが良い。カウポを二つに割ると、ホクッとした黄色い芋が現れる。そこに猪の脂を落とすと芋の熱でジワッと溶け出し、甘い匂いも漂い始める。後は塩を振って。


 目を見開いて釘付けになっているミユに半分渡す。


「こ、これって!?」

「美味いと思うよぉ。さ、食べてみるか」


 火傷しないように慎重にかぶりつくと、ホクホク感とジャガイモの甘み、脂のジュワっとしたコクと甘み、塩加減でしょっぱめの部分と控え目の甘みの部分、両方の味が楽しめる。


美味うめぇ~!」

美味おいしいっ!」


 俺とミユは思わず叫び、2人でニッコリと笑い合う。やっぱキャンプの焼きジャガは美味い!


 と、そこへ。


グウゥ~!


 ニヤリとしつつ裏口ドアを俺が見つめると、観念したかのようにドアが開いた。隙間が空いてるのさっき見てたからな。そこからバツが悪そうに現れたのは赤髪と同様に顔を真っ赤にした寝間着姿のクリス。


「べ、別に・・・・・・2人が野営初めてだって言うから気になっただけで・・・・・・ちょっと様子だけ見るつもりだったんだからね」


 何このツンデレ発言。まぁ、こういう時は相手の土俵に乗って上手く転がした方が良い。


「そうか、心配してくれてありがとうな。良かったらクリスも食べていくか?」

「ううん、こっちこそ覗いててご免なさい。あんまり美味しそうな香りだから・・・・・・頂いても良い?」


 俺が頷いて焼きジャガを差し出すと、クリスは目を見開いて湯気の立つ焼きジャガを見つめ、そのままかぶりつく。もしかしたら炎神アーグィヌと火精ファラガと契約しているから熱い食べ物はわりかし平気なのかも。ハフハフと美味しそうに食べてるなぁ。


 クリスは半分ほど食べたところで表情を改めて食べるのを中断する。


「あの・・・・・・」


 ん? どうした?


「シンに、しっかり謝ってなかったと思って。最初に会った時、敵として決めつけて酷い態度取ってご免なさい」

「なんだ、そんなことか。別に気にしてないよ」


 実際、ラウィーネルスタンの身体じゃぁ、悪党にしか見えん。

しかも、俺も充分悪巧みしてたからな。しかし、そんなこっちの気持ちも知らずにクリスは首を振って俺を見つめた。


「ルベリアとイリーナからも怒られた。私がずっとわがままだったって。貴族に、そして勇者に生まれて、私は甘やかされて育ってきたって。だから他人を見下して、仲間の意見も聞かないで、都合が悪いことは責任転嫁して。貴方に負けて、ルベリア達に指摘されて、私は人として最低だったんだって、ようやく判ったの。だから、ご免なさい」


 なんてこった! クリスの心浄化フラグがもう立っていたとは! 真面目にデレてきたっ!


「それから、ミユ、貴方の敵討ちの話、先程聞いてしまいました。ご免なさい。でも、その時には私達にも協力させて? 私達はもう仲間よ。そして盗賊団なんて私の誇りに賭けても許せないわ!」


 何というか最後のところがクリスらしいというか。

 ああ、そうか、今ひとつ、クリスを好きになれなかったのは同族嫌悪なのかもな。こいつも悪党フラグをへし折るのが好きなようだが、俺に言わせれば少し足りないんだ。そこが、俺的には忌々しいんだな。ならば、もう少し上手に出来るように助言してみるか。


「聞かれた事は別に構いません。そして、ありがとう。その時が来たら一緒に戦ってください」

「俺からも礼を言うよ。その時は皆で戦おう。それと、クリスに一つ助言だ」


 ミユも今までよりもクリスに心を開き始めたようだ。これなら俺以外との連携もやりやすくなるだろう。そして、クリスは助言と聞いて俺に向き直った。


「俺も悪党は許せないタチなんでな。奴らの思い通りにはさせない、企みを実行寸前に妨害しまくって嫌がらせしながら絶望を与えてやるのさ。その為にはクリス、もっと相手を観察してその心を推測するんだ。場合によっては選択肢を与えないくらいに相手を追い込んでいくのさ。そうすれば向こうに一瞬の希望を与えた分、絶望を深く与える事が出来る。そうして二度と悪さ出来ないようにしていくといい」


 俺の言葉にクリスはなるほど、と言った風に受け止めて考えているようだ。


「そうか、シンは普段からそんな風に考えているのか。確かにあの時も妙に強いスケルトン相手に戦う術を見つけた、と思っていたら、あんな攻めが来たからな。ローション、と言ったか? 随分悔しい負け方だったが、あれがなければ私は最低な人間のままだっただろう。改めて言わせてくれ。シン、すまなかった、ありがとう」


 いや、そんなに言われると、その後のベッドでの出来事に罪悪感が。冷や汗が出始めた。

 ヤバい、遺伝子提供して貰って、実はこの身体の母がクリスだってますます言いづらいな・・・・・・


 俺は、残ってる焼きジャガを食べようぜ、と強引にこの話題を終わらせるのであった。

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