第13話 それぞれの蠢動

 転移陣を踏んで迷宮塔メイズ・タワーの1階に出る。そこから俺達は出口へ向かって通路を進んでいく。流石に一番の最弱層であり、俺、ミユ、クリス、ルベリア、イリーナ、ナっちゃんと6人もいると、雑魚なんて近寄っても来ない。そのまま俺達は門を開けて外へ出た。


 塔の外はじめっとした空気と鬱蒼とした森に囲まれており、1カ所だけ獣道のような細道があった。空は曇天である。考えてみれば、俺が異世界に来て初めての外出なんだな。半年以上引きこもっていた訳だが、それも仕方がないか。何しろ、魔法の知識と新たな身体を揃えるのにここまでかかったのだから。


「さて、外に出たのは良いがどうやって塔を移動させるのだ?」


 ルベリアの問いにナっちゃんが答える。


「まぁ見ててくださいです。家妖精の中でも塔を管理出来るほどの力がないとこれはできない秘技なのです」


 ナっちゃんが塔に向かって手をかざすと、俺達の見る前で塔がどんどんと小さくなっていく。掌に載る位に小さくなった塔は透明な球体の中に収まり、まるでガチャの景品のようになってしまった。ナっちゃんはそれを大事に、自分のリュックサックの中に仕舞う。


「これで準備完了です」

「その塔ひっくり返したりするとどうなるの? もしかして中もヤバいの?」

「中は時間凍結してあるので大丈夫です」


 ナっちゃんの説明に感心するばかりの俺に、クリスが急かしてきた。


「ほら、シン、早く行くぞ! これからは一刻も早く魔素溜まりを消していかなければならないんだ。お前が転生するのを待ってたんだからな」


 若干、顔が赤らめながらのこの言い方はツンデレか? こいつも俺との戦いに負けてからは万事この調子だ。もっとも、俺もクリスに対する接し方をどうしたものか決めかねている。何しろ、この新しい身体は遺伝子上、クリスの息子なのだ。本人にはルベリア達と示し合わせて伝えていないが、もし知られたらこいつはどんな反応するのだろうか。


「さぁ、行きましょう、シン様。まずは西に向かうのですよね?」

「シン、行きましょう。貴方の行くところなら私は何処にでも付いていきます」


 イリーナとミユの言葉に頷き、俺達は、森の中へ踏み出した。




 ダンジョンコアに向き合って情報を収集していたのは少年だ。金の短髪に色白な肌、黒のチョッキに黒のハーフパンツ、黒のサンダル姿。5,6歳に見える少年だが腹筋が割れるほど引き締まった体をしている。少年は床を蹴るように宙に浮かぶと姿を消し、主の居るフロアへ転移した。


 赤い絨毯の中央には柔らかく重ね集めた深緑の毛布を寝床に、大きな乳白色の卵が安置されていた。その前に佇むは黒いローブ姿に銀の長髪の男。

 男のそばに転移した少年―否、家妖精は主に話しかけた。


「マスター、地下迷宮ダンジョンの持ち主は近場で良いから魔素溜まりを吸収して回れって、家妖精ネットワークで通達が来たけど、どうする?」

「フン、次元震対策か。調達班を目一杯出しておけ。この機会だ、大義名分があれば魔素集めも目立つまい」

「吸魔結晶をマスターに増産して貰わないと足りないね。それと、クロノ・ドラゴンだっけ? 本当に上手くいくの?」

「かなり研究を続けてきたからな。理論上は上手くいくはずだ。この卵が孵化すれば、次元を超える手段は確実なモノとなるだろう」

「ならば竜の寝床は家妖精のタキウスにお任せあれ~ってね」


 タキウスはクスクスと笑いながら転移してその場を去って行った。後に残された男は目の前の大きな卵を見つめながら不敵にほくそ笑む。


「竜族に追われるリスクをしてでも盗む価値があったのだ。魔竜創成、なんとしても成功させてみせる」


 黒ローブ姿の魔法使いは集めた魔素を操作し再び卵に干渉を再開するのであった。




 メルージャ大陸東方、ロテカンス王国。ラウィーネルスタンの塔を始めとする幾つかの迷宮を国土に持つ国であり、王城ローテもその地下に迷宮を持つ事で知られている。その王城の一隅に宮廷魔術師タンドラーの部屋があった。


 カーテンで仕切った部屋の奥には、一抱えもある大きな球体水晶―ダンジョンコア―が台座に鎮座している。そのそばには天井から吊られた大きな鳥籠。その中に幼女が1人、膝を抱えてうずくまっている。その瞳には生気がなく部屋の主が歩き回る様子にも何も反応がない。


 タンドラーはうろうろと部屋の中を往復しながらぶつぶつと呟いている。その姿と目を見る者がいれば、間違いなくタンドラーが狂っていると思うであろう。しかし彼はそんなことをお構いなしに自分の世界に入っていたのだ。


「魔素溜まりの回収が大手を振って行える。これは絶好の契機だ! 問題は吸魔結晶が足りるか? 間に合うか? ひよっこ共に手伝わせるにしても魔石を仕入れねばなるまい。騎士団を動かすか? ううむ・・・・・・やはり邪魔なのは騎士団長か・・・・・・」


 タンドラーは鳥籠の幼女に右手を向ける。びくん、とする幼女、否、家妖精。ダンジョンコアが輝きだし、王城内のあちこちを映し出していく。タンドラーは宮廷魔術師という立場を利用し、家妖精を支配して直接ダンジョンコアを操作していたのだ。それどころか、王城までも迷宮の一部と認識させて、自由に内部の情報収集を行っている。


「ロテカンスを強大にするのに今ほどの好機はない! いよいよ陛下にもこちら側に来て貰わなければ。それには騎士団長を迷宮探索に向かわせる餌を用意せんと・・・・・・」


 禍々しく口角を吊り上げたタンドラーはダンジョンコアを操作して色々と作業を続ける。

 日頃であれば魔素集めと言うものは、魔力集め、ひいては勢力拡大と捉えられ、敵対勢力による介入につながりかねない。それ故に自重もしくは慎重にならざるを得ない行為なのであるが、次元震対策としての魔素集めは、高位魔法使い達のタガを外すという、絶好の口実を彼らに与えたのであった。




 森の中、俺はたき火を絶やさないように枯れ枝をくべながら、のんびりと炎を見つめている。結構キャンプって好きだったんだ。大自然の中でキャンプというか冒険してるって感じがして、今の俺はすこぶる機嫌が良い。


 たき火の向かいにはミユが座っている。今夜は俺とミユが野営の見張り当番をすることにしたのだ。何しろ、クリス達と違って俺達二人は冒険者としてはまだ新米。迷宮内の活動には自信が持てるようになってきていたが、野外の冒険は二人とも初めてなのだ。その為経験を積んでおきたかった事もあるし、俺は俺で、空いている時間のあるときに色々と契約の儀式を進めたいと言う理由もあった。


 クリスとルベリア、イリーナは俺の傍らにある茶色いドアの向こう、迷宮塔の50階居住フロアでベッドで寝ている。

 ナっちゃんが家妖精の秘術で何もない空間からこのドアを取り出した時はビックリしたぜ。思いっきり“ど○○もドア”じゃねぇか。最も、当然周りの女性陣はそんな単語は知らないし、ナっちゃん曰く、このドアは“裏口ドア”なんだそうな。ドアを仕舞うとナっちゃんは塔に入れないし、ナっちゃんが塔に入れないと塔の時間凍結の限定解除も出来ない。そんなわけで外部で裏口ドアを守る為の見張りが必要だと。


 食事も塔内居住フロアのキッチンが使えるので、野外生活の不便さはほとんど無い。トイレも使いたいときに中に行けば良いし。最も、日中はいちいちドアを出さないからどうしても外でする事になる。それに関してはクリス達は慣れたモノで、ちょっとお花を摘みに、となるわけだ。ちなみに、一度だけふざけて、俺も一緒に~と言ったら。


シャリィイン!


「じゃあ、シンは命を摘みましょうか」


 抜剣したルベリアが冷たく言い放ったのであった。

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