第4話
「宇宙人っておまえ……」
蒼弥は改めて少女の姿を上から下まで眺めてみる。普通の人間と全く変わりがない、TVや雑誌でみるような巨大なタコやクラゲのような姿とは似ても似つかない姿だ。
「って、おまえはなんで下を履いてないんだ!!」
慌てていて今まで気付かなかったが、改めて少女の姿を確認すれば、上は蒼弥のTシャツを着ているが、下にはなにも履いていなかった。
少女は蒼弥の指摘を受けて、改めて自分の姿を確認するがなにか問題あるのかというようにフンッと鼻を鳴らした。
「しょうがなかろう、着るものを探したのじゃが見つからんかったんじゃ……そもそもわらわの星では服なんてものは着んから、これだって着るのに苦労したんじゃぞ!」
襟元を引っ張りながら少女は答える。
『やめろ、襟が伸びる……』
蒼弥の心の声など届くはずも無く、少女は服の伸び縮みする感覚が楽しいのか襟元を伸ばして戻してを繰り返している。服の隙間から薄い鎖骨が見え隠れし、蒼弥は動揺したがそれをさとられ無いように少女から顔を背けリビングへと歩きだした。
「俺の服を貸してやるから、ついてこいよ」
「おぉ、すまんの。まぁこの上着も勝手に借りておるから例を言うのも今更という気もするが……」
「礼を言うときは素直に行った方がいいと思うぞ」
クローゼットの中から適当なスウェットを出し、少女に向かって放り投げる。無論、この後少女が行う行為について精神衛生上よろしくないため少女の方を向いたりはしない。
少女が着替えのため少し会話が止んだので、さきほど思った疑問を口に出してみる。
「そういえば、宇宙人って人間の姿なんだな。TVとかだとタコとかクラゲのような姿だったり、人間に似てるけど細長いシルエットをしてたりとか、俺たちとは少し違う外見をしてるのかと思ってたよ」
「あぁ、この姿か……もちろん本来の姿は違っとるよ…………むぅ、この紐はなんじゃ?ようわからん」
「それで、体型に合わせてウエストを調整するんだ……って、やっぱり本来の姿と違うのか!?」
「そうじゃ、なんじゃ?そんなにどんな姿か気になるのか?」
もちろんといいながら蒼弥は後ろを振り返った。
「ふ~ん、それじゃ、服を貸してくれた礼に、本来の姿を見せてやるとするか」
服を貸しただけで本物の宇宙人が見られるとは思ってもみなかった……正確にいえば、目の前の少女が宇宙人なのだが、やはり人間の形をして宇宙人と言われてもほぼ実感は湧かなかった。
「それじゃあ、いくぞ!」
言うが早いか、少女の体を青い光が包み込み着ていた服が床に落ちる。そして、少女の姿が部屋から消えた…………。
「へっ?」
「なんじゃ?そんな素頓狂な顔をしおって、そんなにわらわの真の姿に驚いたのか?」
姿は見えないが。先程まで少女がいた空間から同じ声が聞こえる。
「驚くもなにも……」
本当に何も見えない、少女の声が聞こえていなければ突然どこかに消えてしまったのだと思っただろう。
「俺にはお前の姿が全く見えないぞ……」
「なに、見えぬじゃと……あぁ、そうかお主たちの可視領域ではわらわの姿は見えんのか……この星に来る前に調べてお主たちと同じような姿を取るようにしたんじゃった」
ショックだ……だが、突然宇宙人が消えたという謎が解けた。だけど、本物の宇宙人を見られると思っていたのに……。
「もうさっきの姿に戻っても良いかの?」
「あ、あぁ、ありがとう……」
青い光が表れ、人の姿が形作られていく。
「って、なんで服を来てないんだ!!」
再び現れた少女は、何も着ておらず蒼弥はその姿を直視してしまい、慌てて後ろを向き直った。
「しょうがなかろう、人の姿はマネできても、この服とやらはいろいろな素材があるようじゃし、どんなものを作ってよいのかわからん」
蒼弥の背後で、服を着ているようなきぬずれ音が聞こえる。
「宇宙人は服を着ないのか?宇宙に出るんだったら温度の変化とかに対応できないんじゃないのか?」
「いや、特にそんなこと気にしたことは無いのう、わらわ達はきっと環境の変化には強いんじゃろ……よし、もうこっちをむいても良いぞ」
そう言われて、蒼弥が少女に向き直る。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな……俺は、水無月 蒼弥だ。お前の名前は?」
「名前か……そういえば、この星にはそんな風習があるんじゃったな…………残念じゃが、わらわは名前と言うものを持っておらん」
「名前が無くて、どうやってほかのやつを呼ぶんだ?」
「わらわたちは名前を呼ばずとも特定の相手に話しかけることが出来るんじゃよ……とはいえ、この星で名前がないというのも何かと不自由そうじゃな…………」
そういって少女は顎に手を当てて、考え込むような仕草をしたあとに、何か閃いたのかポンと両手を合わせた。
「そうじゃ!わらわのことは『アルタ』と呼ぶといい」
「アルタ」
「うむ、この星で呼ばれておるわらわの母星の名の一部からとった……どうじゃ?良い名じゃろ?」
そう言って、アルタと名乗る少女は大きく胸を張るが、蒼弥の思考は『アルタ』と名前の付く星を考えることに集中していた。
「もしかして、お前が来た星っていうのは<アルタイル>なのか?」
アルタイル……鷲座の中で最も明るい星で、日本においては彦星としてその名前が知られている。
「うむそうじゃ、この星ではそう呼ばれておる」
「たしか、アルタイルって16光年くらい離れてたよな……」
光の速度で16年の距離……現代の科学では到底たどり着けないほどに遠い……
「そうじゃな、この星の時間にすれば、二、三年はかかったかの……なかなかに遠かったぞ!」
「二、三年って……UFOってそんなに速く動くのかよ、それともアレかワープとかできたりするのか!?」
蒼弥は興奮しながら、アルタの肩をつかんで揺さぶった。
「ええい、離せ、この痴れ者が!!」
肩をつかんでいる手を、アルタが両手で弾き飛ばす。
「UFOの能力とか仕組みとか言った話はできん」
「なんでだ?」
「なんでってそういう決まりなんじゃよ」
「決まりって……宇宙人に法律でもあるのかよ?」
「この星で言う法律とは少し違うがの、わらわ達宇宙人同士で、他の星の生物には技術を無闇に教えぬように約束しておるのじゃ」
そんな決まりがあったのか……だがそんな程度で簡単に引き下がれるはずがなかった。
「そこをなんとか……この通り」
そう言って蒼弥は額を地面に擦りつけ、両手を合わせてアルタを拝む。
「いくら頭を下げられても、できんもんはでき…………ん~、そうじゃお主、わらわの目的にちと協力せぬか?そうすれば成行き上仕方なく教えることになったということで言い訳もたつ!」
「目的?」
アルタの突然の提案に蒼弥は床につけた頭をアルタへ向ける
「そうじゃ、どうじゃ協力するか?」
「急にそう言われても……いったいどんな目的なんだよ?」
「ふふっ、なんじゃと思う?」
アルタは笑っているが、その真意が計り知れない。蒼弥は頭に浮かんがことをそのまま口に出した。
「やっぱりアレか、目的は地球侵略とか・・・・・・」
「ちきゅうしんりゃく?・・・・・・っぷ!あははははは、ち、ちきゅう、しんりゃくか・・・・・・そんなこと考えたこともなかったわ・・・・・・あははは」
なにがそんなに面白いのかアルタは眼に涙を浮かべるほどに笑い転げた。どうやら、人類を敵に回すような自体にはならないようだ。
「なにが、そんなにおもしろいんだよ!」
「いや、じゃって地球侵略・・・・・・っく、っく、っく・・・・・・」
よほど地球侵略という単語がツボに入ったのかアルタは腹を抱えてしばらく笑っていた。
「あー、よう笑った。こんなに笑ったのは生まれて初めてじゃ……」
「よかったな、なんで地球侵略ってのがそんなに面白かったんだよ?」
「そうじゃな……お主にわかりやすく話すとしたら……ほれ、この星に動物園とか水族館とかあるじゃろ、その動物たちがいきなり来園者に向かって『僕達を侵略する気だろ』って言われたらどうじゃ?」
どうじゃと言われても、まず動物がしゃべったことに驚くだろうが、それに驚かなかったとして考えれば、その突拍子のなさに驚くか、笑うか、慌ててそんな気が無いかを説明するかそんなところだろうか……つまりその考えでいくとアルタはまん中だったのだろう。だが、人間を動物園の動物に例えられたのは気に食わない。
「俺たちは宇宙人にとって動物園の動物と同じようなものなのか?」
「そんなに腹を立てないでくれ、例えが悪かったのはあやまろう。すまん」
アルタは蒼弥に向かって両手を合わせて、頭を下げた。
「ただ、それだけ地球人は珍しいということなんじゃよ」
頭を下げながらアルタは説明する。
「宇宙広しといえども地球人のような進化を遂げた生命体は居らん。じゃから、わらわ達は遠い星から長い時間をかけてこの星までやってくるんじゃ」
「そんなに人っていうのは珍しいものなのか?」
「そうじゃ!まさにお主たちは宇宙から見たら奇跡のような存在じゃ!」
そう言ってアルタは蒼弥を見つめてニッコリと微笑んだ。
「さて、話が脱線してしまったの。わらわの目的は乗ってきた宇宙船、UFOの修理じゃ!」
「やっぱり墜落したのか」
蒼弥の頭にさっきの神社にあった大きな穴が浮かんだ。
「うむ、なんでかわからんが急に調子が悪くなっての、あそこの社の近くに落っこちた……」
「けど、あの周辺にUFOの残骸なんて無かったぞ……あったとすれば、俺が拾った石みたいなものくらいだったけど……」
「それがわらわの乗ってきたUFOじゃ!」
「は?」
「じゃから、あの石みたいなものがわらわの乗ってきたUFOなんじゃよ」
「それは……残骸的な意味でか?」
「ちがうわ!!」
ポコンとアルタに頭を叩かれる。
「さいわい飛行する機能が壊れただけでほかの機能は大丈夫だったからのう、落ちたところで船体を小さくしたのじゃ」
「UFOって大きさを自由に変えられるのか?」
「当たり前じゃろ?降りてきた時の大きさでどっかに置いといたらすぐに発見されるではないか」
たしかに……最近の人工衛星は数メートル単位の大きさの物体を識別できると聞いたことがあるから、蒼弥の出会ったUFOは十数メートルはあったからその大きさであればすぐに補足できてしまうだろう。
「調べたところ、飛行用の部品の一部が壊れておった。この星でその部品の代替品を見つけて取り付ければ、元通りに飛べるはずじゃ」
「そんな部品地球で見つかるのか?」
「う~む、そこなんじゃよな。まぁ、心当たりが無くはないんじゃが、そこでお主の協力が必要になるわけじゃ……まぁ、これ以上のことは協力してくれなければ話せん、どうするんじゃ?」
蒼弥はここまでの話をあらためて整理してみる。アルタと名乗るこの宇宙人は動物園とかに遊びに来る感覚でこの地球に来た。そして地球に着き地上に降りようとした時にUFOにトラブルが起きて落下した。その時UFOを小さくしたが、自分がそれを拾ってしまいこの部屋に現れた。壊れてしまった部品の代わりを探すために協力して欲しいといったところだろうか。
「ひとつ質問していいか?」
「なんじゃ?」
「俺が帰ってきてシャワーを浴びてる間、お前は姿を見せずにどこかへ行こうと思えば行けた筈だ。それをなんで俺に見つかるように音をたてて、わざわざ俺に見つかったんだ?」
「それは……そのなんじゃ……」
とたんにアルタの歯切れが悪くなる。こころなしか頬が赤くなっているようにも見える。
「なんだ?なにかたくらんでるのか?」
「そんなものはない……むぅ、なんといったらいいのかのぅ…………その……」
アルタは両手の人差し指をつつきあわせながらはずかしそうに言った
「協力してもらうとしたらお主が良いと思ったんじゃ……」
「なっ!」
そんな顔は卑怯だ。そんな顔をされれば蒼弥は首を縦に振るしかなかった。
「わかった…………協力するよ」
「ほんとうか!?」
パッと花が咲いたようににこやかな笑顔を蒼弥へと向ける。
「では……交渉成立じゃ!」
アルタはパンッと両手を合わせた。
「では、一つ神秘体験をさせてやろう……」
「しんぴたいけ……」
蒼弥は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。突然、アルタが顔を寄せてきたかと思うと自分の唇を蒼弥の唇に重ねてきたのだ。
「なっ!!」
驚いて目を白黒させつつ、蒼弥は先ほど重ねられた唇の感触が残る口を手でおさえた。
『なにをそんなに驚いておる』
「なにって!そりゃ、いきなりキスされればおどろきも……!?」
突然のアルタの行動に怒ろうとした蒼弥だったが、アルタの唇が動いていないことに気がついた。
『どうしたんじゃ?そんな驚いたような顔をしおって?』
「だって、口が動いて……」
アルタの声は耳からではなく頭の中に直接響くように聞こえてくる。
『言ったじゃろ?神秘体験をさせてやると、ちょいとお主の閉じられておった精神を開いてやった』
「精神を開いたって……どういうことだよ!」
テレパシーというやつなのだろうか。精神だけで会話をする。蒼弥にとっては漫画かゲームの中の世界でしか考えられなかったし、そんな能力が自分に備わっているなど考えたこともなかった。
『うるさいのぅ、そんなに言葉を発してギャーギャー騒ぐでない、せっかく開いたんじゃからその能力を使えばよかろうに』
「使うって言ったってどうやって……」
『心を鎮めて、思うだけで良い。本来人には言葉をやり取りせずとも精神だけで想いを伝える術を持っておった。いつの頃からか、その能力があまり使われなくなり閉じられていったんじゃが、その扉さえ開いてやれば今でも使えるはずじゃ……』
「そんなこと言われても……」
心を静めて思うだけと言われてもどうしたら良いのかがよく解らない。
『というか、お主さきほど使っておったではないか?』
「使ってた……」
どういうことだろうか。そもそもアルタと会ってから今までずっと普通に会話しかしていない。
『そうじゃ、たしか……『俺はなんで空が好きなんだろう』とか』
「はっ?」
その言葉はたしかアルタのUFOを見る前に蒼弥が考えていた事だ。
「おまえどこでそんなこと聞いたんだよ」
『そんなの、船の中に決まっておるじゃろ?』
唐突に浮かんだ感情を誰かに聞かれていた恥ずかしさから蒼弥は顔を赤らめた。
『まぁ、その思いでわらわも救われたんじゃがな』
「えっ?」
今アルタはなんと言ったんだろう?救われた?
『いや、待てその話は無しじゃ、それよりお主の能力の話じゃ。さきほどのように心を静かにして思ってみよ……』
アルタは慌てたように話をそらした。
「そんなこと言っても、何を思えばいいか……」
『なに、簡単なことじゃ。心を静かにわらわの名前を呼ぶだけで良い』
アルタが蒼弥の背中に回り、落ち着かせるようにゆっくりと蒼弥の肩をなでる。
『心を静かに……』
首にあたるアルタの呼吸に自分の呼吸を合わせる。
『そうじゃ、ゆっくり落ち着いて……わらわ呼んでみよ』
そのままの心で静かに相手の名前を呼んでみる。
『……アルタ…………』
「なんじゃ、蒼弥よ」
蒼弥の耳元でアルタの声が聞こえた。
蒼弥が振り返るとニコリと微笑んだアルタの顔がそこにはあった。
「無事に成功したようじゃの?」
「聞こえたのか?」
「うむ、もちろんじゃ。あとはその感覚を忘れなければどんなに距離が離れようともわらわと話ができる」
「どんなに離れてもか?」
「あぁ、そうじゃ!何光年離れていようが問題ない!」
アルタは薄い胸を大きく張った。
「ああっ!」
そんなアルタを見ながら、蒼弥はふと時計を見た。時刻は日付を大きくまたぎ三の文字を指していた。
「やばい、さっさと寝ないと寝坊する」
「あぁ、そういえばこの星の住人達は日が落ちている間に睡眠とやらを取るらしいの」
そう言ったアルタを見て、蒼弥ははたと困った。
「……おまえはどこで寝るんだ?」
部屋には一人分のベットしかない、他には机とテレビ位しか無い部屋なので、寝るための道具はひとつとしてなかった。そもそも、同じ部屋で同年代の男女が寝るのも精神衛生上よろしくない。
「あぁ、心配せずともよい。わらわは船の中におる」
いつの間に取り出したのだろう。アルタの手には蒼弥が神社で拾ったあの小石が乗っていた。
「それに入れるのか?」
「元の姿に戻れば簡単じゃ、この服はこのまま借りていくぞ」
アルタの体を青い光が包み始める
「あぁ、ちょっと待ってくれ」
「なんじゃ?」
「おやすみ。アルタ」
「!!」
そう言われて、アルタは面食らったような顔をした後、顔をほころばせた。
「うむ、おやすみ。蒼弥」
そう言い残すと、服ごとアルタの姿が消えて、小石だけが残った。
『まぁ、話そうと思えばさっきの能力で話せるがの?』
頭の中で再びアルタの声がする。
「なんなんだよ……」
ずっこけながら蒼弥は悪態をついた。そして、出会ってから気になっており、結局聞けずにいたことを思い出したので、聞いてみる。
『そういえば……お前のその口調は一体何なんだ?』
『口調……あぁ、これか……』
少しの間の後、先程まで見ていたアルタの輝くような笑顔が目の前に見えるような声で答えが返ってきた。
『かわいいじゃろ?』
ある日天(そら)から落っこちて 此花 しらす @saffrn
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