第10話 結合(10)
セツナには、ダリアの瞳の中に何かがユラユラと揺らめいているように見えた。
「セツナ...」
「はい...」
瞳の中の何かは、物悲しさであると感じた。
どうしてダリアが切ない表情をしているのか、この時のセツナには分からなかった。
「あんたには今、幾つかの選択肢がある...」
「選択肢...」
「そう...言うならば数多の未来への道から、一つの運命を取捨する分かれ道に立たされているんだよ」
「......」
ダリアとセツナのやりとりを無言で聞き入るユナとノノ。
ダリアの言葉の陰に、哀しみ...厳しさのようなものを二人は共に感じていた。
「あんたが選ぼうとしてる未来は、長くて、辛くて、厳しい道かもしれない...知らなければ良かったと思う真実を知り、心が壊れるほどの苦痛を味わうかもしれない」
「......」
「それでもあんたは、言い伝えなんていう不確かなものを信じて、自分を...自分が何者なのかを探すって言うのかい?」
セツナは食卓から立ち上がり、ダリアの足元で眠るアマルの側に膝をつき頭を撫でた。
「ダリア、そんなに厳しい言い方しなくても...」
ダリアの方へ体を向けて、膝の上でギュッと手を握り、唇を噛み締めるユナ。
「いいんだ、ユナ」
セツナはスッとダリアの前に立ち上がった。その動きに反応するようにアマルは首を持ち上げた。
「!」
セツナの目を見たダリアは目を見開いた。
セツナの瞳が全く濁りのない流水のように透き通り、その奥に光のようなものを見たからだった。
「そうかい...覚悟は出来てるんだね」
「はい!」
「あんたは本当に綺麗な心を持ってるねぇ...一点の曇りもないっていうのは、こういうことだって思い知らされるような綺麗な瞳だよ」
ダリアの表情が、先ほどのように優しい微笑みに包まれた。
「明鏡止水...」
不意にノノが呟いた。
ノノの言葉に皆が驚いたように振り向く。
「なんだよ!私だってそれくらいの言葉くらい知ってるよ!」
ノノは顔を赤らめ、照れ隠しのように再びシチューを頬張り口をモグモグ動かしている。
「その覚悟は本物かい?」
「俺、知りたいんです。自分が何者なのか。どんな真実を見つめることになっても...どんなことが起ころうとも。立ちはだかる事実から逃げちゃいけないって...そう思うから」
暫しダリアはセツナの瞳を見つめる。それはセツナの覚悟が本物かを推し量っているようだった。
「そうかい。それじゃぁ私にあんたを止める筋合いはないねぇ」
ユナがフッと力が抜けたように肩を下ろした。
「あんたが通ってきた森を抜けて、二つほど山を越えた辺りに[ランティス]っていう小さな街があるから行ってみるんだねぇ」
「ランティス...」
ダリアの話を聞いていたユナが凄い勢いで立ち上がった。
ガタンッと座っていた椅子が鳴り、アマルが驚いたように立ち上がった。
「あの森を抜けるだなんて...そんなの無理よ!」
声を荒げるユナを初めて見た。
言葉を続けられないユナの代わりにノノが話し始めた。
「誘いの森...あの森はそう呼ばれてんのさ」
「誘いの...森?」
「そう...あの世とこの世を結ぶ幻想の森」
相変わらずシチューを口に運ぶノノの表情が真剣なものに見えた。
ノノの話に続けて次はダリアが話し始めた。その表情から、並々ならぬことが起きていることを暗示していた。
「ここ最近、あの森には妙な噂が絶えなくてねぇ...」
「妙な噂?」
「そう...元々あの森は聖なる力を宿す森と言われてきたんだよ。異世界と重なり合う場所だとか、常世の国への入り口だとか。」
「異世界?...常世?...」
「最近、あの森でこの世のものではない獣の声や不吉な影、七色の蝶の目撃...あまりいい噂が立たないんだよ」
「そんな場所を越えるなんて無理だよ!どんなに覚悟があったって...」
セツナは俯くユナを振り返り、自分でも驚くほど落ち着いた声でユナに胸の思いを口にした。
「ユナ...ありがとう。それでも行くよ、俺。もう決めたことだから...」
ユナの瞳からは涙が溢れ、まるでその涙と同調するかのようにセツナの瞳からも涙が零れていた。
「誰のために流す涙も、その涙は必ずその人間を成長させるものだよ...明日は晴れるといいねぇ」
ダリアの瞳からも光るものが零れ落ちた。
こんなにも心配してくれる人がいて、こんなにも優しい人達に囲まれるこの夜が、永遠に続いたなら...そんなことをふと考えるセツナだった。
食べ終わった食器を片付けるノノが、目を擦り鼻をすすっていた。
アマルは前足に顔をのせて目を瞑っていたが、ピョンと立った耳だけは辺りの様子を窺うようにヒュイヒュイ動いていた。
雨は止んでいた。
東の空が明けてくるまでの間、その空で星は光り輝き続けた。
誰が為に流す涙か ~†幻想の旅人†~ 聖那 @setuna-ku
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