第9話 結合(9)

涙を流しながら料理を口に運ぶセツナを見たノノは...


「泣くほど美味い?そこらの料理人が作るよりは確かに美味いけど...」


セツナは慌てて涙を拭った。

そんなセツナの様子を見て、ユナは持っていたスプーンを置いた。カタンッという乾いた音が静かな部屋に響いた。


スプーンですくったシチューを、大きく開いた口に運ぼうとしていたノノの手が止まった。

キッとした顔で見つめられていることに気付いたからだ。


「ノノ...」


「なっ、なんだよ...」


ユナの真剣な眼差しにノノは少したじろいだ。

ノノの目を暫し見つめユナは話し始める。


「あのねノノ。セツナは自分の名前以外、記憶がないの。」


「記憶が?」


ノノはそっとスプーンを下ろしセツナを見つめた。

ノノの目は同情...?のような哀切を感じた。


「えっ、じゃぁ自分の家の場所も?家族のことも?何処に住んでて、どういう生活してたのかとかも?」


矢継ぎ早に訊ねるノノに、コクリとセツナは頷き、俯いた。

そんなセツナの様子を見て、ユナは声高に言った。


「そっ!だーかーらー!ノノは毒舌禁止だからね!」


「だっ、だれが毒舌だよ!」


口の前で人差し指を立て、ユナはわざとらしくおどけるようにニコッと笑った。

ノノもユナの気持ちを察し、合わせるようにパッと笑顔で返した。


そんな二人の気遣いにとても救われた。悲しいとき、苦しいときにこそ笑顔でいなければ.....と言われてるような、そんな思いをセツナは二人から感じた。


「ありがとう。ユナ...ノノ」


俯いていたセツナは顔を上げ、瞼にいっぱい溜まった涙が溢れだしたが、涙はこれが最後だ、と心に誓った。


頬を流れ落ちる涙を拭って、ノノ、ユナへと視線を移す。


「俺...」


さっきまで涙を流していた時とはうって代わり、何かを決意したような、凛然としたセツナの表情に二人は少し驚いた。

これから口にする、セツナの思いを真剣に聞こうと背筋を伸ばす二人。


「俺...ダリアがさっき言ってた言い伝えの意味、調べてみるよ。」


「言い伝え?」


ダリアの話を聞いていないノノが聞き返す。


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七色の蛍火が舞ふ頃

全ての歯車は廻り始む

幾つものうつつが重なり合ふとき

その者異世界よりうちいづ

同じくして邪悪なる存在が

この世を暗闇に覆ひ

あらましごとのすべてを

打ち壊さむとせむ


森は静寂を忘れ

山は威厳を失ふ

僅かなるかげだに呑み込まむとする闇


彼らの運命が交はり

彼らがそれを受け入れしとき

悲哀に満ちしげに終わりを告ぐる

古の化身がその身をもちて闇を引き裂かむ

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「俺とユナが見た七色の蝶と、言い伝えに出てくる七色の蛍火が、もし同じものを指してるなら、あとに続く言葉も俺には意味があるような気がするんだ。」


「なんかよく分かんないなぁ...言葉が難しいし!えっ?っていうかそんな不気味な蝶々見たのかよ!」


次から次へと理解しづらい話しに、ノノは怪訝と驚きの表情を見せたが、セツナとユナの真剣な表情に、自分の中に沸き上がる色々な感情を圧し殺しているようだった。


揺り椅子を揺らし、それまで口をつぐんでいたダリアは、足元に敷いた毛布の上で目を瞑るアマルを見つめて、三人へと視線を移した。


ダリアの視線に気付いたセツナは、その表情から先ほどのような優しい微笑みは消え、寧ろ固く強張っているように見えた。

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