第8話 結合(8)
部屋の静寂を破ったのは扉が開く音だった。三人はほぼ同時に扉の方へ顔をむける。
扉からカチカチと床を掻く足音を立ててユナに走り寄る小さい影。
その容姿は狼とも狐ともとれるものに見えたが、すぐに犬だとわかった。
ユナの手を頻りに舐めている。
体躯は細く茶色、耳がピョンと立っているのが特徴的で、とても優しい瞳をした犬だった。
「アマル!」
そう呼んだユナはアマルを抱き締めた。するとアマルは細い体をブルブル震わせて、嬉しそうにユナの顔をペロペロと舐めている。
パタンと扉が閉まる音にセツナは振り向いた。体に付いた雨を払うかのような仕草で、子供が扉を後ろ手に閉めて入ってきた。
「突然降ってきやがって!冗談じゃないよ...」
女の子?...男の子?...どちらか判別が難しい。声音からは女の子?のような...容姿や言葉遣いからは男の子?のような...
セツナはその子をじっと見つめていたが、そんなことは気にしない様子でユナに話しかけた。
「なんだよユナ、来てたんだ」
「久し振りだね、ノノ」
ユナが笑いかけるその子は、14~5才位の木こりのような緑色の服を着た子供、ノノ。
見慣れないセツナに少しだけ興味を持ちつつ、横目で一瞥してお腹を擦っている。
「腹減ったなー、なんか食い物ない?ダリア」
「まったく...お前は節操がないねぇ」
呆れ顔でそう言いながらダリアは台所がある奥へと姿を消した。
ダリアの姿を視線で追いかけるノノ。
「それで?何かあったの?」
ノノは大した興味などなさそうにダリアが座っていた揺り椅子に腰掛け、ユラユラと椅子を揺らしながら訊ねた。
「あったって言うよりは...これから何かあるかもって感じ?」
「ふーん、これから何かねぇ」
話にはほとんど興味がないように頭の後ろに手を組み、ダリアが作っている料理を待っているようだった。
「で?そこのお兄ちゃんは?何者?」
空中を見つめる目は、セツナに少し興味が湧いてきたように思えた。
「失礼にも程があるよ、ノノ」
「待ってました」
ダリアの言葉を無視するかのように、ピョンと椅子からジャンプして料理を載せているお盆に近付き、鼻で大きく息を吸って臭いを嗅ぐ。
ノノは側のテーブルに座りダリアが作った料理を頬張り始めた。美味しそうにモグモグ食べるノノの姿を見て、セツナは自分もお腹が空いていることに気が付いた。
「さぁ、みんなの分もあるからお食べ」
羨むセツナの表情に気付いたダリアは、笑顔で更に二人分を運んできた。
ノノの目の前に座って、運ばれてきた料理を口に運んだセツナはなんとも言えない懐かしさを感じた。
「美味しい」
セツナはボソッと呟いた。
「そうかい、まだまだあるから遠慮せずにいっぱい食べるんだよ」
揺り椅子に腰掛けたダリアは満面の笑顔でセツナ達を見つめ、ゆっくりと椅子を揺らし始めた。
(何故だろう...凄く懐かしい感じがする...)
料理を口に運ぶセツナの瞳から、涙が零れ落ちていた。
何かが頭の中に浮かんでから、弾けるように消えた。砂漠に映る蜃気楼のように、それを欲するほど遠く霞んでいくように思えた。
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