第三章 弐

 作之助は神崎がいる部屋を乱暴に開けた。

「おい神崎!」

「だからァ、ノックしてくださいってェ」

 無視する。

 作之助が神崎のところへ自分から行くのは久しぶりだった。本当は来たくないけれど、来ずにはいられない理由がある。

「紅蓮の様子はどうだ?」

「ドア閉めてくだ」

「どうなんだって聞いてんだ」

 掴みかかる。すると神崎はやれやれとでもいうように呆れて見せた。

「今はてんで駄目ですねェ。まあ、二、三日すれば復活するでしょうねェ」

「な……」

(こいつ……)

 怒りを覚えた。こっちは真剣なのに、ヘラヘラしてる。ぐっと拳が震えた。

「天泣は死んだんだぞ」

「そうですよォ。殺したのはあなたじゃないですかァ」

「もっと深刻に考えろよ。そうでなきゃアイツが」

「うるさいです」

 報われない、と言わせてくれなかった。どうでもいい、という態度だ。

「ワタシの考えに間違えはありません。後は時を待つだけです。あなたは黙っていてください」

 作之助は神崎の服から手を放した。

(また、俺じゃどうにもならないっていうのか)

 天泣は悪くない。人を殺したけれど、死ぬ必要なんてなかったんだ。むしろ生きるべきだったんだ。

 天泣と最後に対面した時の事がよみがえる。

 天泣は自分が死ぬことを知っていたようだった。前から勘が良くって、なんとなく察していたらしい。「作之助隊長。これ、紅蓮に渡しておいてください」と言って封筒を渡してきた。それから、刀を握る自分に向かって深々と頭を下げたのだ。思わず、しばらく呆然とした。気がつけば天泣は乗っていた船の縁に立っていて、「斬っていいですよ」と笑ったのだった。そして自分は震える手で刀を握り直し、天泣の肩口を斬って、海に突き落とした。最後まで天泣は笑っていたように見えた。死体の確認はできなかった。

 あのとき、どうして天泣は笑っていたのだろうか。死ぬって分かっていて、どうして笑っていられるのだろう。全然分からない。怖くなかったのだろうか。まだ生きたいって思わなかったのだろうか。

「ちょっとォ、聞いてますゥ?」

「あ?」

 現実に呼び戻された。出来るだけ恨みを込めて神崎を睨む。

「そろそろ出て行ってくださいねェ。こちらもやることあるんでェ」

「……」

 作之助は無言で部屋からでた。扉を閉め、思いっきり蹴飛ばす。神崎は大して迷惑しないだろうが、やらずにはいられなかった。

 どうにか怒りをおさめようと歩きだしたとき、紫陽が駆けてきたのが見えた。

「隊長!」

「今じゃないとだめか?」

「駄目です!」

 ここでようやく紫陽が慌てているのに気がついた。それに、基地全体がなんだか騒がしい。

「何があったんだ?」

 冷たい水を掛けられた気がした。段々冷静になっていく。

「それが、侵入者がいたんです」

「侵入者!? 誰か分かっているのか?」

(またか……! 多いな最近)

「それが、それが……」

 紫陽は言いにくそうだった。緊急事態にそれでは困る。思わず作之助は声を荒げた。

「言え!」

「雫ちゃんなんです」

「は?」

 雫って、あの?

 紫陽は泣きそうになっていた。

「もう研究員が特権使って隊員を動かしていて……。どうしましょう」

(動いている、だと)

 一瞬で全身から血の気が引いた。

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