恋物語は置いといて

SOY LATTE

第1話

 高校生活二年目の冬。俺は絶望した。


 私立春日芸術高専に通う17歳の俺は、余り目立ちはしなかったが特定の女子と仲が良かった。

 クラスメイトの櫻井巴、幼馴染でお節介な城島雪観、後輩で人懐っこい伊原日向。この三人とそれなりに仲良く、時にはいい雰囲気になりながらも夏を過ごし、文化祭を終えて、冬休みに合宿したり、リア充と言っても過言じゃない生活をしていた。


 だが正月に見た初夢。それは、今の俺“田井中陵“を主人公とするエロゲーをやっている、別の俺の記憶だった。


 即座に理解した。あれ、これって【キャンバスは君の涙】ってエロゲーの中じゃね?……と。


 じゃぁ世話焼きで毎朝起こしに来たり、食事を作ってくれる若奥様的な幼馴染の雪観も。


 クラスメイトで大和撫子で超お金持ちの令嬢でお見合いを壊した事もある、ちょっと控えめだけど芯の強い巴も。


 子犬みたいにくっついてじゃれて来る姿が可愛くて頭を撫でて、雪観達に怒られながらも離れない後輩の日向も。


 全部プログラムされた存在……?


 そう理解してしまえば、絶望までは超特急だった。

 ははは、俺が心の中で誰を選ぶべきかと葛藤してたり。やっぱりお前が好きだ!告白しよう、とか考えてたのも全部シナリオ通り。本当なら正月に心を決めて、三学期の全部を使って恋を成就させる


 ふざけんなよ。


 幸い冬休みの真っ只中。正月になったばかりの今日、全ての運命に逆らうように俺は家を出た。

 答えは見つからない。どうすれば良いのかも分からない。けれど俺の足が止まることはなく、気が付いたら鯉ノ湯温泉郷とやらに訪れていた。

 これでも天才画家とは言われずとも、秀才程度の評価は得ている。金も少しは持ち合わせがあった。


 温泉郷でふらついていると、二人の女子が歩いている。片方は学校で見たことがある。黒髪ロングながらふわふわとウェーブがかった髪に、手のひらから溢れそうな巨乳。しかし大き過ぎず美乳と言っていい形を保っている。あれは日向の友達で八島とかいうモブ女子だ。綺麗だけど、あの三人程個性はない。何せあの三人は信号機ヘアカラーだからなぁ。

 だがもう片方の女子を見た時、息を呑んだ。モブの隣に主人公がいる。そう思っても仕方ないくらい、個性に溢れた美少女が居た。

 白髪ショートヘアに、片目が緑目のオッドアイ。白くキメ細かい肌は触り心地が良さそうで、つい手を伸ばしそうになる。なのにその瞳には、周囲を警戒している鋭さが含まれていた。

 俺は歓喜した。何せ何処へ行っても、誰を見てもモブにしか見えなかったのだ。今この時、世界がガラリと変わるのを感じた。


「おや、田井中画伯なのじゃ。久しいのう」

「!?」

湊姉みなとねえ、のじゃ口調は普段からなの?」

「……!?」


 のじゃ!?何そのキャラ、濃いな!!八島って普段そんなキャラじゃないじゃん!ふわふわ女子で常に敬語なキャラだったじゃん!

 確か人気キャラ投票で上位に食い込んで、追加ヒロインに抜擢されるかどうかって話だったじゃん!


 それに何隣の娘。声が低い………………男?男なのか!?ぶっちゃけ攻略対象の何倍も可愛いこの子が男だと!?

 そうか、男の娘とかいうやつだな?きっとそうだ。くそ、ここまで来て今度はホモゲーになっちまったのか?


「そんな事ないのじゃ。学舎では一般的な敬語で接しているに決まっておろう」

「じゃー、その言葉使いにビビってんだろ?」

「そうかのう?インパクト的には天璃には敵わぬと思うのじゃが」

「否定はしないけど。で?こいつは敵なの?それともモブなの?」


 俺が、俺がモブ……そうだな、モブでありたかった俺は、が主人公の世界ではモブで在れるのだ。


「俺はしがない、モブの画家だ」


 恋物語は置いといて、俺はモブとしてこの人の物語を見ていこう。

 そう決めると、張り詰めていた何かが消えるのを感じた。きっと帰っても、彼女たちは変わらないだろう。それでも、俺が変わったのだ、きっと大丈夫。




「モブか。良かったねおにーさん、敵だったら蹴り倒してたよ」


 そんなセリフを言いながら、笑ったその笑顔に、俺は涙を流していた。







 新学期。そこまで一切身を出さずに過ごした俺は、ここで漸く身を晒す。

 しかし、誰も俺を俺とは気付かない。それも当たり前だ。今の俺は、俺の理想とした女子の姿なのだから。

 自分のことながら、絵の才能は化粧にも適応されたらしい。どう見ても、俺は女子にしか見えなかった。


「あの、どうしたんですか、日向さん。とても元気が無さそうなのですけど」

「あー、お馬鹿の凌ちゃんが何処かに行っちゃったのよ、探さないでくださいって書き置き残して。それでこの子落ち込んじゃって。全く、私には一言くれても良いじゃないの」

「うぅー、先輩の温もりが無いのです、先輩の匂いが無いのですうぅ」


「やっ、久しぶり!」


 だから、はモブになる為に、男である事を捨てようと思う。


「えっと、どちら様ですか……?」

「ん……?何この娘、何処かで見た様な……」

「ふんふん、くんかくんか。オカシイノデス。せ、先輩の匂いがするデス」


「あはは、そんなの当たり前だよ」


「凌様の行方を知っているのですか!?」

「もしかして、凌ちゃんの彼女……なわけ無いわよね、有り得ないよね?」

「まさかもうお二人は、お互いの匂いが付いちゃうくらい激しい関係なのです!?」


「違うよ、ボクが凌。田井中陵、本人だよ!」


 一拍置いて、絶叫。それに気づいたのか、周りの生徒たちも野次馬のように集まりだした。

 これは丁度いいかもしれない。

 力無く崩れ落ちる三人を前に、宣言する。


「二年C組、田井中陵。本日から女子生徒として生きていきます!男のボクは探さないでくださいね?」


 再び絶叫が校舎を響かせる。暫くはこのニュースで賑わうことだろう。それでも、ボクは巫山戯たシナリオは無視して生きていく。

 例えあの夢が幻だとしても、掴んだこの世界は確かにボクの物だから。

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