7 夢

「ああ、やっと見つけた」

 声が言う。

「こんなところにいたんだ」

 そう続ける。

「探したよ」

 わたしには甘く優しい響き。

「もう離さない」

 嘘だとわかっていても心が揺れる。

「わたしもよ」

 誰かが言う。

「待っていたわ」

 そう続ける。

「でも信じていた」

 誰だろう。

「何処に隠れていたって絶対に見つけてくれるって」

 本当にそう信じられたら、どんなに良かったか。

「夢だからね」

「そうか、夢か、道理で……」

「衿子さんには好きな人がいないの」

「敢えて挙げれば自分かな」

「寂しくない」

「寂しいって、どんな感情……」

「知らないの」

「いいえ、知っているけど」

「嘘つきなんだ」

「そんなことないもん」

「意地を張ると可愛いね」

「どういたしまして」

「これまで可愛いと言われたことはないの」

「親戚の叔母さんとかだったら、あったかな……」

「ふうん。叔父さんにはないんだ」

「子供のときから男にはウケが悪かったから……」

「ホラまた、そうやって不貞腐れた顔をする」

「これは地顔よ」

「笑った地顔だってあるくせに」

「まあね」

「でも誰にも見せない」

「そんなことはないわ。見たがる人がいないだけ」

「そんなふうに衿子さんが思っているだけでしょう」

「じゃあ、安弐さんは見たい」

「見せてくれるのなら」

「そう。はい、ではこれよ。ニッ」

「一部、頬が引き攣ってない」

「緊張を解くのは浩弐さんの役目」

「なるほど、そうか。じゃ、こんな感じで……」

「あははは。くすぐったい」

「可愛くなったよ」

「あら、そぉう」

「ホラ、すぐ元に戻る」

「ならば、どんどん緊張を解いてくれなくちゃ」

「じゃあ、次はこうか」

「あはん、でもくすぐったいだけ」

「目が潤んできてるぞ」

「安弐さんと会う少し前にお酒を飲んだからよ」

「何故、酒を……」

「正直言うと、ちょっと怖かったから」

「今はどうなの」

「今でも怖いわよ。……ああ、ダメだったら」

「まだ何もしてないよ」

「じゃあ、この手は何さ」

「それ、ぼくの手じゃないから」

「ヘンな言い訳」

「それは衿子さんを愛するすべての人の手だよ」

「相変わらず、口だけは達者」

「口だけじゃないさ」

「そう。……なら愉しませて」

「じゃ、アーン」

「アーン」

「……」

「……」

「(どんな感じ)」

「舌先って甘いんだ。わたし、初めて知ったみたい」

「キスしたことがないの」

「まさか。でも内心では嫌々だったのね。自分では気づかなかったけど。もっと……」

「今度は衿子さんの方から」

「恥ずかしいわ」

「すでに裸になっている人の台詞とも思えない」

「あははは……」

「あははは、じゃないだろ。うっ」

「……」

「……」

「奥さん、気づいてるわね」

「妻の話は止してくれ」

「康江さんが以前、安弐さんのお父さまの女だったから……」

「なんだ、知ってたのか」

「ええ、全部を。若い頃に安弐さんのお父さまに騙されたことも知ってるわ。お父さまが昔在籍していた医学部の悪いお仲間から薬を手に入れたことさえ」

「まいったな」

「どう、醒めた」

「わからないな。あっ、コラッ」

「安弐さんって、思ったより神経質なのね。すっかり小さくなってる」

「ええと、オホン」

「そしてイジイジしても戻らない。そうか、どうやらトラウマだったようね。気づかなくて、ごめんなさい」

「うっ、うっ……」

「あら、ダメよ。泣くのは卑怯……」

「衿子さん、頼む。優しくしてくれないか」

「イヤよ。優しくして欲しいんだったら、さっさと奥さまのところに戻りなさい。安弐さんのことを本当に愛しているのは安弐さんの奥さまの康江さんだけ。そんなことに気づきもしないなんて、ああ、なんて情けない男」

 そこで去るのがわたしの約束。

 康江さん、当てが外れなくて良かったわね。

 悔しいけど、わたしの負けよ。

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