僕らとどこかのこと 炎(かぎろ)うふたつの牙(5/6)

(承前)


 目の前にいる男は手を差し伸べたまま、微動だにしない。こんな危機的状況にあって、自分は女子の格好かつ化粧もしているなんて、あまりにも間抜けだった。体は硬直したまま、たくさんの疑問が縦横無尽に脳内を駆け巡る。

 ――この人は何者なんだ?

 ――俺を何だって?

 ――あの山羊頭との関係は?

 ――なんでみんな眠ってしまったんだ?

 固まった全身をよそに、脳細胞だけが目まぐるしく発火を続けている、そんな自覚があった。

 何も反応できない俺を見かねたか、黒い青年はこちらに伸ばした手を引っ込め、背筋を伸ばす。値踏みするような目が、じっとこちらを見下ろした。ややあって、再び相手が口を開く。


「"罪"という、我々の組織はご存じですね」


 ここに至って、俺は気づいた。相手の声が二重に聞こえることに。おそらく、本当は外国語を話しているのだが、どういう仕掛けがあるのか、抑揚のない合成音めいた日本語が、喉あたりからリアルタイムで流れてきているのだ。と同時に、元の言葉も極めて平坦な調子であるのを耳が拾う。今時、携帯のバーチャルアシスタントですら、もっと人間的に喋っているだろう。

 からからな喉を唾で潤してから、何年ぶりかに発声するような心持ちで、疑問を返す。


「俺を……殺しに来たんじゃ、ないのか?」

「違います」


 否定の声は素早かった。

 俺はさらに混乱した。それじゃ、何だっていうんだ? さっき、歓迎するだとか意味の分からないことを言われた気がする。"罪"についてはヴェルナーから、彼らが世界的なテロリスト集団であり、「命を狙われる可能性がある」と聞かされているだけだ。鵜呑みにしていた説明と違う点があるとするなら――俺には分かることは少しもない。

 ルカは言葉を重ねる。


「通称影と呼ばれる組織はご存知なのでしょう。我々とあなたとの関係性については、いかがですか」


 関係性? 意味が分からなくて、口だけがぱくぱくと動く。これまで得た情報から、俺を昔誘拐した山羊頭たちが"罪"の一員であることは決定的だったが、あの夜の一件に「関係性」という言葉を持ち出すのはそぐわない気がする。まだ他に、何かあるのか。俺の知らない、俺の情報が。

 ルカと名乗った敵であるはずの男は、そのぎらぎらする双眸で、高い位置からただただ俺を眺めている。


「可哀想に。何も教えられていないのですね」


 そう、ため息のように漏らされた言葉。語義とは裏腹に、微塵も可哀想とは思っていない口ぶりだった。

 ――可哀想って、何だ? 敵であるはずの人間が、どうして俺にそんなことを言うんだ?

 意味深長な呟きに、胃の奥底の方がすっと冷えていく心地がした。得体の知れない負の感情が、ひたひたと迫ってくる。自分はこの感情を知っていた。影という組織に触れてから、何度も何度も味わったから。

 ずっと前から自分の人生は決められていて。罪という組織に狙われていると分かっても、俺にできることは何もなくて。

 そんな諦念。そんな無力感。

 ついさっきも輝の前で、彼を含んだ日常との隔たりを噛み締めていた。今まででも打ちのめされるには十分だと思っていたのに、それ以外に――それ以上に、何かがあるっていうのか?

 不意に、近くで金属の触れあうやや重い音がした。


「そこまでだ。そのお坊ちゃんから離れな」


 続いて発せられた凄みのある声は、聞きなじみのあるもの。しかしいつもの軽薄な調子ではなく、張り詰めた硬い響きを帯びている。

 左後方に目をやると、すぐ近くにヴェルナーが仁王立ちしていた。前方を睨みつけ、構えた拳銃の暗い銃口は、ルカに迷いなく突きつけられている。

 赤毛の青年は顔を固定したまま、流し目でうずくまったままの俺に視線を寄越し、


「やあ、ずいぶんと扇情的な格好だねえ。龍のお坊ちゃん」


 軽口を叩き、片目を瞑ってにやりと笑う。その合間にも、銃の照準はびたりと黒い男に合ったままだ。重苦しい雰囲気を振り払うかのような、力強い彼のほほえみに、強張った手の力が少しだけ抜けていくのを感じた。

 ヴェルナーは前方に目線を戻し、じりじりとルカへの間合いを詰める。反対に黒い青年は、じわじわと後退して距離を取る。

 そのあいだにも赤髪の男の口は働くのをやめない。口ぶりは飄々として常のようであったけれど、よく耳を澄ませばやはり、緊張したものが混ざっている。


「知ってるぜ。あんた、ルカってんだろ?」

「ヴェルナー・シェーンヴォルフ……」

「はっ、ボスの右腕たるあんたにまで名が知れてるたあ、光栄だね」

「ご謙遜を。我々の中であなたの名前を知らない者などおりません」

「敵に持ち上げられても嬉しかねぇなァ。ところで"罪"のお坊ちゃんよ、こんな極東の国まで優雅にお散歩かい?」

「そこの彼と話をしに来たのです」


 ルカはヴェルナーの放言には取り合わず、その声遣いはごく淡々として起伏がない。二人とも声量は静かだが、空間には主導権争いの透明な火花がばちばちと散っている。会話の内容は日本語だったけれども、予備知識の少ない俺に意味を汲み取ることは難しかった。

 上背のある二人が睨み合うのを横目に、俺はヴェルナーが現れたことで、多少は落ち着いてこの状況を把握し、思考も回るようになっていた。

 現実感が薄れ、どこか虚構を眺めるような心持ちで、鍔迫り合いめいた無言のやり取りを注視する。ヴェルナーが銃を構えるのを見たときは、いきなり発砲するのかとひやりともしたが、周りに大勢の人間が身動きできない状態で密集しているのだ。少し考えればそんな蛮行はできないと分かる。

 俺はルカにぶつけられた、冷たい言葉を反芻していた。

 ――可哀想に。何も教えられていないのですね。

 何も。教えられていない。俺は影の人たちに、何も教えられてないっていうのか? 何か、隠し事があるとでもいうのか?

 その言葉が心の芯まで浸透したとき、見えるものの形が変容したように感じた。俺はヴェルナーと会ったあの夜から、影の人たちが自分側に立っていて、相容れぬ対岸に"罪"があるのだと解釈していた。それは物事の本質を捉えたものではなかったのでは?

 俺は本来、どちら側にも属していなくて、影と"罪"との対立のあわいに立つ存在なのではないか。獣の牙のように鋭い影の思惑と"罪"の思惑、そのふたつが交錯し、摩擦熱で陽炎かげろうが立つほどの境界線。そここそが俺の立ち位置なのではないだろうか。

 ――だったら、俺はどうすべきなんだろう?

 そこまで滔々と考えを巡らせて、


「ヴェルナーだけじゃないわよ」


 唐突に場に割り込んできた、凛とした女性の声にはっと我に返る。俺とヴェルナーとルカが音の源を見るのが、ほぼ同時だった。

 今度は俺の右後方だった。すらりと背の高い、眩いばかりの金髪をひとつに結った女性が、小さめだけれどごつごつした印象の拳銃を構えている。光沢のある濃紺の膝丈のワンピースを着ていて、それがなぜか、一部が銀色の銃に妙に似合っていた。

 その女性に見覚えがなくて戸惑う。それよりも、ヴェルナーがひゅうっと口笛を吹く方が早かった。


「ロッティちゃん! どうしたの、その服。すごく似合ってるね、素敵だよ」

「今は目の前のことに集中しなさい、ヴェルナー」


 いきなり口説き始めた軽薄男を、ロッティと呼ばれた女性が構えを崩さぬまま、ぴしゃりとたしなめる。ヴェルナーははーい、と素直に受け入れて体勢を整えた。女性に軽口を叩くあいだにも、銃口が全くぶれないのはさすがというべきなのか。

 見知らぬ女性が何者なのか、深く考える脳のリソースは今の俺にはなかった。どうやら影側の人間ではあるらしい、というだけの浅い理解で精いっぱいだ。思ってもみないことが起きすぎて、驚きの感覚も徐々に麻痺し、逆に何にも無感動になってきている。

 次に声を発したのは、こちら側の男女のやり取りを静観していたルカだった。やや緩んだ空気も凍てつかせるような、極度に冷めた声音。


「あなたがシャーロット・エディントンですか」

「そうよ。顔は覚えていなかった? 一応、こっちの赤毛の彼よりもたくさん、あなたたちを捕まえているのだけど。覚えていた方がいいんじゃない?」

「これはこれはご丁寧な挨拶、ありがたく頂戴します」


 シャーロットというらしい女性の挑発めいた発言にも、ルカは眉ひとつ動かさない。慇懃無礼に胸に手を当てて小さく会釈する様は、圧倒的な余裕を感じさせた。

 それより、と語尾を奪うシャーロットの声色は、先ほどよりやや熱を帯びている。上側だけが銀色に光る銃が、改めて黒い男に突きつけられる。


「この状況はあなたたちの仕業なんでしょう。どういうからくりか話しなさい。なぜみんな眠ってしまったの」


 そう詰問されても、二人がかりで急所を狙われていても、死神のような青年はまったく平然としている。石像かと見紛うほどの、非人間的な立ち居振る舞い。ぞくり、とまた背筋が寒くなった。

 彼がそろりと右腕を掲げ、体育館側面の開け放たれた扉の、その外を指で示す。


「ドローンが何機か飛んでいるのをご覧になったでしょう。あれらは我々が用意したものです。あのドローンから、ヒトに対して催眠作用のある音波を飛ばしているのです――この学校の敷地を全て覆うように。ご安心下さい、人体に悪影響が及ぶものではありませんので。音波が途切れれば皆目覚めます。さらに、敷地内と敷地外は亜物質障壁で仕切ってあります。そのため、外から新たに人が入ってきたり、この事態が外部に漏れたりする事態は起こりません」


 おごそかな、己の業績でも誇るような口ぶりに、思わず目を見張っていた。あの黒いドローンは"罪"のものだったとは。てっきり学校が撮影用にでも飛ばしているのだと思い込んでいた。亜物質障壁なるものが何なのかは理解を超えているが、まるで影側の後始末にも配慮しているような説明の仕方が、常軌を逸した不気味さを感じさせた。

 一方で、単に眠っているだけという話にほっとする気持ちもあるのは事実だ。未だに腕の中で規則正しく寝息を立てている未咲に視線を落とす。どうして俺が眠らないかは疑問だけれど、ただ寝ているだけだから、きっと大丈夫。ルカの説明が嘘でないなら、この状況が解消されれば、みんなすぐに目を覚ます。

 でも、未咲やみんなのために、自分でできることがないのが歯痒くて、噛み締めた奥歯がぎりりと呻く。

 ルカの説明が予想外だったのはヴェルナーたちも同じらしく、チッと鋭い舌打ちが聞こえた。


「そんな大それたことをして……何が目的なんだ?」

「あなたに話す義理はありません。そこの、少年に話があります」

「そうかよ」


 じゃあ、と不敵な笑みを取り戻したヴェルナーが会話を受ける。


「飛んでるドローンを全部撃ち落としゃあ、この状況は解決するってわけだな。そうだろ?」

「その選択肢はお勧めしません。そうなれば我々も全力で阻止しなければならなくなりますので。今回は事を荒立てるために来たのではないのです」

「何だと……?」


 ルカが軽く左の掌を差し出すような仕草をして、こちらの陣営にさっと緊張が走る。


「私もお訊きしたいことがあります。なぜ、あなた方が眠ってしまわないのか。我々は身につけた機器が生み出す振動によって、催眠波を打ち消しているのですが」


 伸ばされた手は翻って首元に添えられ、黒シャツの襟をぐいと引っ張る。喉仏の張り出した首の根元には、小さいコインほどの大きさの、金属のボタンのようなものが張りついていた。説明から察するに、外部の催眠波の波を、そのボタンめいたものから生じる波で打ち消す、という原理らしい。ある音波に、正反対の山と谷を持つ音波をぶつけると波が消失するという、あれだ。

 ヴェルナーは不敵な笑いをさらに深くする。


「あんたらの技術があんたらだけのものだと思うなよ」


 そうして空いている方の指先で、初対面の日からずっと胸元に揺れている、黒いクロスのネックレスをとんとんと叩く。


「きっとこいつが働いてくれたんだろう。俺もいつそんな機能が実装されてたのかは知らねえがな。おたくらのそのボタンとおそらく機構は同じだ。この首輪は高性能すぎてね、俺たち組織の駒にゃ知らされない機能がたっぷりだ」

「なるほど。それは確か、あなた方の識別票代わりでもありましたか」


 両陣営が納得する中、やり取りに着いていくので必死な俺は、ヴェルナーのネックレスが単なるアクセサリーではなかった、その一点に驚いていた。識別票ということは、ドッグタグに近いものなのだろう。彼の皮肉めいた言い方は、逆説的に切実なものを帯びていて、俺はまたヴェルナーたちとの相違を肌で感じている。

 ルカがわずかに目を伏せた。


「それにしても――この催眠波は私どもの最新の成果なのです。既にあなた方が同じ技術を開発しているとは恐れ入りました。さすがは同じ穴のむじなです」


 そんな、挑発とも取れる台詞を真顔ですらすらと述べる。対するヴェルナーは獰猛に笑みながら、


「そうだな、じゃの道はへヴィーってわけだ」

へびね、蛇」


 本気なのか冗談なのか、小声でシャーロットに突っ込まれていた。

 影のメンバーも彼らなりの方法で催眠波の効果を打ち消している。それは分かった。けれど、俺の疑問は解決されていない。


「自分はなぜ眠らないのか、という表情をされていますね」


 不意にルカの両目が俺を捉えて、情けなくも肩がびくりと震える。悪寒が全身に広がって、目を背けたくなった。それをぐっと堪え、最大限の眼力で相手を睨む。ルカの目には何の感情も浮かんでいない。何も読み取れない、無機質な双眸。


「心当たりはありませんか。先ほどあなたの襟元に、我々が所持しているのと同じものを仕込ませて頂いたのです」

「……あ」


 水を向けられ、心当たりならひとつしかなくて、声が漏れる。宣伝のために校内を回っていて聞いた、「初めまして」という声。急いた気持ちでシャツの襟裏をまさぐると、一円玉を数枚重ねたような形の機械がころんと掌に転がりこんできた。黒っぽい外見のそれは見た目より重く、金属のあわいから青い不思議な光がちかちかと瞬いている。これが、催眠波を打ち消す振動装置。

 全然気づいていなかった。耳元に吹き込まれた男の囁き、あれがルカだったのだろうか?

 今度こそ疑問が解消され、場にはお互いの次の出方をうかがう、じりじりと焦れるような時間が流れる。生徒たちが寝入ってから、どれほどの時が流れたのだろう。もう何時間も経った気がするし、実際はほんの十数分なのかもしれない。ほとんど身動きしていない体がぴきりと悲鳴を上げかける。

 次に動いたのは、黒い来訪者の方だった。


「さて、お喋りはここまででいいでしょう」


 冷酷に言い放ちつつ、一旦取った間合いを一気に詰めてくる。ヴェルナーの反応は迅速だった。派手なスーツを纏った影が、俺を庇うように立ち塞がる。


「止まれ。さもないと撃つ」

「どうぞ。私は構いません」


 ルカはさあ、と言わんばかりに長い腕を翼のように広げた。そのあまりにも堂々とした立ち姿に、さしものヴェルナーも一瞬怯んだような素振りを見せた。

 もしかしてこのルカという人間は、銃弾で風穴を空けても死なないのではないか? どうしてだかそんな風に思わせる、人智を超えた底の無さがそこにはある。

 一瞬のうちに二者の視線は交錯しただろう。ルカはもう、手を伸ばせばヴェルナーの額に指が届く場所にいる。俺ですら感じる、息苦しいほどの圧迫感。真正面から相対しているヴェルナーのプレッシャーは、いかばかりか。


「そこをおどきなさい。さもなければ、あなた方の血潮をそこの少年に見せねばならなくなる」


 低く、最後通牒めいた重苦しい響きだ。目の前の大きな背中が小さく揺れて、ヴェルナーが薄く笑っているのが分かった。こんな状況で笑える神経が分からない。それが仮に、虚勢であったとしてもだ。


「あんたみたいな大物を始末するチャンスを、俺たちがみすみす逃すとでも?」

「いえ。――しかしこの状況で争えば、眠っている人間が全員無傷というのは難しいでしょう。あなたたちも多少の犠牲は厭わないでしょうが、前途あるたくさんの若者を巻き込むのは本意ではないはずです」


 ルカは理路整然とした言葉を連ね、ヴェルナーの熱を受け流す。その完全に平坦な物言いでは、前途あるたくさんの若者、というのが良い意味なのかどうか、即座には判断がつきかねるほどだった。

 誰も指一本動かさない。僅かな刺激でこの膠着状態は崩れるだろう。そうすればきっと取り返しのつかない事態になる、一触即発の雰囲気だ。将棋で次の一手を考える時間のような、自分の動悸さえ外に聞こえていそうな、張り詰めた緊張が空間を支配する。

 おもむろに、ヴェルナーが左手を上げて軽く手を振った。何事かと焦ったが、ヴェルナーが緩やかに銃を下げ、シャーロットの方からもわずかな金属音と衣擦れの音がしたことで、おそらくハンドサインだったのだと理解が追いつく。 「埒が明かねえな」と目前の青年がぼやく言葉は、不思議と明瞭に聞き取れた。


「なあ、"罪"のお坊ちゃんよ。ここらでひとつ、追いかけっこでもやらねえか」

「……というと」


 わずかに不審が滲むルカの声。それは俺の心境を代弁したものでもある。突然、何を言い出すのだろう、この突拍子もない男は。

 ヴェルナーは身振り手振りを交えつつ、自らのアイデアを話し始める。


「あんたが逃げて、俺が追いかける。飛び道具はなしでだ。六十秒あんたが逃げ切れたら、お坊ちゃんに言いたいことがひとつ言える。俺があんたを捕まえたら、訊きたいことがひとつ訊ける。ってのはどうだ?」


 沈黙。

 ドローンの低い音だけが聞こえる時間は、そう長くは続かなかった。


「分かりました」

「そう来なきゃな」


 ルカの肯定は割合気軽で、俺は無意識に目を見開いてしまう。相手が提案を受け入れるとは思わなかったのだ。

 そこからの手合わせの準備は速やかに進められた。手出し不要ですので、と微動だにしない山羊頭たちにルカが指示するあいだに、ヴェルナーが金髪の女性に歩み寄る。彼女に銃を預けつつ二言三言言葉を交わしていたようだが、内容までは聞き取れなかった。

 俺は眠り続ける未咲を抱えて、ぎしぎしいう体に鞭打ち、絨毯の脇に移動した。その際にシャーロットがワンピースの裾を股までたくし上げ、そこにベルトを巻きホルスターを吊るしているのを目撃してしまい、目が点になる。見てはいけないものを見てしまった。

 この勝負は一体どんな結末を迎えるのだろう。さっきまで俺がいた場所では、腰をやや落とすヴェルナーと、自然にすらりと立つルカが真っ向から睨み合っている。

 俺の横に立つシャーロットが、腕時計に目線を落とし、涼やかな声を放つ。


「それじゃ、両者とも用意はいい?」


 やがて、五秒前からのカウントダウンが粛々と始まる。俺は思わず生唾を飲み込んでいる。


(続く)

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