13

【13】

 ……翌朝。昨日の騒ぎの収まったスラムの中で、カリマはギルドの正門の前にいた。横には勿論リゼも一緒だ。

「昨日は本当によくやってくれた、ギルドを代表して礼を言わせてもらう」

「いや、いいっすよそんなん。俺は俺にできることをしただけですから。それにリュートに聞いた話じゃ、訓練すればだれでもできるそうですよ、あれ」

「たとえそうだとしても、あの場で出来たのはお前一人だったのだ。お前がやらなければ、今頃もっと多くの被害が出ていた。本当に、ありがとう」

 目の前には憔悴しきった様子のキジナが頭を下げ続けていた。当のカリマは感謝され慣れていないため、どう対応していいか分からない。



 あのときカリマがやったのは本当に単純なことだった。

『いいか、お前は一度私の姿を認識によって歪めている。これによって『竜の肉体はただの認識』であることを理解している。ここまではいいな』

リュートはカリマに向かって念入りに何度も何度も説明していた。後から聞くと言い聞かせること自体にも成功率を上げる意味があったらしい。

『『竜の肉体はただの認識である』ことを理解したお前なら、今暴れている竜も『ただの暴れている人間』として認識できることになる。『ただの人間』として認識出来れば、あとは致命傷を与えればいいだけの話だ。簡単だろう』

 よくもまぁそこまでの詭弁が組めたものだ、とカリマは今にして思う。思い込みって怖い。

 ただ確かに説明を聞いてしまえば、つまるところ竜とはそういうものなのだ。竜が人間の認識によって成り立つ以上、皆が恐れるものだと思うから恐ろしいのであって、恐ろしくないと思えば恐ろしくなくなる。

 カリマは何度もリュートの竜の姿と人間の姿を見たため、人よりも数倍認識を歪めやすくなっていたそうだ。おかげでそういう風に見ようとするだけで、目の前の恐ろしげな二足歩行の竜はただの蜥蜴走りの少年に変わっていた。

 カリマは言われたとおりその少年を一発殴って昏睡させ、縄でぎゅうぎゅうに縛ってその場で放置しておいた。後で聞いた話だが、その場に回収をしにいったギルドの連中はすぐにでも切れそうな縄で縛られ、何故か身動きの取れなくなっている竜を見たという。カリマにしてみればただ少年を殴って縛っただけで感謝されているわけで、納得いかないのも当然と言えば当然だった。

 


「……もう行くのか」

「ええ、あんな目線を覚えてしまったら、もうここに閉じ込もってもいられません」

 あの後、カリマは竜に旅に出ようと提案した。それは自分自身が一度蹴ったはずの夢だ。

 リュートに「お前にしかできない」と言われた後にカリマに向けられた目線の味を、今でも鮮明に思い出せる。それはこのまま脇役のまま行くんだろうと思っていたカリマの人生には決してなかった、主人公が向けられる羨望の目線。大舞台に立ち、皆の期待を一身にに背負う快感。あんなものを受けてしまったあとでは、いつもの生活が無味乾燥に感じられても仕方のないことだった。

 勝利の味は確かに無味乾燥だった。だがその過程で得た羨望の眼差しはとてつもなく美味だった。そうだ、俺は『主人公』になりたかったんだ。皆の羨望を浴びるような主人公に。

 竜はすぐに承諾した。リゼの人格はまだ食われておらず結果としてあの体には二つの精神が同居することになった。リゼのほうはまだ気づいていないが、旅をする間にいずれ話す機会も来るだろう。

 竜に言わせれば、リゼはカリマにいつも羨望のまなざしを向けていたという。自分を助けてくれた英雄として。だとすればリゼがいる限り、カリマ少なくともリゼの中での主人公であり続けることができる。それだけでリゼを連れて行く理由は十分だった。

 今は万人に受け入れられる主人公ではないかもしれない。だけどいつか本物の主人公になって見せると、カリマは固く誓った。


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 結局、胸の内から響いてくる声は誰のものか分からなかったし、自分自身が本当は何者かもわからなかった。けれどリゼにとって、もうそれは、ほとんどどうでもいいことだった。

だって過去なんて些細なことだから。誰であったかよりも、今誰であり、何を目指すのかのほうが大切なのだと、目の前にいる英雄を見て悟ったから。

僕はカリマの弟子だ。今は、それで十分だった。

目の前にいる英雄は、昨日よりも光輝いて見えていた。

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人買いと竜の話 大村あたる @oomuraataru

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