風里殺霊事件
「わたくしが殺しそこねた、哀れなお姉様」
『お帰りくださいませ、探偵の方。わたくしは、そのようなもの存じあげません』
「あの、せめて水晶を直に確認してもらえませんか。インターフォン越しでは、伝えづらいこともありまして」
『わたくしは、
「それでは一つだけ教えてください。風里
『あぁ、八重お姉様。わたくしが殺しそこねた、哀れなお姉様。今はもう風のまにまに。……お帰りください。ごきげんよう』
~~~
「とりつく島もないとはこのことかー」
『手土産くらい用意しろ♡』
「ぐぬぬ。あんな洋館のお嬢様に、いったい何を持っていけと。……む」
『もち、餅。じゃなくて、羊羹とか♡』
「洋館だけにってか。俺の妹は賢いなー、尊敬しちゃうなー。……ひっ」
『どうしたの♡』
「恐くない、別に俺はビビってなんかないぞ。間違いない」
『饅頭こわい♡』
「それでさ、九重さん。声もだけど、イントネーションもだいぶ独特で、八重さんとは……うおおおおおっとっと」
『おっとっと♡ で、どこで道草食ってるの♡』
「いや、それが風里さんのお屋敷って、ちょうど遊園地を一望できる位置にあってさ。遊びに来るたび丘の上を見上げては、いかにも殺人事件が起きて最後に焼けおちそうな洋館があるなぁ、とは思ってたんだけどさ。
なんか九重さん、お淑やかに『殺しそこねた』とか口走ってたし、背筋冷えちゃって。そういうわけで、遊園地のお化け屋敷を闊歩しているぞい。」
『どういうわけ♡』
「この遊園地。なんだか寂れる一方でさぁ。夏にジェットコースター故障してから、あっちこっちガタが来てるらしく。揺れる海賊船のアトラクションなんか、このお化け屋敷へ盛大に墜落しちゃったとかで、今はその沈没船からゾンビが湧いてきて屋敷を徘徊している設定なんだと。
商魂たくましいっていうか、設定ぐちゃぐちゃっていうか、ちょっと話題にはなったけど、もう全然お客入ってないし、ろくにキャストも雇えてないっぽいし、たぶん潰れる寸前で。これは寄ってくしかないっしょ、っていう」
『ゲテモノ好き♡』
「まーまー、じゃなきゃ
『フラグ♡』
「いやいや、もう出口の光見えてるし。めっちゃ入場料、無駄にしたって感覚しかないし」
『つまんないの♡』
「そういうなよなー。まぁこのお化け屋敷はともかく、お前も病院の外に出たら刺激溢れることがたくさん……、うわあああああああぁぁぁおおおおお」
『♡♡♡』
~~~
「いやはや、驚かせてすまなかった。名刺のとおり僕がこの『移ろい惑う夢幻の遊園地』シルフプラネット、の代表取締役を務めている風里
「え、あ、社長さんでしたか」
「そういう君は、大学で譚丁サークルなるものをやっているということだが、僕の拙いゾンビ船長にあそこまで驚いてくれるとは、ふむ、そういうキャストとして雇いたいくらいだ」
「は、はあ。だいぶ見慣れてきましたけど、その特殊メイク落とさないんですか」
「そうしたいのは山々だが、できるだけ園内は人目を忍びたい。社長がふらっと現場に来るなんて抜き打ち検査みたいで、このカフェの従業員に無用のストレスを与えてしまう。それは避けるべきだ」
「現場思いの社長ですね。ところで風里という名字、思い違いだったら聞き流してほしいのですが、八重さんや九重さんのご家族ではありませんか……?」
「うむ。よく気付くものだ」
「そのくらいはまぁ」
「八重も、九重も、僕の娘だ。九重は故あって養子に迎え入れたのだが……。
どうやら僕は、家族というものがド下手のようだ。妻は実家に帰ってしまったし、八重は家出してしまうし、あげく九重には家を追いだされてしまった」
「……離婚と家出はともかく、お父さんが追いだされるって。九重さんって、あの声の感じだと、中学生くらいですよね。そんなことあるんですか」
「あるとも。風里は少しばかり特殊な家柄で……。おっと、紅茶が切れてしまったか。二杯目はどうだろう、お勧めは仕入れたばかりのダージリンのオータムナルだが、気になった銘柄を好きなだけ頼むといい。ここは一応、落ち目のシルプラでも人気のカフェだから」
「いや、ホント、ちょっと俺には勿体ないくらい上品な味で。美味しいです」
「これでも、九重には合格点をもらったことがなくてね。……おっと、そうだ、九重がだいぶ失礼な対応をしたみたいで、すまなかった。せっかく
「風里さん……。俺、草璃山の話しましたっけ?」
「草璃は、昔から縁の深い家でね。風里と音の響きも似ているだろう。
その昔、風里から草璃山に巫女を捧げたこともあるくらいだ。その代わり龍神様の分け御霊をいただき、それをカザリ様として祀って今に至る。だから、そう、君のことは
「……もしかして、この水晶を送ってきたのは、貴方ですか。風里従蔵さん?」
「ううむ。さすが譚丁、鋭い。君にここまで足を運んでもらうために、そういう演出を仕掛けさせてもらった。
その水晶は九重に追いだされた時、こっそり持ちだしたものだ。しかし僕には、カザリ様の声が聞こえない。それで、水晶本来の構造は無視して、ちょっとしたパズルをレーザーで彫らせてもらった。九重は怒るだろうが」
「それで、ご用は何でしょうか。こんなことをしなくても、普通に依頼をくだされば」
「手付けに百枚。不足かな?」
「しょ、正気ですか。その万札、ゾンビ海賊としての小道具じゃないですよね。それを百枚って、ひゃくまんえん……」
「正気だとも。本物だとも。そのうえで君に頼みたいことがある」
「は。いやいや、先に言っておきますけど、俺そんな大したことはできないですよ。だいたい、この遊園地も経営危ういでしょうし、そのお金はもっと」
「僕は実のところ、名ばかり社長だ。さる財団の投資を入れたばっかりに、経営権を奪われてしまった。その代わり懐に余裕はある」
「はあ……」
「乗り気じゃないなら、無理強いはしないが」
「いや、やります。ちょっと、大金が入り用で」
「素直でよろしい。では契約成立だ」
「一つ条件があります。二ヶ月前、同じようにお金で釣られたのですが、依頼の真意を知る前に、その人は亡くなってしまって、ずっともやもやしていて。だから、まずは貴方の真意を聞かせてください」
「半分は、会社を奪われた腹いせ。もう半分は、何もしてやれなかった娘にせめてものプレゼントを贈りたい。仔細は、君が依頼をこなしていけば自ずと分かるだろう」
「……分かりました」
「そのために君がどんな手段を使おうと、僕は感知しない。まずは、とあるゲーム大会で、優勝してもらおうか」
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