「漁師兄リング?」

『い、良いお知らせと、わ、悪いお知らせ、どっちから聞きたい、たい?』


「人間いつ死地に立たされるか分からないからな、良い知らせから聞きたいぞい」


『や、やっぱり鍾乳洞で何かひどい目にあったんじゃ、私の妹電波が届かなかったから、から』


「ないない、大したことはなかったよ。そんなまさか濁流に呑まれて崩れおちる鍾乳洞を命からがら、迫りくる死が地上の光にフェードアウトしていくなんて、映画みたいなことがそうそうあってたまるかよ、ははは」


『そ、それはいくらんでも映画の見すぎ、すぎ』


「だっよなぁ。酔っ払いすぎて、どこまで幻覚だったか記憶が曖昧だし。それで良い知らせって?」


『れ、例の水晶だけど、もっとよく調べてみたら量子ビットっぽい構造が隠れてるっていうか、どうも量子アニーリング用に造られたとしか思えないみたいな、いな』


「漁師兄リング?」


『な、なにそれ、ちょっとワイルドでいいかも、かも。

 ど、どうせ妹の戯言だから無視してくれていいの、いの。べ、別に、半龍たる水晶の隕石、その正体が地球外生命体だんて、そんなこと微塵も思ってないの、いの』


「地球外生命体? まぁ、お前も大概だよなぁ。や、楽しそうなら、別にいいんだ」


『お、お兄ぃの方は、なにか良い知らせないの、いの?』


「そういえば、草璃くさりの爺さんがぎっくり腰でとうとう入院しちまったから、見舞いに行ってきたんだけどさ。なんだかんだで孫娘との関係は良好って感じで安心したよ。

 お互い頻繁に末利まつりさんの影を重ねながらも、爺さんが逃げつづけた五十年を急速に埋めていってるみたいで。相変わらず茉莉まつりさん、素顔見せてくれないけどなぁ。それで悪い方は?」


『そ、そんなわけもあるのかな、かな。草璃山の大水晶は結局、皐月建設がせっせと運びだして、コンテナ船に詰めこんだわけなんだけど、けど』


「はぁ、コンテナ船ねぇ。輸出でもするのか……?」


『そ、それがソマリア付近で沈没しちゃったってニュースがね、がね』


「……え?」


『そ、それも残念なんだけど、どうもその船にこっそり乗りこんでた人が知ってる名でね、でね。つ、つまり死んじゃったみたいなの、なの』


「おい、何の話を」


『な、泣かないでね、でね。そ、その人の名は、繭棲まゆずみ乃音のねって、って』


 ~~~


「はい、名塚なつかです」


『もしもし、静矢しずやです。悪いお知らせと、良いお知らせがございます』


「……悪い知らせからお願いします」


『いただいたパズルが解けました。解けてしまいました』


「おおっ、さすが。ぶっちゃけアレ、ぜったい解けないように作られてる類のパズルかと思ってましたよ」


『この小宇宙ミクロコスモスを創りしモノの意図さえ読めれば容易いものです』


「厨二感あるセリフですね。さすが」


『ぴゃっ』


「で、それがどうして悪い知らせなんで?」


『寝食忘れて挑めるものを、また喪ってしまいました。この先、静矢しずくはどのような世界で生きていけば、よろしいのでしょうか。なんだかお腹が空いて、とてもお腹が空いてきました……』


「ポンコツっすなぁ。明日、差し入れに行くんで、それまでは生きのびてください。だいぶ冷えこんできましたし、鍋にしましょう。だから少し聞いてほしいことが。

 ……いや、やっぱり今話します。話させてください。静矢さん、今なおβ5とは対局したいですか?」


『愚問です』


「ですよね。……いや実は、大学の先輩に不幸がありまして。かなり傍迷惑な人で、何考えてるかよく分からなくて、いったい俺に何をふっかけようとしていたのか。

 べつに泣いてしまうほど、親しみがあったわけじゃないんです。もっと近しい人を亡くした経験もあります。それでも、うまく割りきれなくて、先輩の人生という物語は……」


『……すこし、いえ、だいぶ性根の悪い話をします。これまで静矢雫が関わってきた人は、ほとんど亡くなってしまいました』


「ぇ」


『もちろん比喩表現です。でも、本心です。相手が誰であろうと、魂の底に触れてしまうと、それで私の中ではお仕舞いになってしまうのです。

 学校でも、碁会所でも、それからゲームでも。最近戦った相手だと、虹色のゼロはちょっと底が見えない気もしましたが、実際のところ浅い底がやたらと広いだけでした。もう戦うことはないでしょう』


「それは何というか、すごく天才がゆえの孤独っぽいですね……」


『いいえ、ただの傲慢です。静矢雫は焼き畑のように世界を消費した気になっている、ただの不適合者です』


「焼き畑。灰の世界……」


『逆に言いますなら。亡くなってしまっても、潰えぬ魂というものもあるはずです。負った亡霊は振りはらえず、いずれ息づいていくものもありましょう』


「……ありがとうございます。その意味は、ゆっくり消化してみます」


『そうですね、私も』


「ところで。良い知らせの方は?」


『………………にゃ』


「にゃ?」


『なっつんから託されたパズルが解けたにゃあああああ』


「えー」


『世には、ミクロコスモスっていう千手越えの詰め将棋があるにゃ。そして、このパズルの宇宙は、ミクロコスモスの趣向を再現できるように、物理法則から創りこまれてるてるにゃ。光子一つ当てるだけで崩壊する惑星がワームホールを通じてみゃ、遠い場所で新しい星に生まれかわることでミクロコスモスの駒位置変換を再現してきた様は、さすがのしずしずもロマンを感じざるをえなかったにゃ』


「あーーー、結局、酔っ払いっすか。また炭酸断ち失敗したんですね……」


『呑んでにゃい。呑んでにゃいにゃあ。挑みがいのあるパズルを前にして、脳内麻薬どぱどぱ分泌されるのは仕方のないことにゃっはっはっは』


「それで、それで、結論。パズル解いたら、何か分かりました?」


『レーザーが、哀れな地球に命中してお陀仏にゃ』


「そういや、そういうパズルでしたね……」


『ただ、命中地点が、どうも伊宮いみやの隣町っぽいにゃん。なっつんに連れられた遊園地あたりで、作為を感じざるをえにゃ……。あ、あっあっ、もうアドレナリン切れ……』


「えーと、その命中地点。正確にはどこですか?」


『……風里かざりのカラクリ屋敷。そういえば昔そこで、霊的なナニカと対局した気がいたします』

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