「ずっと待って、ずっとずっと待ちつづけて」

「おう、生きてンか」


「…………なん……とか……」


「しばらく、そこの草っぱらで倒れてろ。さいわい嵐も去った。……兄ちゃん。こんなことに巻きこんで悪かったな」


「……いや……爺さん……のせいじゃ……」


「どうだかな。これが三途の川で見てるオレの夢じゃなければいいンだが。そうだろう、そこのクソ神様よお」




「…………あたしは、一人で看取るつもりで」


「おう、テメエも生きてンか。何はともあれ命あっての物種だ。

 しっかしよお、そうじゃねえだろ。そういうのじゃねえだろうがよ。なあ、ここで会ったが何とやらだ」


厳哲がんてつ……貴方は……」


「そうだよ。オレが草璃くさり厳哲だ。そしてテメエが、末利まつりとよく似た背格好で、その蛇面を被ってオレの前に現われた以上は。あの世に持っていくはずだった未練を、ここで晴らさせてもらう。そのために助けたンだろうが」


「…………」


「押し黙りか。オレはな、あの水晶がどういうものであろうと、テメエがどこの誰であろうと、どういった理由でハッパを湖底に仕掛けていたかも、そんなことはどうだっていいンだよ。ただ一つ、末利の石像をぶっ壊そうとしていたことに腹を立てていてな」


「……汝に、何が分かろうものか」


「あァ? 分かるさ。あいつは病弱な分、優しかったからな。務めを果たせぬ代わりに、石像を彫って最後の巫女としたンだろう」


「末利は、ついぞ我に嫁ぐことはなく。その写し身を石筍に依代として去りおったわ」


「なに……?」


「しかして五十年。伝承も忘れさられていく胡乱な時を共にするには、充分な魂を宿しておったのでな。

 アレが、汝が許しを請うていた石像こそが、我が最後の伴侶よ。永き旅の果てに辺境の星で記憶の結晶と化した我が、命潰えゆく道連れとすることに何の文句があろうか」


「だったら、石像を彫って。末利は、それから……」


「……。。。末利お婆様は! ずっと待って、ずっとずっと待ちつづけて」


「ンだ…と……」


「なぜ帰ってこなかったんですか! この五十年に何があったか知りませんが、知りたくもありませんが、ただの一度、故郷に帰ってくることなど簡単なことだったでしょうに。お婆様は未練に囚われず、新たな人生を歩めたでしょうに」


「おい、まさか。末利は今も…………」


「お婆様の最期は! それはそれは立派なものでしたよ。身の回りの整理も一人で終わらせ、病院でひっそりと。昨年の秋のことです」


「そうか……。天寿を全うできたのか……」


「伝承は。くっだらない龍の伝承なんてものは、こうやって仮面を被って儀式めいたことをすれば、終わりを宣言することができるけれど。

 刻まれた巫女たちの想いは、果たせなかった約束の物語は、もう二度と終わる機会なんて巡ってはこなくて。お婆様がどんな想いで待ちつづけて、再会の言葉を用意してきたか、その本当の気持ちにはずっと触れられないままで」


「…………」


「気高く、何の遺恨も未練も物品も遺さず、この世を去っていったから。もう世間からは忘れさられつつあって、だったら、お婆様の人生はいったい何のために。その責任はいったい誰がっ」


「すまなかった。それは伊宮いみやから逃げつづけたオレの責任だ。もし許されるなら、墓参りを……。

 ……だが、オレは嬉しい。嬉しいんだ。結局のところ、末利は。オレよりもずっとマシな男を見つけて、子を成して、孫に看取られたっていうことなンだろ。それは何にも勝るものを遺せたってことだろうがよ」


「貴方はもう耄碌してしまったのですか。一夜の逢瀬も忘れてしまったのですか。

 あたしは伊宮茉莉まつり。末利お婆様の、そして、貴方の孫娘です」

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