幻灯織りなす水晶砕けては

 くらり遠のいた意識を繋ぎとめるように。

 閉ざされた闇の先、薄ら青ざめた灯火が揺らいでいる。

 目を凝らしてみると、水晶に閉じこめられた針が、ほのかに光っていた。

 自然と右手が伸びて、ふっと平衡感覚を失ってしまい、前方がくるっと上方に転回する。

 水晶に見入ってしまって、自分が落ちているのか、自分に落ちてきているのか、そんなことすら分からない。


 一閃。

 仰ぐ水晶に亀裂が走って。

 細かいヒビが瞬時に枝分かれを繰りかえし水晶は粉々に破砕した。

 青白い光の粒は周囲に鋭く散らかり。

 惑う夢は霧の中。


 幻を観ている。

 また幻を魅せられている。

 そんなことは身に沁みて分かっていた。


 やがて漆黒の虚空に未熟な世界が灯されていく。

 つーっとクレヨンの荒い線が横に薙いで、地は茶色に、空は青色に、塗りたくられていく。

 空に滲む白はちぎれ雲となり、そのうち幾つかは地平線に沈み溶けだして、澄んだ海から寄せては返す白の小波。

 それはそれは幼く握りしめるクレヨンで描かれた、真夏の波打ち際の情景。

 眩しい思い出を綴った絵日記のように。


 二閃。

 絵日記の一頁に、山線と谷線が交差して。

 懐かしきクレヨンの世界は、ぱたぱたと折りたたまれた。


 そうしてまた未熟な世界が灯されていく。

 折って、畳んで、引きだして、おもむろに蠢きはじめる、折り鶴に、折り兎に、折り蛙。

 ぎこちなく、けれど思い思いに、羽ばたいて、駆けぬけて、跳びはねる。そんな彼らは初々しい躍動の申し子。

 でも、どこか間違っている。鶴の頭は二つあって、兎の耳は蛇腹で、蛙は逆しまに跳ねている。

 それもまた良しとするのは自然への冒涜だろうか。


 三閃。折り紙を、通りすがりの夕立が溶かして、その一滴一滴が凍えていった。


 未熟な世界が灯されていく。

 そこかしこから立ちあがる霜柱の直方体。

 まるで高層ビルひしめく都市のように、けれど人影はどこにもなく。


 四閃。移ろい旅する風船の世界。

 五閃。踊る桜吹雪の世界。

 六閃。七閃。八閃。


 いつしか八重やえに砕かれた水晶の幻灯も断ち消えて。

 ふたたび見渡すかぎりの虚空、その純白の風に幼い女の子が揺らいでいた。

 忘れ去った世界に泣きじゃくって、けれど人影を見るなり、ぱっと微笑みに変えて。

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