流星シンドローム

「ま、お仕舞いは突然に」

「ふんふんふん、なるほど、実に愉快だねぇ名塚なつかチャン。ところで、ちょっと小腹でも空いた気がしないかい」


「言われてみれば、そうですね」


「だろう? そろそろ夕方のおやつタイムと洒落こもうじゃないか。

 なにか食べたいデザートはあるかい。その望みがボクに叶えられるかどうかはともかく、キミの本当のところを教えてくれたまえよ」


「そうですね、……タルトとか食べたい気分です」


「タルト、イイねぇ。具体的には、どんなタルトを食べたい気分かな?」


「む。うーん、何がいいかな……」


「悩むねぇ。街もハロウィンの装飾に包まれてきた時分だし、パンプキンのタルトかな?」


「それもいいんですが……。うーん、もし何でも選べるとしたら、今はマロンって感じでしょうか」


「マロンタルト! んー、奇遇だねぇ。実はボクもちょっとそんな気分でねぇ、後ろの冷蔵庫を開けてくれるかい?」


「では遠慮なく開けますよ」


「むふん」


「……また、この展開ですか」


「それで、冷蔵庫には何が入ってるかい。名塚チャン」


「どこからどう見ても、マロンタルトが一ピースだけ鎮座していますね……」


「それはそれは仕方ない。とっとおきの手作りだけど、キミに進呈しようではないか。そこにフォークがあるよ」


「……いただきます」


「いやぁ、タルトとか初めて焼いたものだから。形はちょっと不格好だけど、味の方はどうかな」


「…………」


「どうかな?」


「ごちそうさまでした。……なかなか美味しかったです」


「そんな、口では褒めつつ、してやられたような顔しないでおくれよー」


「……学館のバイト案内に釣られて、このコンテナトラックに乗りこんでから三時間。コンテナの中は意外と快適で、わりと楽しく雑談させてもらっているわけですが、目的地にはいつ頃着く予定なんですか」


「目的地? いやいや、僕たちヒトはね。こういう箱の中から生じて、いつかまた箱の中へ逝くんだ。

 え、そういう話じゃない? ああ、そうか。今日のバイト代、そろそろ渡しておかないといけないね。はい、どうぞ」


「この封筒。一日のバイト代にしては、ちょっと厚みがあるんですが……」


「なに、ほんの気持ち程度だよ。雑談とはいえ、キミの貴重な人生の一頁を拘束してるわけだからねぇ。それに、あんな怪しいバイト募集に引っかかるなんて、あぶく銭も入り用なんじゃないかな」


「…………。それで、さっきから予言系のマジックをするだけで、いったい何が目的なんですか。繭棲まゆずみ先輩」


「ふぅん、キミはそういう表情もできるんだねぇ。

 出会い頭にカードマジックを披露した時は、素直に目を輝かせてくれたっていうのに、その好奇心ったら今はもう不信感に育ってしまって、あの頃のボクとキミが出逢うことはもう二度とないんだ。寂しいことだねぇ、そう思わないかい?」


「俺、カマかけたんですが。否定しないってことは、貴方が繭棲先輩なんですね……」


「おやおや、なかなかの名譚丁たんていっぷりじゃないか、名塚チャン」


「プラネタリウムサークルの方から。誰でもチャン付けする、赤ぶちメガネをかけた華奢な女性だと、そうお聞きしていましたので」


「ふんふん、ボクなんかに興味を持ってくれて嬉しいよ。実はね、さっきの封筒には口止め料も入っているんだ。

 どうかボクの所在を他人に、とくに大学の倫理委員あたりには漏らさないでくれたまえよ。ここだけの話、彼らときたらさぁ。なんとなくのノリで、ボクの実験を断罪してくるからね。こうるさくって、かなわない」


「倫理委員どころか……、重工系に就職した卒業生たちが、先輩を血眼になって探しているって噂になってましたよ」


「あーあー、たぶん軍需の奴らだね。ルナコンが買収したところかな、おっかないなぁ」


「ルナティックコンティニュー社って、β5を開発チームごと買ったメガベンチャーですよね……。いったい先輩は、何者なんですか。誰に訊いても、天才だって口を揃えて言ってましたが」


「あのね。天才っていうのは八重やえチャンとか、キミの妹君みたいな本物の回路を言うんだよ」


「妹を、知っているんですか」


「選択肢そのいち。ボクは魔法使いで、だからキミの言うことも当てられるし、妹君のことだって知ってる」


「……べつに、それでも構いませんですけどね、先輩」


「なんだよー、つれないなぁ」


「つい先日、魔法少女に会ったんですよ。この伊宮から奪われた色彩を取り戻してくれて、もしかしたら本物だったかもしれなくて。だから魔法使いが現われても、そうは驚きませんよ」


「むふふん。イイねぇ。魔法少女イイねぇ。それじゃあキミは、こないだの学園祭の放火騒ぎもただの魔法だった、って言うのかい。あの上映装置、けっこう心血注いだんだけどなー。魔法呼ばわりは、嬉しくもあり、哀しくもあり」


「あれは……。一体全体どういう意図で造ったんですが」


「んふ。それはもちろん我らがプラネタリウムサークルのためだよ。果てなき宇宙への憧れ、地に囚われた人類のロマンだねぇ」


「そんな崇高なものだっていうなら、どうして軍需とか薄汚い話が出てくるんですか! あんな、あんなものがあったから、奈良原ならはらは……」


「おやおや、科学と戦争は切っても切り離せないものだよ。奈良原チャンもずっと戦ってきたんじゃないかな、何も灼けおちていかない真っ当な人たちの世界観と。

 でも、そうだね。正直、気の毒なことをしたよ。カレの回路が完成するのは、もうちょっと先の話だと思っていたからさぁ」


「回路?」


「選択肢そのに。ボクはね、キミの回路が読めるんだ。うん、だんだんと」


「はい……?」


「とはいえ、今はちょっと読めない。だからほら学習させてもらうよ」


「え」


「ぃやぁね、気付いてくれなかったみたいだけどさ。このコンテナの内装、三時間前とは地味に変わっているんだよぉ。

 ほら、純白だった壁には、いつの間にかオレンジが差してるよ。冷蔵庫の上のコルクボードはお好みじゃなかったみたいだから、代わりにシロクマの編みぐるみ映して、これはなかなか気に入ってもらえたみたいだねぇ」


「まさか、このコンテナ内も……」


「そうだよん。キミの回路にだんだんと最適化されていく特別上映さ。

 ま、お仕舞いは突然に。実はこの箱、床以外の五面が透明ディスプレイでね。そこかしこの透明スクリーンと合わせて、立体感も出してみたりね。ま、論より証拠、ちょいと電源切って外の様子を見てみようか」


「何を、先輩」


「ぃよっと。どうだい、これでボクらの一挙一動は、ぜんぶ透け透けだよ」


「……!」


「もうだいぶ日も暮れてきたし、これは高速道路といえど目立つねぇ。気恥ずかしくなってしまうねぇ」


「……このトラック、外の風も入れてるんですか」


「風、ううん? キミはアレだね、共感覚の気でもあるんじゃないかい」


「…………。これだけトラックを走らせて、まだ伊宮いみやのインターチェンジ付近って、どこに連れていく気ですか」


「さぁ? 自動運転はランダムウォークモードだし、ボクとしてはこの箱にキミと引きこもられるなら、それでいいからねぇ」


「いや、この状況は落ち着かないってレベルじゃ……。あれ、なにか夕空に光り物が」


「おや、あれは流れ星じゃないかい。ほらほら、お願いをしなくっちゃ。この星が平和でありますように」


「流れ星にしては、ちょっとデカすぎやしませんか」


「あー、これはヤバいんじゃないかな。伊宮神社あたりに落ちそうだけど、街一つくらいは軽く吹き飛ばしそうな隕石っぽいね。どうしようか」


「や、いやいや、そんな。……嘘ですよね」


「選択肢そのさん。実はね、ボクはキミの死神なんだ。しかし、これほど大事になるとはねぇ。おや、閃光が消え。もう衝突するよ」


「…………っ!!!」

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