「それ、合法なクスリなんです?」

「お嬢さん、こんな門の前で立ちすくんで、どうしたのかな? しばらくはシャバで自由の身だよ」


「……わたしの保釈金、誰が積んでくれたのか分からないんです。だから待っていれば、お迎えが来てくれるんじゃないかなって、おかしいですよね、そんな妄想」


「心当たりは無いのかな」


「わたし、そんな身寄りとか、いないんです。施設のおばあちゃんもボケちゃいましたし。……実は、面会に来てくれた人が、一人だけいました。でも私が、すぐに面会を断るようになってしまって、それでもずっと来てくれるんじゃないかって、本当は期待していたわたしがいて」


「ふむ、これから会いにいけばいいんじゃないかな」


「ダメです。きっと泣いてしまいます」


「それもまた人生だよ」


「わたしは、もう」


「おやおや待ち人来たるかな。それじゃあ、こんなところには二度と戻ってくるんじゃないよ」


「……!」


 ~~~


「……ぉーぃ……」


「え」


「おーい、やぁやぁ井内いのうちチャン。これはこれは奇遇だねぇ」


繭棲まゆずみ……先輩!」


「どうだい、元気してたかい」


「まぁそれなりには、ええ、とっても健康ですです。先輩も相変わらず楽しそうですね」


「うーん。……こうやって出会い頭にボクの頭をわしゃわしゃするのは、キミくらいなもんだよ。これでも髪型には気を使っているんだけどねぇ」


「あーもー、先輩はいっつも不敵な顔して、どうしてそんなちっちゃかわいーんですか、わしゃわしゃにもしますよー」


「うー。キミのそういう屈託の無さは、敬意に値すると思うよ。うん。

 ともかく、こんなところで立ち話もなんだしさ。ちょっと散歩に付きあってよ。暇しててねぇ」


「はぁ、それは構いませんが、あの、もしかして繭棲先輩だったんですか。保釈金、けっこうな額だって」


「おおっと、ミナまで言ってはいけないよ。そういうことはね。ま、ナニカ思うことがあるなら、うちでバイトでもしないかい。仮想通貨の為替で一山当てて、あぶく銭持てあましてるのさ」


「先輩……だったんですね。でしたらまぁ恩返しにバイトでも何でもしますけどね?」


「おやおや、華の女子大生が条件も聞かずに即答とはいただけないなぁ。キミはアレかな、破滅願望の気があると見た」


「否定はしませんけどねー。もう別に、わたしは……。先輩こそ、女子寮でちょっとした怪談みたいになってましたよ。手当たり次第にお金でたぶらかしては、怪しげなマジックで記憶をぶっ飛ばす実験してるって」


「イヤだなぁ、人聞きの悪い。労働の基本じゃないか、金銭と時間の交換は」


「桐ちゃん、プチ記憶喪失になって、田舎に帰ったって噂です、わたしがクラブでターンテーブル回したらブレイクダンスしてくれるって、入寮式で約束したのに」


「そうさねぇ。桐咲きりさきチャンのことは、運が悪かったねぇ」


「運……。そうですよね、先輩はそういう人ですよね、わたしの失認症だって先輩だったら、ちょっと運が悪かっただけだって、気楽にやり過ごせたんでしょうね」


「どうかなぁ。ほら、ボクはこのとおり毎日お薬飲んでないと、万事つまんなくてやってらんない日々だからさぁ」


「それ、合法なクスリなんです?」


「……んっ。ただのプラセボだよ。ブドウ糖の塊さ。そういうことにしておくれよ。

 そうだ、ときに井内チャン。たとえばの話なんだけどさ。ある日ふっと空を見上げたら、街一つは軽く吹き飛ばしそうな隕石が落ちてきたとして。キミなら、どういう反応するかな」


「新手の心理テストです……?」


「ほらほら、早くしないと、伊宮いみやが滅んでしまうよ。はい、はい、さん、にぃ、、」


「ああ、分かりました、分かりました、わたし催眠とかすぐ掛かっちゃう方じゃないですか。だから、その手拍子を止めてください。

 そうですね……、ありったけの感謝の念を、今までお世話になった方に、むむむ、誰に……?」


「いち、、、」


「あーーー、やめて、止めてくださいってば。そうですね、こうやって隕石を受けとめようとしてみたり、なんて……?」


「ふぅん、その心は?」


「わたしたちの命を奪うものがそこに在るのなら。それは抱きしめるほど愛おしいものだってことにしておきたいじゃないですか」


「ふんふん、最近の子らはそういう発想をするんだねぇ……。昨日会った男の子はさ、グーで殴りつけようとしてたよ、あんなにデカい隕石をさぁ」


「それは、両手を広げたわたしの方が、一枚上手ですねー」


「へぇ。言うねぇ。よし決めたよ。井内チャン、ちょいと忍びこんでもらいたい研究室があってさぁ」


「わー、とうとう窃盗に手を出しますか先輩、ドン引きです」


「そう言わないでおくれよ。いやね、忘れ物を取りにいってほしいだけなんだ。なんというかボクは、見つかると厄介な相手が多くってさぁ。ほら、うっかり羽交い締めにでもされたら、ひ弱なボクはどうしようもないし」


「はいはい、先輩は教授陣から引く手数多ですもんね、知ってますよー。あ、もしかして、わたしもムショ帰りって後ろ指さされまくりです? そんなことで人気者になるのはちょっと……」


「それは大丈夫じゃないかな。ボクはともかく、井内チャンのことはまったく報道されてないよ。そして、大学生が気の迷いでしばらく失踪することなんて、よくあることじゃないかな」


「……繭棲先輩って、人の気持ちがさっぱり分からないようで、そういうフォローは入れてくるの何なんですか」


「むふふん、ボクは博愛主義者だからさぁ。もっとキミたちのこと、身も心も知りたくって。

 おや、もう着いたね。ほら、このトラックが今の住まいだよ。折角だし、今日はウチに泊まってかない?」


「だから、そういうちょっと危ない発言するから、陰ながら女子寮でモテたりするんですよ。わたし、そっちの気ありませんから」


「んー、あのね。ボクは、そういうのは誰相手だろうと、からっきしなんだ。こんな貧相な体してるしね。

 でも下心見抜いたのはさすがだね。ここだけの話、最近どうもね、悪夢ばかり観て怖いんだ。流れ星が地球をぶっ壊す夢。だから誰か傍にいてほしくてね」


「それで、さっきの心理テストですか。内的宇宙生成論なんて、わけわかんない研究するからですよ」


「こういう唯ぼんやりとした不安を取りはらうために、フツーの女子はどうするのかな。どうにも、その手の回路がなくっていけないね」


「……このトラックが積んでるコンテナ、防音です?」


「そりゃあ、音くらい遮断しないと、きちんとした箱とは言えないからねぇ」


「泊まりはしませんけど、お邪魔しますね。……そういう時は、思いっきり歌えばいいんですよ、先輩」

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