「どうして僕はこうなんでしょうか」
「どうもー。
「……はい、
「あー、この荷物は、そういうのではなく。
今日はゲーム機を持参してきたので。長い夏休み、暇を持てあましているなら遊びませんか、というお誘いです」
「それはどのようなゲームでしょうか」
「いや、俺もやったことはないんだけど。知り合いのニートと、引きこもりの妹がハマっていて……ひどい面子だ……ともかく、すごい面白いらしい。ので買ってはみたものの、二人ともガチすぎて勝負にならないんで、まずは初心者同士遊んでくれる相手が欲しいなー、とか何とか」
「……お気遣いありがとうございます。いつも僕の一人暮らしを心配してくれて。はい、ぜひお相手させてください」
「よっしゃあ! じゃあ早速、レインボーとモノクローム、どちらが好きですかね。このシューティングゲーム、対戦が非対称らしく、とりま交代交代でも」
「あの、名塚さん。もしかして、そのオクトゥーンというのは、色が重要になってくるゲームでしょうか」
「さっすが呑み込みが早い。このとおりパッケージも、表がわりと色彩とっちらかってると思いきや、裏はそのモノクロ版になっていて、それでタイトルが浮きあがってくるっていう」
「……やっぱりゲームは無しでお願いします。僕そういうの苦手で、すみません。その代わり、もし良かったら」
「ん?」
「もし良かったら、僕を。遊園地に連れていってはいただけないでしょうか」
「んん、遊園地って隣町のシルフなんとか? そうか、和紀君は仮想より現実で遊ぶ派でしたか。いやぁ、これは失礼を、はっはっは……」
「今、フラワーフェスティバルをやっていると、家政婦さんからチケットをもらいました。だから、名塚さんと。
きっと一面に咲きほこる色とりどりの花を観にいきたいです」
~~~
「ぅわぁ、名塚さん! リュウゼツランですよ。アオノリュウゼツランが咲いていますよ!」
「なにこれでかい。うお、花に手が届かない」
「数十年に一度しか咲かない品種で、ここらへんではこの一株しかないんです」
「青の竜舌蘭っていう名前なのに、花は黄色なんだなぁ」
「……そうですね、綺麗な梔子色です」
「そうかー、和紀君は花の色を、別の花で喩えるタイプかー。浮気者だなぁ」
「名塚さんには、何色に見えますか?」
「そうだなぁ。数十年に一度しか咲かないってわりには、わりと普通の落ち着いた黄色って感じかなぁ」
「普通、ですか……」
「あーいや、普通の菜の花みたいなのがさ。あんな高い宙にぎっしり咲いているのは、たしかにロマンを感じるよ。うん」
「そうですか。……では、あちらのバラ園はいかがでしょう」
「おー。とりあえず行ってみますか」
「はい、そこのアーチを潜っていきましょう」
「うーむ。思ったより、このアーチけっこう暗くて長い、まるで我が国の不景気みたいな……。へぇ、これはたしかに!
暗闇を抜ければ、赤に桃に白、それから黄に紫。向こうのジェットコースターを彩るように配置してるのか。これは凄いなぁ。借景っぽい」
「ジェットコースターから見下ろすバラ園も、また別の趣があって評判だと聞きました」
「なるほどなー。あとで乗ろう、乗ろう」
「はい、お願いします」
「げ、ジェットコースター点検中なのか。代わりにゲームやってるってさ。なになに、バラ園に隠された青バラを全て見つけてみよう、とな。
よし、ここは一つ。どちらがたくさん見つけられるか勝負しようではありませんか、和紀君。ふははは、大学生の底力を見せてあげましょう」
「……すみません。僕そういうの苦手で」
「あ。そうか、対戦とか苦手な感じか。おーけー、それじゃあ一緒に見つけよう。お、一本目見っけ」
「さすがですね、名塚さん。どのあたりですか」
「ほらほら、あそこの噴水近くのベンチ横、可憐に一本だけ」
「……よく分からないので、連れていってはいただけないでしょうか」
「ん、そうだな。せっかくだし近くで見よう」
「はい、お願いいたします」
「…………」
「…………」
「ほら、そこの。しかし、こうして間近で見ると、不思議な色合いしてるものだなぁ。
たしか青いバラって、品種改良の最たるものなんだっけ。初めは青の色素が含まれてるっていっても、まぁ薄い紫にしか見えなくて、でも今ではこんなに濃い青を咲かせられるようになったとか」
「あ、本当ですね。瑠璃とも群青とも違う、深みのある青です」
「……和紀君」
「はい」
「その手に取っているバラは、違うんだ。青いバラは……、その右隣の方だ」
「ぁ」
「まさか、」
「……ごめんなさい。すこし甘えてしまいました」
「いや、そうじゃなくて、、、」
「ごめんなさい。両方とも気付く人は意外と少なくて、だから今日もうまく話を合わせられるんじゃないかって試してしまったんです」
「試した、って」
「どうして僕はこうなんでしょうか。みんなが当たり前に感じているという音色も、それから色彩も、どうして僕には感じとれないんでしょうか。どうして僕は」
「……っ……」
「ごめんなさい、突然こんなこと言っても困ってしまうって、分かっています。
でも、この世界には生まれつき、僕には許されない情景が広がっていて、それが時々なんだかとても寂しいです」
「……分かるよ。分かる気がする。いや、分からないんだけどさ。
最近、ちょっとした事件があってさ。それで、友達が視つづけていた情景に、ようやく気付いたんだ。対応ミスって、もう二人とも面会謝絶なんだけどさ。そうだよな。体験を共有できないのは、とても寂しいことだよな……」
「名塚さん……。たぶん僕も、間違えてしまったんです。
どうか、笑わないでください。先月のことです。友達のアレクが、この街には魔法少女がいるって言いだしたんです。それを、五年生にもなってアニメと現実の区別も付かないのは幼いって、もしも本当に魔法なんてものがあるなら、亡くなった爺様を生き返らせてみせろって、つい言ってしまって。それで殴り合いの大喧嘩した翌日、アレクが家の事情で故郷のロシアに転校するって、終業式で挨拶しはじめて」
「まさか、その魔法少女は……」
「爺様が亡くなって、アリスも帰ってこなくて、人生に別れというものがあることは学びました。それは仕方ないことだと思います。
でも僕は、アレクのいう魔法もまた感じとれる気がしなくて、それがアレクだけの空想なのか、実はみんな当たり前に知っている現実なのか、そんなことすら確かめる術が僕には許されていない気がして、少し寂しいです」
~~~
「そうだよー。人生は、一期一会なんだよー。こーゆー妹とのお喋りもー」
「や、そのかったるい喋り方は、わりとエンカウント率高い気が」
「んー、どうかなー。それはそうとー、音色も、色彩も、要は周波数情報だからねー。脳のどこかがノックダウンされて、どっちも知覚できないってのは理に適ってるんじゃないかなー」
「そういうものなのか。日常生活は普通にこなせるって本人は言いはってたけど、色彩は日用品とかのデザインにまで関わるから、そこに込められた意図が読めないってのは、なかなか」
「しんどそうだねー」
「和紀君には、もっと甘えてほしいんだけどなぁ。小学生で、そこまでうまくやる必要なんて、ないのにな」
「甘えってほしいっていうのはねー、それもまた甘えなんだよー。だからねー、もっとお兄ぃも私に甘えていいのだー」
「はいはい、その病室から出てきたらな」
「ぶー」
「実際なぁ、心が弱っている自覚はあるんだ。小学生にちょっかい出しているのは」
「そういえば調べるまでもなく、有栖川さんの友達ってサーシャさんのことじゃないかなー。ロシアでは、男性のアレクサンドルとか、女性のアレクサンドラの愛称が、どっちもサーシャなんだって。安直すぎて、気付いてほしかったのがバレバレだねー」
「やはりそうじゃったか。中途半端に喧嘩別れしたまま転校ってのはいかんよなぁ、うむ」
「あのねー、そういう自分の失敗した友情を子供に仮託するの、おっさんぽいー」
「うるさい。放っておけ」
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