「宇宙人だったにゃあぁああ」

「どうもー。譚丁たんていサークルから来ました、名塚なつかれいですー。お邪魔しますよっと」


『ちょっと待って、お兄ぃ♡ どうして合い鍵なんか持ってるの♡』


「え、静矢しずやさん見守り用」


『なんで♡』


「いやだって、静矢さん放っておくと。平気で三食くらい抜いて、夢遊病で行き倒れるからな」


『チャイムくらい押そう♡』


「依頼受けて以来、玄関まで出てくれた試しがない。もう完全にナメられてる……」


『甘やかしすぎ♡』


「やはり、そうじゃったか。……静矢さーん、生きてますかー、今日は豚カツ持ってきましたよー」


『餌付けとか、押しかけ女房か♡』


「いやだって静矢さんの食生活ひどいもんだぞ。この前、鍋とかわりと何突っこんでも美味いですよ、とりあえずスープさえ拘っておけばいいですよ、って勧めたらさぁ。

 炭酸ごとごと煮詰めて、小鳥の餌どばどば投入しはじめた時は、とうとう俺も幻覚を見はじめたかと思ったよね」


『うわぁ♡』


「ところで静矢さん見あたらないんだけど、っていうか風呂場から滴る音がするんだけど、これ大丈夫なやつだろうか」


『覗いたら犯罪だぞ♡』


「いや、静矢さん自称乙女だけあって。ホントにダメな精神状態の時は、しっかり鍵掛けて籠城してくれるから、わりと安心というか」


『それはそれで面倒くさいぞ♡』


「お前が言うなよな。……静矢さーん、のぼせてませんかねー。生きてたら、返事してくださーい」


『はぁい♡』


「お前じゃねぇ! ……なんか変な匂いするし、苦しそうな吐息もするし、よもや洗剤混ぜた系じゃなかろうな。静矢さんなら、わりとありうるのが恐い」


『死んじゃう♡』


「おーい、返事してくれないと、お風呂覗いちゃいますよー。ぐへへへ」


『最低♡』


「……うーむ。とりあえず近くの窓全開にして、換気扇のスイッチ入れた。口にハンカチ当てて、ガスが充満してたらすぐ目を背ける。サービスシーンな感じでも、気合いで目を背ける。……ええい、儘よ!」


「……」


「…………」


「………………」


「うわぁぁぁああああ、血まみれだあぁぁぁ」


「にゃぁぁぁああああ、誰にゃぁぁあぁぁぁ」


「さ、鎖骨のあたり、緑の液体がぐしゃあっと。まままさか静矢さん、地球外生命体だったんですか」


「しずしず! 宇宙人だったにゃあぁああ」


「っていうか、おへそのあたりなんかは、紺色っぽい感じに変色して」


「それはスクール水着にゃあああ」


「ななな、なんで風呂でそんな旧スクとか着てるんすか」


「自宅で何を着ても自由にゃあああ」


「じゃじゃあ、この壁いっぱいを染めあげた赤は何なんすか。は、血は血でも、静矢さんの血じゃない……!?」


「猟奇殺人にゃあああああ!!!」


 ~~~


「ごめんなさい」


「つーん」


「ごめんなさい、今回は俺が100%悪かったです。まさか静矢さんに、ペンキまみれになる特殊な性癖があったとは、つゆ知らず」


「ペンキじゃなくて、安全安心な食用着色料にゃ」


「や、私を食べて、とか。そういうベタなの止めてくださいよ、絶対に止めてくださいよ……!」


「しずしずが、しずしずを食べる……。夢の無限機関にゃ!」


「はいはい人類の夢ですね」


「にゃ」


「で、実際ナニしてたんですか」


「ナニって、それはもちろん乙女のシークレ」


「はいはい。エロいことっすね」


「えろ……っ。リベンジマッチのイメトレにゃ」


「リベンジ……? またアリスと対局したいんですか」


「はん。えろえろなっつんは分かってないにゃ。全身全霊を賭けた一局はただの一度きり。

 お互いに手の内明かしきったら、その後には退屈な感想戦が延々と続くだけでしょう。その数えきれない変化を全て摘みとったうえで、私たちは一本の筋を通したのですから……にゃ」


「じゃあ、あれからアリスとは」


「言うまでもないにゃあ」


「……『本気の静矢しずくと打った者は、みな魂を喪う』……」


「『人工知能のβ5も例外ではなかった』……まだそんなゴシップ誌の戯言、気にしてるんですか。


「人工知能のβ5も例外ではなかった。……まだそんなゴシップ誌の戯言、気にしてるんですか。

 静矢さん、他人の目の気に仕方が、わりと極端ですよね。遊園地以来、その雑すぎる猫キャラ続けてますし」


「ぴゃっ」


「や、今更そんな猫耳カチューシャ取って付けられても。……あれ、猫耳じゃない。犬耳だと!?」


「わんわん」


「くっ。……まぁ、話を振っておいてなんですが、アリスはそのうち帰ってくる気がしますよ。そういう習性があるそうです」


「…………?」


「で、誰にリベンジするんですか」


「何を隠そう、ゼロだわん」


「ゼロ?」


「巷の噂によると、オクトゥーンなるシューティングゲームには、鬼神のごとく強いトッププレイヤーが二人いるわん。虹色のゼロ、そして黒白のサイレントドロップだにゃん」


「……あの、語尾。猫に戻ってますよ」


「にゃわん?」


「ぐっ。……犬耳で、猫ポーズで、鳴き声混ぜるとか、そんな雑なアンビバレントに、俺が萌えるはずが……」


「ごきゅごきゅごきゅ」


「あ、しまった。今日こそは呑ませないつもりだったのに!」


「律儀に持参する、えろっつんが悪いんだわん」


「……ともかく、そのオクトゥーンっていうシューティングゲーム、噂には聞いたことありますよ。まず廃墟があって、それをアニメ調の色彩に染めていくレインボー陣営と、その色彩を奪いとって水墨調にするモノクローム陣営に分かれて、ときに相手をタコ殴りにするネット対戦できるやつですよね。アーティスティックな雰囲気が受けて、わりと世界的に流行ってるらしいじゃないですか」


「けふっ」


「ははぁ、おおかた想像が付きましたよ。そろそろβ5との対局料も切れてきたので、ニート生活の足しにしようと大会に出てみたものの、ゼロに賞金かっさわれたとか、そんなところですかね。サイレントドロップこと、静矢雫さん」


「ぴゃっ」


「っていうか、そのゼロってプレイヤー。たぶん俺の」


「あっ、みにゃまで言いわないで……ください。余計な個人情報を知ったところで、魂の垣根ができるだけです」


「むむむ」


「そんなわけで、しずしずはゼロに? リベンジ? する?」


「……ドヤ上目遣いされても、風呂場で着色料まみれになる奇行の説明にはならないんですけどね。だいたい勝負は一度きりじゃなかったんですか。孤高の棋士たる静矢さんが、リベンジなど……」


「あ、アレは二対二、ごきゅ、実質一対二だったからノーカンにゃ」


「それならまぁ」


「そうにゃ、そうにゃ、キャラクター二体同時に操るとかゼロは卑怯者にゃ」


「え。静矢さん、一対二の、二の方で負けたってことですか。それはちょっと……」


「…………わんにゃ」


「ぐっっ」


「有り体に言って、色彩への感度を上げようと思ったにゃ。虹色に染められる恥辱を五感で味わえば、なにか打開策が見える気がして」


「仮想世界であるところのゲームの追体験を、現実世界でやってたわけですか」


「……はい」


「それならいっそ、魔法世界で体験するのはどうですか」


「ぴゃっ!?」

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