魔法少女ふわふわの夏
「ガラス細工みたいにキラキラしていて」
「うぇー、あづい」
「ダー」
「このまま太陽に灼かれて、身も心も蒸発しそう」
「ダーダー」
「ところで、そろそろ君のことを聞かせてもらってもいいだろうか」
「ニェット……」
「うーん。見てのとおり、とくに怪しい者とかじゃないんだけど、いや、こういうこと言うから怪しいのか……。
ともかく俺は
「……! そうデス。サーシャは魔法少女なのデス」
「そうかー、マジもんの魔法少女だったかー。こんな真夏、ふっわふわのワンピースに全身包んだニーハイっ娘が、魔法少女以外の何だって言うんだよなぁ。……うーん、俺もそろそろ焼きが回ったか」
「焼きが回ったのは、たぶんサーシャの方デス。この色褪せたチェリーピンクのワンピースを、さっと脱ぎすてる魔力すら湧いてきまセン。
なんというか、ちょうど今さっきラスボスっぽいの倒しましたので、そろそろ引退の季節なのでショウ」
「そうかー。今時の娘は、その幼さで引退とか言いだしちゃうのかー」
「魔法少女とは儚いものですカラ」
「たしかに人生は儚い。あと友情も儚い。留置場の壁に隔てられたりする……」
「ダー」
「……サーシャは、どうして魔法少女を?」
「ピクシーに騙されまシタ」
「ん。ピクシーって、妖精のことか? 魔法少女には欠かせないマスコット的な」
「ピクシーは言いまシタ、『この街から色を奪いさる魔物を倒してほしい』と。そういうわけで、かくかくしかじかサーシャは魔法少女になったのデス」
「ほほう? そうか。せっかく大学生になったってのに、俺の周りに色気がないのは、魔物のせいだったのかー」
「セクシーをお求めデスカ」
「む」
「今ここで魔法少女にセクシーをお求めデスカ。分かりまシタ」
「あ、いや、今のはちょっと小粋な大学生ジョークなので、いたいけな少女に言うべきことではなかったというか、ごめん」
「もう遅いデス。アナタの目の前で、サーシャに残された魔力を振りしぼって、大胆な真夏のセクシーポーズをお披露目中デス!」
「マジで?」
「ダ、ニェット」
「……残念ながら、しめ縄で祀られた石の上で足をぶらぶらさせる君の愛らしさが、その……艶めかしさに変わったようには見えないけれど」
「探偵のくせにピクシーが見えないんデスカ」
「まさか、セクシーポーズを取っているのは……妖精の方?」
「ご名答デス」
「ピクシーだけに、セクシー」
「ダー」
「ぶ……っははは。いやぁ、魔法少女ジョーク、最高すぎんよ。わははははは」
「ワハハハ」
「……」
「……」
「……ダメだ、これ。暑さのあまり、だいぶ頭わるくなってきた感」
「バーカバーカ」
「うーむ。。。サーシャはさ、いつから魔法少女やってるんだい」
「
「去年の春頃ってことかー。一年先輩だなぁ」
「『まことに遺憾ながら、アナタは未来永劫、魔法少女になることはできない』とピクシーが言ってマス。ナムナム」
「そりゃそうだ。俺はおと、……大人だからな。それで、魔物とはどのくらい戦ってるんだい」
「だいたい週一くらいデスネ」
「うお、アニメ化できるペースだな。仲間は? サーシャのドレスがうっすいピンクで、ってことは他にグリーンとかイエローの魔法少女が……」
「ずぅっと。ピクシーと二人デス」
「そうか、えらい頑張ってるなぁ。でも週一ペースは、ちょっときつくないだろうか」
「ビミョーに腕がなまる周期ですカラネ。それより魔物のゴミカスが、時や場所を選ばずに現われるのが迷惑デス」
「残念、テレビ生放送は無理なのかー。じゃあ、うっかり授業中とかに現われた時はどうしてるんだい、魔法少女サーシャ」
「だいじょうブイ。授業だろうと、テストだろうと、いとも簡単に抜けられる魔法がありますカラ」
「なにそれ俺も唱えたい。大学の講義中、教授に変なスイッチが入って、ライバルの研究者が査読で着想パクったとか、空中ディス始めた時あたり」
「これはかなり危険な魔法ディス。ちょいと詠唱してみますが、覚悟はいいデスカ」
「ああ、ドンと来い」
「……せんせー、漏れソウ」
「は?」
「……せんせー、ちょっと漏れたポイ。保健室」
「あー、そういうこと……か」
「ハイ」
「なんというか。その詠唱さ、自爆ダメージが大きすぎるのでは」
「ひとたびクラスにおける、お漏らしキャラを確立してしまえば、なんてことはありまセン」
「マジか……。魔法少女の背負う宿命、ちょっと過酷すぎるのでは」
「イエイエ、魔物と戦う時はホントに漏らしてるから、だいじょうブイ」
「それは、なんというか、ヤバイな」
「もう興奮で濡れヌレ」
「気のせいか、また話の対象年齢が上がってきたぞ」
「伊宮から色彩を奪う魔物への殺意が漏れだして、汗だくの戦意が滴っていくゼ!」
「うおー、上がっていたのはセクシー度じゃなくて、バイオレンス度だったー。わぁ、魔法少女ジョーク、さいこー」
「ワハハハハハ」
「…………」
「ハハハ」
「……強いなぁ。言葉遣いはともかく、魔法少女とか主人公感ある。ガラス細工みたいにキラキラしていて。
俺はダメだー。この街でうまくやって、陰になり日向になって誰かの人生を覗きこませてもらえればって、そう思って譚丁を始めたんだけどな。友達二人とも俺を置いて、鉄格子の中に入っちまった。そしてまた透明なまま夏休みに」
「ナント。色を失うのは、サーシャが許しまセン」
「ありがとう。……まったく俺は、初対面の少女相手に何を相談しようとしているんだろなぁ」
「ドコカ勘違いがあるポイ。魔法少女こそ陰に咲く存在デス。誰にも気付かれないように、しかし可憐に。奪われた色彩を取り戻さなくてはなりまセン。ですから、誰もいないはずの神さびた境内で倒れていたところをアナタに目撃されたのは、我が魔法少女人生において最初で最後の不覚デス」
「そうか、誰にも気付かれないように、ラスボスまで倒しちゃったって話だもんな。俺、ここ伊宮には三月に引っ越してきたんだけど、魔法少女がそんなふうに街を守ってくれてるなんて、ぜんぜん気付かなかったよ。
でもそういう在り方は、時にちょっと虚しくなることはないだろうか。宵闇に新月を探すみたいな虚無感がふっと」
「ならば魔法少女は、虚無感も倒すまでデス」
「本当に、サーシャは強いなぁ」
「フフン」
「しかし引退すら誰にも知られないままってのは、ちょっとな。……よし、ここは魔法少女の活躍を讃えて、お兄ぃさんが奢ってやろうではないか。食べたいもの飲みたいものがあれば何でも言いたまえ」
「さっきのクソまずい炭酸ジュースならお断りデス」
「うぐ。いやたしかに、まったく否定はできないのだけれど、この絶妙な薬っぽさが最近なぜか癖になってきてて。
っていうか、倒れてる人にこれ飲ませるの三度目って、さすがに謎のジンクスめいてきたな……」
「ならば魔法少女は、そのクソまずい炭酸ジュースに掛けられた呪いも、さくっと倒すまでデス」
「強い。強すぎる」
「フ」
「…………」
「でも、ひとつ心残りがありマス」
「む」
「実はサーシャも、魔法少女の孤独に耐えられなかった時が、ないわけではないのデス」
「ん?」
「小学校の親友に、うっかり正体を告白しかけて、けれどまったく思いあたってもらえませんでシタ」
「うーん、なるほど……?」
「未熟でシタ。『でも、だからこそ魔法を使いつづけられた』と、わけのわからないことをピクシーが呟いています」
「そうか。なるほど、なるほど、ここに魔法少女の君がいて、譚丁の俺と出逢ってしまった運命が分かってきたぞ。
なんか暑苦しい太陽に正気を灼かれてよく分からないテンションになってきたけど、これはずばり譚丁の出番ということだな!」
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「えぇ、魔法少女とかぁ、チョーださくなぁい」
「そう言うけどな。銀髪で、肌の色素薄くて、サーシャの非日常感ぱない。うっかり一眼レフとか手にしてたら、めっちゃ撮影してたわー」
「魔法少女コス推しカメコのお兄ぃとかぁ、マジありえないんですけどぉ」
「コスプレ言うなよなー。あの姿はな、ちょっとやらかしてクラスに馴染めない小学生が、どうにか休日に変身するための勝負服なんだぞ。そういうぼっち心理に、俺は詳しいんだ」
「ちょっとぉ、意味ぷなんですけど? ちな私も、エロカワな小悪魔コスとか余裕ですけどぉ」
「はいはい。何はともあれ、その病室から出られたなら、コスプレ写真集でも何でも作ってやるよ。
……しかし、たしかに魔法少女サーシャは、この夏で終わらせないといけないんだろうな。勿体ないけど、声変わり来てるからなー」
「声変わりってぇ、ちょま」
「まぁアレだ。今時は、男の娘かつ魔法少女というジャンルがあってだな。俺は詳しいんだ」
「そのジャンル、フツーに矛盾しててウケる」
「あのな、アンビバレント萌えについては、また今度じっくり語るとして。……依頼どうっすかなぁ。小学生の友達関係とか、けっこうデリケートだろうし。ここは変身願望の大先輩に、相談を仰ぎますか」
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